ドラクエ9☆天使ツアーズ

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乙女の祈り

2021年04月17日 | 天使ツアーズの章(学園祭)
【本日の午後の授業は、先生の都合により自主学習の時間となります
 この授業を受ける予定だったクラスの皆さんは
 これまでの教えをより深く理解するための時間として
 一人一人が今与えられている課題と向き合い、
 その上で級友同士で意見や感想などの交換をし
 有意義な自主学習となる様に努めてください】

そんな告知板の文言は、和気藹々とした教室の空気にかき消されてしまった。
侯爵家の姫を取り囲んで、レースの飾り編みを美しく仕上げるための手ほどきを、クラスメイト全員がああでも無いこうでも無いと騒ぎ立てるので、一向に進まない。
先生が不在であり、上級生の数名が自主学習の監督をしている状況では、ついついお喋りは脱線してしまう。
「優秀な方はだいたいいつもそうですわ」
と誰かがこぼしたのを皮切りに、その場にいた少女たちが常日頃の我が身の不遇を口々に訴える。
誰に?
侯爵家の姫に。
「私の姉上様はピアノがとてもお上手ですけど、教えてくださる時は先生より恐ろしいですわ。どうしてできないの、って怒ってばかり」
「まあ!私の母上様もですわ!私はとても成績が良かったのに、どうしてあなたは悪い点数ばかりとるのでしょう、って。知りませんわ、そんな事!」
「私もいつも兄上様と比べられて、字が汚いとか読めないとか間違ってるとか。兄上様は良いですわ、お勉強が大好きなんですもの。私は大嫌いだわ」
「そうですわ!大好きな人が大好きなことをするのと、大嫌いな人が大嫌いなことをすることを、同じ様に比べられるのはおかしいと思ってたのよ!」
「本当だわ、おかしいわ!私は割り算が苦手で二時間も三時間もやらされるのよ!妹は同じ問題を10分で解いてお人形遊びをしてるわ!それもわざわざ私の隣の机で!」
「まあ酷い!そういうの、ええっと、嫌味ったらしい、ていうのよ!」
「わかるわ、お母様もわざわざ自分の過去の賞状を私の部屋に飾るのよ!酷いでしょう?!」
「私の所はティールームよ!お前の賞状やトロフィーはいつここに仲間入りするのかしらね、なんてお茶の度に言われてうんざりなのよ!」
白熱するあまり、いつからか「上品で淑やかで気立ての良い口調」も何処かへ吹き飛ばされてしまっている。
それに気圧されているのは、和の中心にいる侯爵家の姫、アステとその側仕えのマリスである。
ことの発端は、このアステが、級友に「兄上様を見返したいからレース編みが上達する様に手ほどきをしてくれないか」と頼み込んだ事によるのだが。
アステと同世代の彼女たちにしてみれば、高貴なお姫様で、誰もが憧れる優秀な兄上様がいて、きっと何不自由なく毎日を送っている為に自分たちには関わりのない方なのだ、と思っていたから、その申し出は晴天の霹靂だった。
完全無欠な兄上様にレース編みをけなされて傷ついていらっしゃるらしい。それだけならお慰めして、またいつもの日常に戻ったかもしれない。だが、アステは、「見返したい」と言ったのだ。
誰からも優秀だと称えられる兄上様を、見返したい。
その思いは、少なからず彼女たちの胸の中にあった。
兄だったり、姉だったり。或いは、母や、弟妹、どこかの誰かでも良い。いつも誰かの優秀さと比べられ、「嘆かわしい」だの「もっと努力が必要だ」だの「そんな事では無益だ」だのと言われた経験は一つや二つでは無い。
そんな思いをアステも抱えているのだと思えば親近感を覚え、素直に応援したくもなる。そして自分たちが力を貸して、あの何よりも優秀な兄上様を見返すことができるなら、それは胸がすく思いを共有することになるだろう。
まだ幼さ故に明確にそんな動機を自覚したわけでは無いが、それでも彼女たちはアステの申し出に沸き立った。そうしてからの一致団結である。
皆がレースを持ち寄り、手よりも口の方が盛んに動いている状況だが、アステの為に糸が絡まったレースをほどきなおしてやっていた少女が、ふと口にする。
「でも、姫様。レースなら、マリスも上手でしょう?」
いつも一緒にいるマリスに聞いたりはしないのか、という実に単純な疑問。
その一言で、皆の視線はアステの隣にいるマリスに集まる。
教室の中でも年少組として皆に可愛がられているマリスは、何を言われたのかわからない、という様にきょとんとしている。
それで深読みができた者は半数ほど。やはりアステも、年下に教えを乞うのはプライドが許さないのでは、と早合点して、級友が放った不用意な疑問に一瞬ヒヤリとした空気になったが。
アステがそれをあっさりと蹴散らした。
「マリスは私の侍女なのだもの。甘えが出て、きっと辛く当たってしまうわ」
それは嫌なの、と言われ、今度は皆がきょとんとする番だった。
アステが何を嫌だと言うのか、良く分からなかったのと。
