Numberと私

2020年06月27日 | スポーツ
日本のスポーツ雑誌を代表する雑誌はというと、
「Sports Graphic Number」通称:Numberではなかろうか。
中高の図書室にあったNumberを読んでいた学生時代。
気に入った号は帰りのキヨスクにて購入していました。


今家にある一番古いNumberは昭和63年、南海ホークス
最後の年であったもの。
当時、南海ホークスがダイエーに身売りして、哀しさに
打ちひしがれて購入した思い出。当時中学2年生。
今や長女が中学2年。32年前の事。



平成元年のNumber なぜか残ってました。


全日をこよなく愛していた頃。
ジャンボ鶴田が大好きでした。
ジャンボ鶴田、三沢光晴、ジャイアント馬場。
全日を支えてきたレスラーがことごとく他界して
いったのが残念でなりません。
鶴田の得意技「へそで投げるバックドロップ」
鶴田VS三沢の対戦は、深夜の全日の放送を見たなぁ。
あの頃はまだビデオテープだったなぁ。なんて懐かしさが
こみあげてきます。



これまた28年前のヤクルトー西武の日本シリーズ。
7戦までもつれた。面白いシリーズでした。
日本シリーズはデーゲームだったのが懐かしい。
ナイターでもいいのですが、学校で隠れて観たり、
先生が観せてくれたり、そういうファジーな感じ
もまた良かったかなと。




で、何でNumberかと言いますと。たまたまコンビニで
買ってしまったNumber。しかも西武の特集。
でも、あの強過ぎた頃の西武が懐かしくて買ってしまった。

多分ですが、Numberは20年くらいは買ってないのでは
ないか?と思われます。
何でか?
当時、週刊ベースボールではなくてNumberを読んでる
自分に酔っていたのかもしれません。
「私、球場でもわちゃわちゃしたり、ガチャガチャ
したりしませんから。」
的なもの。
山際淳司的な、スポーツを文学目線で私見てますから!!
野球は筋書きのないドラマだ!!
みたいなものを身に纏う事で自分をカッコ良く見せる
というような事を考えていたのかもしれません。
思春期ですから。



でも、年を重ねると、大衆的なものとかが楽になっていって
そしてそこが居心地が良くて、背伸びしている自分から
離れていったのかも知れません。
あの頃の自分を遠ざけていったというか、「こっぱず
かしい」気持ちになってしまったのかなと思います。

でも、久しぶりに読んだNumberもまた読みでがあって
面白かった。

また、図書館で読んでみようかな。そこからまたスタートかな。

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戦いの年季

2020年06月24日 | 小ネタ
子供らが、ゲームをしている。
ゲームって今や色々な媒体というか、ツールというか、
多様である。
生まれて、ゲームが当たり前にある世代。
スマホが当然の助動詞である世代。
「いい加減やめなさい」と注意すると、なんだかんだ
屁理屈をこねる。
「セーブに時間がかかる」だの曰く。
「オヤジだから、最新のゲーム事情なんてわかるまい。」
なんて言いたげになかなかやめない。
しかし、君らに言いたい。
セーブってのはな!!
過酷な作業なんだよ!!
ドラクエⅡを思い出して欲しい。
あの、意味のない文字の羅列を一生懸命ノートに書き写し
たあの頃を。
セーブに時間がかかるだぁ〜!!
ふざけんな!!と。
貴様らとは戦いの年季が違うんだよ!!

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思い出として書く

2020年06月18日 | 日誌
先日、先輩がこの世を去った。
高校の先輩ではあるが、青年部会は僕と同期の54歳だった。
お酒は飲めないが、タバコはヘビースモーカーだった。
ゴルフが好きで、法人会やら何やらでコンペが一緒だと、車に乗せてってもらった。
ゴルフ中でもひっきりなしになる仕事電話に対応していた姿が印象的だった。
「岡本くん今度のゴルフ俺が車を出すから帰りは運転してってくれよ」
最初、行きじゃなく帰りとわざわざ言うお酒を飲まない(飲めない)先輩の、
ユーモアあふれるジョーク思っていたが、ゴルフ場でお酒を飲んでいる
僕を発見し真剣に「お前飲んでんじゃねぇよ!!」と怒っていたので、
ああ、冗談じゃなかったのねと反省し帰りの車中、同じくあまりお酒を嗜まない
同乗のまた違う先輩の仲裁ののち先輩が運転して帰ると言う事もありました。

