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2011.6.1~。大津波、宮古市、鍬ヶ崎復興計画。陸中宮古への硬派のオマージュ。
 藤田幸右 管理人

雑な防潮堤-追認委員会

2011年11月19日 | どうなる避難対策

4モデル地区選定 盛岡で防潮堤景観検討委初会合

   東日本大震災で被害を受けた防潮堤などの再建に向けた「県河川・海岸構造物の復旧等における環境・景観検討委員会」(委員7人)は17日、盛岡市内で初会合を開いた。防潮堤や水門を整備する海岸を四つに分類し、それぞれモデル地区を選定。地区ごとに景観などに配慮する点を検討し、年度内に取りまとめる方針だ。
 初会合は、環境や景観保全の専門家ら委員とオブザーバー、県職員ら約50人が出席し、非公開で開催。委員長に南正昭岩手大工学部教授を選任した。

 県は防潮堤などを整備する海岸を地形や周辺の土地利用状況などで分類し▽砂浜海岸(高田海岸・気仙川、陸前高田市)▽港湾海岸(大船渡港・盛川、大船渡市)▽複数河川河口部(大槌川・小鎚川、大槌町)▽観光地周辺(鍬ケ崎・閉伊川、宮古市)-の四つのモデル地区を提案。
 環境や景観に配慮すべき事項をモデル地区ごとに今後検討し、各海岸の整備に応用させることを了承した。
 検討委は月1回のペースで開催。年度内に環境・景観への配慮事項をまとめ、防潮堤や水門などの設計に反映させる方針だ。
(岩手日報、2011/11/18)



委員会は防潮堤の再建を前提にしている


異様な光景と言わざるを得ない。7人の委員が県官僚と彼ら官僚に選ばれたオブザーバ-の総勢50人に取り囲まれている。これで自由闊達な議論ができるか?と不思議である。できるはずがない…名に聞こえたコンクリート族である岩手県土木部の設定した会議の足下で、その筋々の専門家であるとはいえ、密閉された環境の議論がうまくいくとは思えない。(委員がどの分野の方々なのかも分からない。南氏は宮古市東日本大震災復興計画検討委員会の委員の一人であったが)。

県とすれば、とにかく防潮堤の建設に対するお墨付きをこの会議からもらいたいから、内容はともかく50人の監視体制と見まごう協力体制を配置したものである。ただ追認のためとはいえ、余りにも拙速、あまりにも露骨である。以降千年の景観や環境を今なぜ急ぐのか?市民やマスコミを閉め出して非公開にするとは市民不在のコンクリート族の密談的性格を如実に表している。いうがままに許す岩手県下のマスコミ機関、ジャーナリズムの姿勢もどうかしている…

防潮堤は津波に対して無効であったのだ。

今回の津波で防潮堤は機能せず、反対に、巨大防潮堤物神崇拝によって多大な犠牲者を出してしまった、という現実の反省の方が先決であろう。防潮堤の津波に対する無効性は岩手県沿岸一帯で実証されている。ごまかさず、今こそ国をあげて、県をあげて、市町村くまなく根本的見直しが必要とされている。ジャーナリズムにとっても同様である…。破壊された防潮堤を前に「もっと大きなもの」「もっと高いもの」と発想するのは余りにも幼稚であり、ばかばかしく、間違っている。いまだにその有効性が検証されていない防潮堤の存在そのものに切り込む事が前提である。この委員会にしても、少なくとも防潮堤建設に対する疑問の余地が含まれていなければおかしい。防潮堤は必要か?不要か?そこのところがまず長く深く広く議論されなければならない。

環境アセスメントや、浜辺の景観について議論するのはその後でいいはずである。そこのところは議論するまでもなく被災現地ではとっくに分かっている事だ、とも言える。各分野の科学者には、議論より現地での聞き取り調査など、専門のフィールドワークを積み上げてほしいものだ。盛岡で暗い会議をするより、沿岸各地で活躍してもらいたい。そうすれば必要なもの、真実なものが見えてくるはずだ。

<若林治男・県土整備部長は「(新防潮堤を)今までの三陸の独特な景観、自然環境と調和させていきたい」と話した>(毎日新聞、11/18)
コンクリートで,ただの剛腕で、そのようなことはできるはずはないのだ。この部長はどんな景観観、どんな自然観をもっているのか疑わしい。でまかせは謹むべきだ。


【関連記事】「防潮堤」は効果がなかったこと。これからも期待できないこと。

コメント (1)
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