では自分たち級友になら辛く当たっても良いのか、と言うのが引っ掛かったのと。
今度は別の感情で、微妙な空気になってしまった。
誰かがその場の空気を変えてくれないか、と思っていたのは長い様で短い様な沈黙。
それに助け舟を出したのは、教師の代わりに、まだ幼い生徒たちの自主学習を監督するために側についていた上級生の一人。
「わかりますわ」
と、気取った声がして、全員がそちらをみた。
自分たちより三つほど上の彼女は、レシカと言った。歳よりも大人びていて、そのせいで少々近寄りがたい所はあるものの、こうして下級生の面倒を良く見るので生徒達から慕われてもいる。
「姫様は、クラスメイトの貴女たちを小さな淑女として敬っていてくださるのよ。だから教わる事も、先生から教わるのと同じくらい、敬意を持って教わることができるということでしょう」
そう言われて、皆はアステを見る。それを否定しないアステに視線が集中している中、レシカが続ける。
「でもマリスは側仕えだから、とても近しい存在なのよ。家族よりも近いもの。それに甘えてしまって、時にはわがままを言ったり、怒ったり、酷いことをしてしまうかもしれない」
その言葉で皆の視線はマリスに集中し、マリスが困った様にアステを見る。
それでもアステは、真っ直ぐにレシカを見ていた。それは侯爵家の姫としての矜恃。
「姫様は、それをしてはならない、と自律なさっているのでしょう。まだお小さいのにご立派だと思いますわ」
そう片付けるレシカに、アステが口を開く。
「私は小さいとは思っていないわ。学校へ入った以上、一人の淑女だわ」
「ああ、えっと、そうですわね。私に比べて、と言った方が良かったかしら」
困った様に少し笑ったレシカが、わかるの、と俯き、全員の視線が集まった事を感じた様に顔をあげた。
そうして、もう一度笑って見せた。
「私は、それをしてしまったから」
と言った彼女の口から、思いは静かに流れ出す。静かに、平かに紡がれる。
「その子は私の初めての側仕えだったの。私は12まで家庭教師に習っていたから、入学する時にその子をつけられたわ。家から離れて生活するのが不安で、不便で、気に入らない事も我儘も癇癪も、全部その子に押し付けてしまった。私の側仕えなんだから、そうして良いんだ、って思ってしまってた。その子がどれだけ大変だったか、言われるまでわからなかった。いつも何も言わなかったから。けれどある日突然、泣いて、家に帰してください、って言われて初めて、私は酷い事をしていたんだって、分かったわ」
いつの間にか教室が静まり返っている。
レシカは下級生達を見回し、安心させる様に微笑み、心配そうに見守る数名の同級生にも頷いて見せる。
「あなた達もそのうち側に支えてくれる子をつけられるかもしれない。もしくは誰かの側仕えになるかもしれないけれど。覚えておいてね、主は何よりも臣下を大切にするのよ。なんでも言いなりになるからって、心までは言いなりにしてはダメよ。お友達でも家族でも無い、自分の一部なのだから、尚更よ」
少し難しいかもしれないけど忘れないで、と教師の様に諭すレシカに下級生の一人が声をあげた。
「レシカ様は、その子とお別れしたのですか?」
「ええそうよ。お前には年下は扱えない、とお父様に言われて、次に来てくれたのが二つ上のエヴィよ。我儘を厳しく叱ってくれるわ。だから余計にあの子には悪い事をしたと思うけど」
もう謝ることもできないのよ。
他の家に行ってしまったから。
だからあなた達にはそんな思いはして欲しく無い、それがレシカの思い。傷つけることも傷つくことも、どちらもして欲しく無い。それだけを思って話して聞かせた上級生に。
「私、その子を知ってるかもしれないわ」
と、発された凛とした響きに、全員がアステをみた。
その場の皆と同じ様に驚いていたレシカが、間を外した様に「え?」と声をこぼす。
アステは真っ直ぐにレシカを見て言った。
「私の侍女候補として、何人かが連れてこられた時に会ったと思うわ。一人だけ、前の屋敷で側仕えの経験がある、と紹介された子がいたわ。学校にもついていたから、きっと助けになりますよ、って勧められた子だわ。」
それにレシカは答えられない。
周囲も、ただどうして良いかわからずに、双方のやりとりを見守るしかない。
それを気に求めず、アステが強く言葉を押し出す。
「母上様に確かめればわかると思うわ。前の家も、その子の名も」
気位が高いアステの話し方に、レシカは気圧されている。
そうでなくても、自分の痛みを打ち明けた後に、年下からそれを突きつけられてはうまく立ち回ることもできない。彼女もまた、まだ少女なのだ。
気丈に見せて、それでも姫の手前、下級生達の手前、やっとのことで口を開く。
「姫様が、その子を選ばなかったのは」
なぜ。
自分から離れ、別の家の側仕えとなる少女の消息。
複雑な思いが鼓動を早める。傷つけることも傷つくこともして欲しく無い。
そう願った柔い精神には酷なほど、アステの言葉は強い。
「その子が私を一度も見なかったからだわ」