同じ松江エリアだったので、青年部を卒業しても結構会う先輩だった。
ある区議会議員さんの選挙をお手伝いした時も一緒だった。
ポスターを貼りに行ったり、選挙カーを運転したり法人会もそうだけど、
幽霊会員だった青年部会員だったのに、いつの間にやら上等兵さん追い抜き
ブロック長になったり、ポスター張りのルートを前日、僕は先輩の事務所に
呼び出され、結構真剣にルートを考えたりと、いきなりやる気を発揮して
突き進む先輩に少し驚きを感じていた。案外そういうの好きなんだなと。
前述の通り、お酒を飲まないので真顔で冗談を言う怖さもあった。冗談なのか
冗談じゃないのかその判別に苦しむ人でした。
そして、真顔で「膝カックン」をしてくるのも怖かった。
先輩と同い年の上等兵さんの声かけで、先輩のもとへ売れない歌舞伎役者の
3人で最後の別れに先輩のご自宅へお邪魔した。
正直、年齢が近い人との別れというのに慣れていないので、
今にも起きてきそうに穏やかな顔に違和感というか、生と死の境とは何ぞやと
思ったりもした。
「先輩、来月ゴルフじゃないですか!幹事さんがまた怒りますよ!!」と
声をかけた。
ゴルフのドタキャンも多かった先輩にしては、結構手のこんだ今回のドタキャンに
腹を立てようにも立てられず、ただただ虚しいやるせなさだけが残った。

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久しぶりにサウナへ

2020年06月11日 | サ活
およそ2ヶ月ぶりのサウナへ出かけた。
6月1日に解禁となったが、なかなか行く勇気がないというか、
自粛慣れしてしまったような気がして目の前を通り過ぎることが
何日かありました。



久しぶりのサウナは、気持ち良かった。
「ととのう」とかそんなではなく、サウナに入って、水風呂に入って、ベンチで休憩をとる。
「サウナを信じるな」
ただそれだけ。
昨日からサウナ室がリニューアルされたようなので、(リニューアル前の最後のサウナだった。残念?)またそれを楽しみにしよう。




追伸
おじさんになると花に惹かれだすのはなぜだろう?
今の季節、道路脇に咲いているタチアオイなんかが綺麗だね。

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2020年06月03日 | つねさんぽ
良くも悪くも、コロナウィルスの感染拡大のために、コロナ時間というか私の働き方にも多少なりとも変化をむかえている。


労働時間が短縮された。ような気がする。
自分は大体、毎日18時半くらいまで会社にいて19時には家へ帰る毎日でしたが、最近はこのコロナ禍で周りも時短やら在宅勤務やらで18時には会社を後にしている感じだ。30分くらい早くなったのは、変わったのか変わらないのやらわからないけど、この30分は結構違うようにも思うのだ。
この2ヶ月間で、周りの変化が自分にも多少影響して、自分でもどうにも修正しがたい事実なのである。
というか、そのような動きに「便乗しちゃっている」のである。



朝走っていたジョギングも夕方、仕事終わりに走るようにもなった。
会社と自宅はそんなにも離れてはいないのですが、多少の違いでも走る景色は多少変わる。



江戸川区は平地である。
0m地帯である。川がうねうねと流れている。
我が江戸川区は川の流れと切っては切れない。


川はそんな江戸川区に長く住む私にも切って切り離せない存在だ。
物心ついた頃から川の流れを意識しながら生きてきた、と言っても大袈裟ではないであろう。



川は江戸川区民の心の拠所と言っても過言ではないであろう。

そんな事を思いながらジョギングすると新しい発見もある。


水上派出所があることとかに気づいたことは結構な収穫だった。

江戸川区はインドの人が多く住む街だ。



インドには行ったことはないが、インドと言ったら聖なる川、ガンジス川がある。
私にとってのガンジス川のイメージは、「インドの人々にとって人生の始まりも終わりもガンジス川と共にある」と言ったようなイメージである。



川辺には、インドの人も多くみられる。
夕暮れの川辺には日本人もインド人も川の流れに、今日の一日の想いや反省やらを川に投げ入れ、流し去ろうとするものなのか?
そして自分もその中の一人なのか?
そんな事を想いながら、川岸を走っている。

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