『終わりの日の預言』の周辺情報!!①
ハナンエルの よい知らせ!!
ハナンエルというのは、先の 『終わりの日の預言』に出てくる、明覚寺の主管であられた方であろう。この福音(よい知らせ)は、『終わりの日の預言』の証でもある。又、分かり易い。今はこの文書は、入手できない。ホームページが変更される途上であろうか、奇しくも、25日までは閲覧されていたので、転載できる。時間の都合で、全部、収録できていないので、一部は、投稿者の記憶の中に永遠に埋没するかもしれない。ご縁を感ずる方は、直接、訪ねられるのもよかろう。投稿者には、確認の意図はない。あくまでも、善意の第三者の立場で、投稿を継続したいからである。
この一連の文書は、見事に前掲の『終わりの日の預言』と符合している。と言うことは、預言がただ事でないという証である。又、現象とも一致する。そして、現在進行形である。同時に世界事象も又、風雲急を告げている。聖書の預言ともそのコンセプトにおいて一致していると観てよかろうと思う。
今何故日本にと言うことが、謎であり、しかも、高野山の僧侶にこういう経綸が起こったのか。興味が尽きないところである。興味だけではない。その神理を探ることは、日本に生まれた我々の使命を感得する重要な手がかりと考える。
今、世の中は九分九厘のウソ偽りで動いている。そう言うと、まさかと思われるであろうが、事実である。このブログを書き始めたきっかけはそのウソを暴く目的で、無謀にも発心したが、書けば書くほど、その種は尽きない。義(正しさ)は何処へ行ったのか。かつては当の本人そんなことはないと思っていた一人である。
実際は、周到に計画され、目的を持った示威行動、利得欲望の流れにある。そのための偶像であり、そのための神々の横行であり、そのためのリベラリズム運動である。それは最終コミュニズム(全体主義)への流れ、ファシズムへの流れを予感して余りある。明らかにサタニズム(悪魔主義)がそれを煽り、底流に蠢いている。これが、反逆者の正体である。
日本の空海の高野山と聖書の民との結合。その行く末、ひいては日本と世界の行く末に興味は尽きないと言ったら、多くは、笑うであろう。
【転載開始】ハナンエルの よい知らせ!!
平成8年9月当時、私は高野山の僧侶でした。
「衆生救済」を説く教団はある日、思いがけない刑事事件で摘発されました。
私たちは数々の大きな悪事と罪悪のゆえに受けるべき艱難をすべて受けることと
なりましたが、その事件を通して、私はこの世に“生きて働かれる神”と出逢うことと
なりました。 それは1通の手紙に記された“不思議な言葉”からはじまりました。
“彼らを恐れるな。覆われたもので現れてこないものはなく、
隠れているもので知られてこないものはない。
わたしが話すことを明るみで言え。耳にささやくことを言いひろめよ。
恐れるな。しばらくしてわたしは、いま一度天と地と人とを震う。
その後、わが宮の栄光は前の時よりも大きい・・・・・”
そして平成9年8月、神がこのように語られました。
(神の顕現)
西暦1997年(平成9年)8月 主なる神が語られた
わたしは、エジプトの地で苦悩の中にいる人々の声を聞き届け、モーセに命じて苦しみの中に喘ぐ彼らを、エジプトから導いた神である。
わたしがエジプトの地から導いた彼らは、あなたがた主の民の先祖である。
私は、彼らが無垢な心をもって神に聞き従っていた頃の真心、あたかも花嫁のように従順であった彼らの愛、彼らが不毛の地や荒野での従順であったことを思い出す。あなた方は主の民の子孫である。
神の初子(ういご)である主の民たちを、自分の欲望と権力に任せ、支配し、利用し、餌食にしようとする者たちは皆、罰せられ、災いを被った。
わが主の民の子孫たちよ、主の12部族の子孫よ、あなたの神の言葉を聞きなさい。かつてエジプトで、苦悩の中からわたしを呼び求めたあなた方の先祖は、主
なる神であるわたしに、どのような落ち度があってわたしに聞き従わず、空しいものを拠り所として遠く離れていったのか。
あなた方の目に好ましく映る『空しいもの』をあなた方の前から退けよ。
あなた方は『空しいもの』の後を追って、空しい者となってしまった。
『かつて主の民を、エジプトの地から上らせ、救って下さった方はどこにいるのか』と、尋ね求めなかった。
わたしは、あなた方の先祖を導き、その子孫たちを実り豊かな『約束の地』に導き入れた神である。わたしは彼らに味の良い果物を食べさせ、預言者を通して教
え導き続け、主の民たちの肉体と霊を養った。しかし、彼らは、偶像や間違った慣習で罪を重ね、その土地を忌まわしいものに変えた。そのため、その地は滅ぼ
され、あなた方の先祖はこの所に移り住んだ。」【転載終了 続く】