なにを今さら 岩手県、岩手県議会
新聞記事も 今さらのニュース
岩手日報(2018.2.23)
この記事の内容はすでに現地では既成事実の事柄であった。2016.5.25 県・宮古土木センターで開かれた閉伊川水門などの説明会で、岩手県は「水門事業費は105億円増え、工期も3年延びる」と明言していた。当ブログでもこのように書かれている「主催者の説明は自慢話めいてきている。難工事にかかわらず 2 9 5 億円を国から獲得してきた、というように…」(2016.5.25 説明会報告ブログ)と。下の[関連記事]にあるようにこの工事に関しては何度も何度も警告を書き、中止を求めて来た。
と、いう事は当時(2年前)からこの契約額で、工事は進んでいたという事で、県議会で、今さら問題にする事には違和感がある。新聞記事の内容も筋が違うように思われる。議会も記者もしっかりしてほしい。業者との談合、ゆ着が公然とある…
県議会に提出した県の資料には台風10号(2016.8)の復旧予算も増額の要素になっているとしているが、それは後づけであって、台風被災のずっと前に105億円の手当をしているのです。このごまかしもどこかで表面化するはずである。そうでなければおかしい
<県議会で配布された資料の一部>
この資料の「第5回変更(今回)」がいつなのかは明記されていないが、経過から見て、そうとうにでたらめなのはよく分かる。少なくとも契約の2年ほど前から業者との契約工事は進められていた事になる。議会軽視、県民無視だ。
今さら県議会に「承認議決」を求め、議会もよく吟味して承認したのかどうか? その後の経過も気にかかる。新聞記事の方もこの事案の全ての事件性を調べて記事にするべきなのに、ただの流しこみでは納得がいかない。
[関連記事] 公開グループFacebook @KUWAGASAKI より 2016.9.9
[関連記事] 水門・防潮堤説明会 完成延期に批判の声 2016.6.1
[関連記事] 再延期(閉伊川水門) 2016.1.26
岩手県の災害復興工事工法は最悪
岩手県の沿岸での工事は、天災におもねり、早期発注、早期発注が常態化して、あってはならない不正広報、情報不開示の下、危険工事、見切り工事、隠蔽工事の瀬戸際にある。全県民が関心を向けなけなければならない。
<上記新聞記事の最後の部分>
そもそも閉伊川水門の議論は、いまだに閉伊川「堤防」のかさ上げ論、河川敷遊水形成論が市民の間に根付いている。津軽石川の同様の議論と並行して語られ、全面でないが、事例的にも有力な方法となっている。
現行の簡易設計、(簡易)早期発注は、当初から岩手県があやまった自信で取り組んでいる方法であった。当初から「標準横断設計」として終始見込み設計、見込み調査、見込み予算で工事を進めている。 ※あやまった自信=談合体質
「通常の工事であれば詳細な現地調査を行った上で入札を行う。だが、被災地では着工を早める概略設計で入札する標準断面方式を採用し、契約後の変更が多い。資材や労賃の高騰も重なり、大幅増額になるケースもある」(岩手日報 2016.3.22)というもの。
見込み(みこみ)の連鎖であるこの工法では、工期の延長、予算の増額に歯止めがきかない事は素人でも分かる事である。「(閉伊川水門の)工事費当初の4倍超」「予算70億円から…293億円」はその結果であり、Try and error をいつまでも安易に許す今現在の経過にすぎない。
「最終的な事業費は変わらない」とは、言訳という事より、なんの根拠(調査)も努力(詳細設計)もなく「どうせ結果は同じなんだから」と惰性で仕事をしている役人の決まりきった言い草である。これほど県民や議会を低く見透かして、県民からだけでなく全国民からの 達増知事の背任行政が問われる ことになる。
事業費は地域からだけではなく復興税など全国民の血税が当てられている事を思い出してほしい。「最終的な事業費は変わらない」とは、当てずっぽの見込み工事を正当化しているだけではなく、わが国の巾広い土木建設、その実績、成果、一言では信頼を反古にして顧みない傲慢さである。どんぶり勘定と「詳細設計」が同じであるとはとても学生など若い人に教える事はできない。それは談合体質への一つの階段なのだ。撤回し、知事はこれに責任を取って謝罪するべきだ!
オリンピック年の完成は虚勢 ──
振り出しに戻る が早道である
工期については岩手県は盛岡県庁も現地事務所も2020年をいうが、言い方はしどろもどろで自信がなく曖昧な対応に終始している。それは、工期についてのはっきりした設計図をもっていないから分かる事である。
「標準横断設計」を岩手県の復興工事の県是としているかぎり、結局見込み違いが発生して工期は再びのびる。
県庁発足以来東日本大震災は未経験規模の大災害であったが、その規模の防災設計に関しては明らかに県庁の経験則が追いついていない。弥縫策で乗り切ろうとするが大自然がそれを許すはずがない。工事は従来の方法より一歩踏み込んだノウハウがなければ自然現象の障壁は突破できない局面の連続なのだ。私が見るかぎりでも県庁が震災前を超えるノウハウ、技術、理論、見解を示した事はない。全ての技術や知見は震災前のものを超えていない。明治以来の既存設計を破棄して、一からの全く新しい設計思想が求められているのだ。多くの人がそのように思っているし、事実はその通りに進行している。
閉伊川水門はダメ(2)につづく
(脆弱さと避難訓練と)