「つねさんぽ」は不定期更新 Since 2009

TSUNEAKI THE ADVENTURE Since 2009

思い出

2012年09月25日 | 学校のこと

前回の続き

小学校の近所にきて、久しぶりに小学校敷地内へ足を踏み入れた僕。

いろいろと当時の思い出がこみ上げてきたが、併設する中学校・高等学校のグランドの横を通った時、ある思い出がこみ上げてきた。

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今は人工芝のいいグランドになっていますが、振り返ればまだ年号は「昭和」の頃。灰色の空、土のグランド。

当時、年に2回、近所の日出小学校と野球の定期戦を行っていました。

春は日出にて、冬は昭和にて、野球やサッカー、バスケの試合を行っていたのを覚えております。

春の試合は、うまい子は5年生でもベンチ入りできましたが、基本は6年生中心のチーム。

小5の春は、小生1塁コーチ。背番号はありませんでした。そして迎えた小5の冬。

レギュラー争いに敗れた小生は控え選手。背番号12。それでもはじめてもらった背番号はうれしいもので、試合の日を指折り数える日々でありました。

ここからの詳しいスコアなどは曖昧なことをお許しください。僕の記憶の中での「だった」で話は進みます。

その日、確か1-4でリードされていたと思います。

7回裏最終回。

ノーアウトか1アウト、ランナー1塁2塁だったような。同級生の控え選手左打ちの「竹さん」が三振をして、さらに代打攻勢が続き、代打に送られたのが小生であります。

ピッチャーは右のサイドスロー。

カウントは覚えていませんが、何か無我夢中で振り切ったバットに何かの感触が残りました。

チームメイトと曰く「たまたま振ったバットにボールが当たって打球はふらふらとセカンドの頭を越えてライト前にポトリと落ちた」

らしいです。

「走れ!!走れ!!」

とチームメイトの声。とにかく1塁に走ったのですが、僕の走力は運動会で転んだ人に抜かれるほどの鈍足。今思えば「駿足」が開発されていればなぁと思う次第でございます。

1塁が遠いような気がして、次に耳に入った言葉は「滑れ!!滑れ!!」

でした。

一塁に滑り込んだけれど、審判の声が聞こえて「アウトォーーー!!」

ライトゴロでした。

確かここでゲームセット。2塁ランナーはこの間ホームに達していたので、僕がセーフならば1点追加。さらに1塁・3塁で同点の芽も出る場面だった記憶してます。

それからはよく打ったと褒められもしたが、大半は「足遅せーよ」という声。

不思議と悔しさはなく、生まれてはじめて野球の試合に出た、ということの喜びと興奮が自分の中では続いていました。

学校に戻って、チーム全員に肉まんが振舞われ、残った肉まんを「残念賞」としてもらった記憶があります。

幻のライト前ヒット。

6年生になって春の試合には7番レフトで出場しましたが、1打数0安打1四球1三振1盗塁1エラー(大量失点につながるエラー)

小学生時代の試合でヒットを放つことはありませんでした。

久しぶりに見たグランドで「走れ!!走れ!!」と声が聞こえてきた。

高校生のサッカー部が練習していた。

女子高だった中学・高等部が今は共学になっていることに時間の流れを感じ、僕は小学校を後にした。

2ne

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週魔Ⅱ ちばのち

2012年09月23日 | 日誌

人生は人それぞれが、1本の道を歩んでいる。

道はまっすぐではなく、グネグネと曲がっていたりもしている。

行先は、誰にもわからない。時折過去に来たところに近い所に来ることもあって、もしタイムマシーンを作るのであれば、今いる道から過去通った道に飛び移ることができるのならば、タイムマシーンは可能になるのかもしれない。

先日、通っていた小学校の近くに来た。近いというか小学校のかなり近所に来た。

懐かしさに身を任せ、フラフラと散策していたら、本八幡へ行くバス停に一人の少年がバスを待っていた。

かなり見覚えのある顔だ。

それは小学生の頃の僕だった。

道と道が近づいたために時空にズレが生じたのだろう。

恒明少年が僕に話しかけてきた。

恒少年「やあ、やっと来てくれたんだね。僕はずっと待っていたんだよ」

恒少年「いままで何度か近くに来たと思ったら、さっと帰っちゃったよね」

恒少年「なぜ小学校を避けていたんだい?」

僕「別に避けてなんていないよ。特別用がなかったから・・・。そうか・・・待っていたのか。すまなかったね」

恒少年「千葉を封印したいのかい?」

僕「そんなことはないさ。おじさん千葉は好きさ」

恒少年「嘘だ!!おじさんは嘘つきだ!!中学・高校に上がって、隅田川のほとりの学校に行ったもんだから千葉時代を封印したんだろ!ちょっと都心に近付いたもんだから千葉を捨てたんだろ!!俺は東京の人間だって自分に言い聞かせてたんだよね。江戸川区に住むことにコンプレックスを抱いていたんだよね!」