他の子もそうだけど、とアステは態度を変えることなく続ける。
「許しがあるまで控えていなさい、と言われていたのはわかるわ。それでも、他の子は名を名乗る時には進み出て、上の方々に挨拶をして下がる。その少しの時間に私を見たりもしたけれど、その子だけは一度も見てこなかった」
私に興味がないんだと思ったわ、と、その言葉を聞いてレシカは俯く。
「その子」にそんな態度を取らせたのは、自分か。
自分から離れ、新たな主を迎え入れることに希望を抱けない程に傷つけたのか。だとすれば、アステはそれを責めているのか。そんな厳しい空気がわずかに和らぐ。
「マリスは入ってきてから出ていくまで私のことしか見てなかったから」
「えっ」
不用意に響く、マリスの高い声。
それを取り合うことなくアステは言った。
「だから、その子は私に興味がないんだと思ったのよ。」
本当はどうなのかなんて知らないわ、と言う声は、アステが「その子」にかけらも興味がないことの現れの様に温度がない。
「その後、その子がどうしたかは母上様に尋ねたらわかると思うわ。もちろん、あなたがそれを知りたいと思うのなら、だけど、聞いてあげても良いわ。」
「どうして」
「あなたが悲しそうだったからだわ」
違っていたらごめんなさい、と、少し頭を下げて見せ、そのまま視線を俯かせたままアステはわずかに唇を噛んだ。そして語られる思い。
「私は先日、ある方にとても失礼な態度を取ってしまったと思うわ。お礼を言うことも、お詫びをすることもできなかったことが、今とても嫌な気分だわ。謝って許されると思ってはいけないけれど、謝ることも許されないのはとても辛いと思ってよ。」
だから、とアステはレシカを見る。
「あなたがもう謝ることもできない、と言うなら、それができる私がするべきことだと思ったからだわ。」
小さな淑女として、侯爵家の姫としての務めだ、と教室にいる全員に宣誓する。
アステが侯爵家の姫として躾けられたままのあり様だった。
「それに私、あなたが悪いとは思っていないわ。あなたの話だけを聞いて、あなたを悪者にするのは違うでしょう?その子の話も聞いて、二人で話し合って、お互いに納得するべきだと思っているわ。」
一方的に自分が正義だと主張する人間を簡単に信じない様に、一方的に自分から悪者に成り下がる人間も信じない。当事者でないからこそ他者は公正であるべきだという精神。上流社会で教育される尊い理念。
それを習うばかりで、経験したことのない少女の言葉は迷いがない。
教師の言葉では、教科書では、世界は正しいことであふれている。
アステの幼いがゆえの強さはまさに無敵だ。その敵なしの強さが、今は、一人の少女を導こうとしている。
アステが、侯爵家の姫としての自覚を持った瞬間だった。
「ああ、姫様」
レシカが立ち上がり、淑女の礼をとるのをその場の全員が初めての感動と共に見上げていた。
「ありがとうございます。私、謝ることが許されるなら、勇気を出したいと思いますわ。」
「そうね。私もそんな大事な事を手紙で済ませたりはしないから。母上様にお話できるのは、夏の長期休暇の時だわ。」
大事な事、と言われてレシカはこみ上げる感謝にもう一度深くお辞儀をして見せた。
そんな感動一辺倒なやりとりに、級友の一人が口を出す。
「でも姫様、違う子だったら、レシカ様は謝れないわ」
まあ本当だわ、それはどうしたら良いのかしら、と集中する視線にアステは笑う。
「違うのなら、もっと手を尽くせば良いだけだわ。レシカ様がそれを本当に叶えて欲しいと言ってくれれば、私は私の力で助けられると思うわ。」
みんなが今、こうして私を助けてくれるのと同じ事よ。
その言葉は教室の全員に届く。
侯爵家を出て、全寮制のこの学園に入学した。
自分は侯爵家の姫なのだから、と、一人強がっていた少女は周囲を遠ざけていた。
賛辞も羨望も畏敬もことごとくはねつけ、うずたかく積み上げられた期待の頂点に下ろしていた腰を上げて、地に足をつけた。
そうしたからこそ、アステの言葉は全員に届いて、響く。
この時を待っていた。
入学時からこの時まで、それを間近で見ていたマリスの心は、今なによりも誇らしい。
少女達の輪に自ら望んで進み出たアステの姿に喜びを感じている。
それはアステを取り囲む少女達も同様に。
凛々しく正義を掲げる姫が自分たちと共にある。同じだと言ってくれる。助けることも助けられることも、同じだからこそ、尊い。それは少女達の世界では地位や権力などではなく、無垢なる力。特別な少女が持つ、少女だけの力だった。
その力を守護として得た彼女達は、新たな世界を知るだろう。



学園という囲いの中で育まれる乙女の祈り。
純粋で美しく、正しい事を教わり、清らかなままに大人の世界へと飛び込む私たちは、希望と愛を携えていくことができます様に。
どこまでも。
どこまでも。


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