ドラクエ9☆天使ツアーズ

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2021年03月19日 | 天使ツアーズの章(学園祭)
ここは城下にあるレネーゼ侯爵家の私邸の一つ。
後継者であるミカヅキ名義の屋敷を管理する執事のアドールは今、一着の衣装の手入れを念入りに行っている最中であった。
ミカヅキの友人であるヒイロのために誂えられた一着。
その保管をどうするか、と頭を悩ませていた二人の会話を聞いていての事だ。
自分の手元で保管するには上等すぎる、というヒイロの言い分と、侯爵家で保管するには私的すぎる、というミカヅキの言い分、どちらも尤もだと思ったので。
「私がこの屋敷で管理させていただくというのは、いかがでしょうか」
と、差し出がましいのを承知で提案してみた。
普段から、ミカヅキの衣装なら数点ばかりだが管理している。
そこにこの一着が加わろうとも、問題はない。
ここはミカヅキの私邸だ。そして自分は侯爵家からは切り取られた従者だ。この一着について管理状況を侯爵家に報告する義務も、管理に対する報酬を侯爵家から受け取る権利も持ってはいない。
その話に、ミカヅキはそれで良い、と言った。よろしくお願いします、とヒイロが言った。そういうわけで、今、この衣装はここにある。
(立派に今日のお役目を果たされたのですね)
その労りを込めて、慎重に羽箒で生地を撫で、埃を落としていく。
平民であるヒイロを引き立て、貴族であるミカヅキの隣にある事をわずかも損なわないよう、細心の注意を払って、裏地の一枚、糸の一本から考えに考えられた衣装だった。
それを脱いで、ようやくヒイロは、言葉通り肩の荷を下ろしたのだろう。夕食時には、今日1日の出来事を、話して聞かせてくれたものだ。
この一ヶ月余、彼を見、彼らを見てきた自分もまた、その軽やかな語りに深い安堵を覚えたのも事実。
一月という時間で、身分差のある二人に課せられたものは、アドールに手出しの許されるものではない。
その重さを推し量ることも、結果に言及することもまた許されはしない。
「それは良うございました」と一定の形式の言い回しに終始する。それ以上のことはただ胸の内に秘めなければならない。
まだ幼い主を惑わせてはならない。
それは必然、主との友好を疑わせてはならない、とも思える。
これほどの身分差がありながら、ミカヅキに対し一切の抵抗がないヒイロは貴重な存在だ。ミカヅキが同等だと認め、友好を求めている現実に、侯爵家が対処できていない。本来なら対処などしなくても良い案件だからだ。
侯爵家としては、身分差のある交友関係など一蹴してしまえば済む話。ミカヅキもそれを拒むことは出来ない。どれほど渇望しても叶わない格差があることは生まれながらにして、その血に刻み込まれているだろう。
端から問題にもなり得ないはずなのだ。
それが。
侯爵家から最高顧問の教師が出向き、最大限にミカヅキの言い分を呑み、事を起こそうとしている。
侯爵家でどのような変異があることなのか、自分には解ろう筈もない。知り得る立場にない。それでも、これは今までにない何かがある。
その渦中にあると見えるヒイロというただの少年は、それを分からない、と言う。
「格ってのがいまいちわかんねえ」
とは、この一月で何度も彼が口にしたことだ。
それに対し、ミカヅキは「位格」という意味を教える。
教育者のマナーコレット師は、その歴史から成り立ちを教えている。
それでも「分からない」のだ。
ヒイロのその言葉は、重く受け止めなければならないと思う。
どれほど知識を詰め込まれても、ヒイロには「分からない」という事。それを何とか分からせようとしている最中に、悪気なく「格」を軽んじてしまう。
アドールには、ヒイロの「分からない」という訴えが、幾度も繰り返された結果、大変な事態を引き起こしてしまったように思える。
「格とは何だ、って言われたら、説明はできるんですけど」
教えてもらったから、とヒイロは言う。
自主学習の時間に、一息つけるよう熱いお茶を用意しているアドールとの他愛も無い会話の中でそれを言う。確かに、彼はまだそれを「わかって」いない。
「そうですね。私も、明確にそれを言葉にすることはできませんが」
と前置いて、マナーコレット師がミカヅキとの対話を試みているのを良いことに、アドールは給仕の手を止めヒイロに向き直った。
今だけ、この部屋だけは、上流社会と切り離された空間として。
「若様のご友人であるから、私はヒイロ様とお呼びさせていただいております」
「ええーと、はい」
「先生からその様に扱う様に、と言われているからではありません。先生が貴方を若様と同等に扱う様に、というのは身分のことです。そうではなく、若様の格があるから貴方を同格としておもてなしするのです」
「ぬう」