僕「は、はあ!?何のことやらさっぱりわからないよ」

恒少年「ママチャリで皇居近くまでいって地元の人みたいな顔してぶらぶらしてたろ。誰にでもなく都民ぶりをアピールしていたろ」

恒少年「大学は神奈川に行っちゃって、藤沢に一人暮らししたもんだから、今度は湘南の人面しちゃって、『藤沢は第二の故郷』なんて言ってたろ!!隣駅は湘南台なんて名前だけど湘南台から江ノ島まで電車で30分弱かかってたろ!!」

僕「・・・・。」

恒少年「スラムダンク人気に乗じて江戸川も千葉も天秤にかけて藤沢をとったろ!!」

僕「や、やだな~・・・。何言ってんのかなぁ」

恒少年「卒業して江戸川区に帰ってきたら、今度はネイティブな江戸川区の人面しちゃってさ」

僕「や、やめろ!!」

恒少年「で、今度は『つねさんぽ』など称して千葉を攻撃しだしたよね。なんで千葉に冷たいんだよ。あんたは千葉とは切っても切れないんだよ!!」

僕「うるさい!!黙れ!!」

恒少年「いや、止めないよ。野球だってホークスからマリーンズに鞍替えしたじゃないか。しかも奥さんは千葉の人じゃないか。そして子供たちには千葉の血が脈々と流れているじゃないか。」

僕「う、うぉーーーー」

恒少年「おじさん、ここへ来たのにはあなたには千葉が身近に存在するんだよ。さあ、思い出の校舎に足を踏み入れてごらんさい。あなたの少年時代過ごした6年間がよみがえってくるよ。そして千葉の心を解き放つんだ!!」

僕「あ、あああ、ああ・・・・」

恒少年「あっ!!本八幡行きのバスが来た。僕はこれに乗るね。じゃあ達者でね」

僕は京成バスに乗る少年時代の僕を見送った。そして彼は、僕のたどった道を進んでゆく。逆らうことのできない道を。

少年時代の僕に背中を押され、昭和学院小学校の門をくぐってみようと思う。

ありがとう恒明少年。

っていうか、簡単にいえば、用事ができて小学校の近くへ行ったので、それがとても久しぶりだったのでせっかくだから見て帰ろうかなということです。

続きは次回へ

To be continued.

2ne

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AUP

2012年09月19日 | 日誌

今日は二女の誕生日です。

4歳になります。

先日、お祝いをかねて幕張にランチビュッフェに行ったのですが、3歳以下は無料ということでギリギリセーフ。もう2日もすれば4歳になるので彼女にすれば、彼女の人生においてそのホテルで食べる最後の無料ランチビュッフェということになりますわな。

お題のAUPとは二女は名を「明由未」と申しまして、普段は皆、「アユピ」と呼んでいます。

よってAKB的な感じでAUPです。

先日のDokiDoki交流会で、「がすてな~に」の入り口で駄々をこねた二女ですが、今度は頑張って「がすてな~に」の入り口から本来の見学コースで見学できることを期待したいと思います。

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2ne

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baseball weekend

2012年09月15日 | 新6ブログ

3ブロックの野球チームに混ぜてもらいました。

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ノックの後、近所の中学生にも助っ人していただいて、試合形式の三角ベース。

とても楽しかったです。

自分は3打数1安打、投球回数2回3失点。ストライクが入らない。フォアボールなしだから良かったものの・・・。

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いっせい君のお子さんと新さんのお子さん、野球が好きになってくれるといいなと思いました。

最後は泣きの一回で頼んだ中学生との真剣勝負。

3B2Sと追い込まれ置きにきた球を、大人気なくレフト前へ!!

松江バッティングセンター仕込のバッティング!!

松江BSのおじちゃんに捧げたいヒットでした。

何度か書いてますがここで僕の球歴をしつこく書きます。

小学生の頃、ジャイアンツの河埜和正に憧れ野球を始める。

小学校では野球部(クラブ)に所属し、年に2回の日の出小学校との試合を楽しみに練習するも、5年生の冬の定期戦にて最終回代打で出場し、ライトゴロの屈辱を味わう。

6年生の頃は7番レフトで出場。1打数0安打、1四球1エラーで敗戦。

中学に上がり、野球部に仮入部。

頭を5厘に刈るも、毛がないショックと練習の厳しさについてゆけず5日で退部。坊主にしてから3日間ということで「本当の3日坊主」と揶揄される。

その後、壁ぶつけ、友人との草野球が主な球歴となる。

その間、小・中・高と松江BSは通っていました。

おかげで悪球打ちには自信がつきました。

そして今その花が開き、37歳8ヶ月にして中学生からヒットを放つ。

3B野球部の皆さん、ありがとうございました。

自称:マツエのマツイこと2ne

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お前は小学生か!!

2012年09月14日 | 日誌

Sh3e0557

今日、久々に野球をやる(3Bの野球に混ぜてもらう)ので放課後(!?)松江バッティングセンターで特打ちをしています。

歴史ある松江バッティングセンターには古いゲームがいっぱいある。

スパルタンX

ファミコン世代には、涙がちょちょぎれるゲームだろう。

久々にやったら1Fで終わった。

「うっ」

って・・・。

Sh3e0556

2ne

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