なんとか理解しようと話に食いついてくる姿勢は、格を軽んじた事を痛烈に自覚した事の現れではあろうものの。
「やはり少し難しいのでしょうかね」
「いや、えっと、言われてることはわかります!わかると思うんですけど」
「実感はない?」
「実感、うーん、実感…」
「私はヒイロ様をとても良い方だと思っております。若様にとっても良いご友人であられる。それと同時に、私たち従者にも非常に好ましい人物として映っておりますが、それを踏まえても若様を抜きにしてお付き合いする事はあり得ないのです」
「ええーと、それは俺個人にはミカの格がない、から」
「そうですね。例えば若様がいくらお許しになっても、ヒイロ様が単独でこの屋敷に入る事は許されません。あくまでも、若様が連れている、ということが大事なのです」
「はい」
「それと同じく、私たちにも若様の格があります。例えば、私とヒイロ様が屋敷外で会ったとして、親しく会話をしたり行動を共にしたりすることも許されません」
「えっ、じゃあ町で偶然会っても声かけちゃダメって事ですか」
「そうですね。私にできるのは、せいぜい目礼まででしょうか」
「あっぶねー…俺、知らなかったら絶対大声で声かけるとこでした」
それは目に見える様。ヒイロが好ましい人物だ、というのは本心だ。ミカヅキが連れてこなければ一生、関わりのなかった少年。おそらくは、どこにでもいる普通の少年だ。
「ヒイロ様がよく私どもの仕事を手伝う、とお申し出をくださいます。それは大変嬉しいことでもありますが、今は先生の言いつけによりお断りしておりますね」
「あ、ああ、はい」
「今回のことが終わればどうなるか、というのはまだ私には予想できませんが、例えば今後ヒイロ様が何かしらの理由で仕事を任せて欲しい、と私を尋ねてこられてもお受けすることはできません。仕事の従事者にも格があり、ヒイロ様にはそれがないからです」
「えーと、それはー、ミカの格があっても、ダメだ、ってことですよね」
「そうです。そこは若様の口添えがあっても許されません。家の格があるからです」
それまで素直に話を聞いていたヒイロがついに机に両肘をついて頭を抱えて見せる。
「ああ、すみません。余計、複雑にしてしまいましたか」
「ううーん、いや、いろいろ例を出してもらって状況を考えられる様にはなったと、思うんですけど」
考えることができる様にはなった、というのはヒイロなりにアドールに気を使ったことか。ヒイロは人を拒否する様な真似をしない。格はなくとも彼なりに礼儀はある。それを好ましいと思う事と、この世界で通用するかという事は別だ。
(これは難しいのかもしれない)
上流社会に生きる自分たちは、生まれながらにして身についているものが彼にはない。それを肌身に感じることは、きっと出来ない。
言葉の意味を知っても、歴史や成り立ちを学んでも、「わかる」ことは出来ない。それが出来ない以上、ヒイロはミカヅキとの同等を得られない、と憂うばかりだった。
それが。
「なんか今日わかった気がするんですよ」
とヒイロが嬉しそうに報告してくれたことに、アドールは一瞬、なんと答えて良いのか分からなかった。
その驚きの間に、ヒイロが晴れやかに笑う。
「先生とミカと、アドールさんが教えてくれたこと全部が、こう、なんていうか、バーっと目の前にあって」
と、ミカヅキの妹姫が通う学園に足を踏み入れ、その世界を体感してきた少年は。
「俺、何があんなにわかんなかったのか、そっちの方がわかんないっていうか」
と照れ臭そうに笑った。
そのあとも何がわかったのかを言葉にしようとして苦戦しているのを見て、微笑ましくなる。
「そうですね。私もそれを、明確に言葉にすることができませんから」
と、あの日に前置いた言葉を言えば、一瞬目を丸くしたヒイロが、次に晴れやかに笑った。
とても良い笑顔だった。
この一月に学んでいた彼の苦難の表情を、一気に晴らしたそれを、言葉にする事は難しい。そう同意する。
「うん、言葉にする事はできないけど、でもわかったと思います」
それはもう疑いようの無い言葉。
「それは良うございました」
と返すだけしか許されない自分に、「ありがとうございました!」とヒイロは深々と頭を下げた。
その礼は、格を理解し得なかった頃のものと同じではなく。
自信を伴った礼だと思った。
彼を成長させたもの。事前の教養と、実体験。その二つを導き合わせ、恥じることなく向き合う覚悟を後押ししたのは、何であれ。
この衣装もまたその役目を果たし、然るべき時まで一時の休息をとる。
(ご苦労様でした)
羽箒で美しく生地の毛並みを整え終わり、ハンガーに吊るされた衣装は今。
彼と、彼の友人の未来を預かって、クローゼットへと仕舞われた。


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