国家としてのイギリスやフランスの背後にもロスチャイルドがいるの?。今もなのか知らないけどさあ。
ウィキペディアで調べると、明治18年(1885年)に内閣制度が発足し、2001年(平成13年)に大蔵省が改編改称されて財務省になったようだ。松方正義は薩摩藩の出身ということになってるみたいだけど、松方正義は日本の総理大臣に2度就任し、その後は元老として政界の重鎮のような存在になったみたいだ。松方正義は日本銀行を設立し、初代大蔵大臣に就き、大蔵大臣を長く務めたようだ。日本銀行は明治14年(1881年)に設立されたらしい。
松方正義はフランスの大蔵相の人の助言で日本銀行を設立したようだけど、その人の紹介でフランスのロスチャイルド家の人に会ったようだ。松方正義は日露戦争の前にはイギリス国王に会い、イギリスのロスチャイルド家の人とも会ったようだ。ロスチャイルド家は日露戦争の頃に日本に巨額を貸し付けたり、関東大震災の後の復興融資をしたようだ。
明治維新の話も嘘の気がするけど、その後の九州の士族の反乱や自由民権運動の話も怪しいんだよなあ。
清では1840年にアヘン戦争があって、1856年にアロー戦争があったみたいです。アヘン戦争の後に上海が開港して、上海には租界という外国人居留地が作られて、その後の上海は東アジアで最大の西洋文明の発展した土地になってったようだ。租界には中国の黒社会の組織も関わっていったみたいです。
上海にはジャーディン・マセソン商会の上海支店があったようだ。ジャーディン・マセソン商会というイギリス系の企業が今でもあるみたいだけど、ジャーディン・マセソン商会の設立当初の主な業務はアヘンの密輸と茶のイギリスへの輸出だったようだ 。
幕末にグラバーというイギリスの商人が日本で武器を売ってたようだけど、グラバーはジャーディン・マセソン商会の長崎代理店としてグラバー商会を設立したようだ。
安政6年(1859年)に横浜にジャーディン・マセソン商会の横浜支店ができたようだけど、長州藩の藩士だった長州五傑といわれる人たちはジャーディン・マセソン商会の協力でロンドン留学したらしい。本当か知らない。長州五傑の中には伊藤博文も含まれてるらしい。
明治18年(1885年)に日本では内閣制度が始まり、伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任したようだ。伊藤博文は長州藩の出身らしいけど、百姓の息子らしい。本当か知らない。ウィキペディアを見ると、伊藤博文は林家から伊藤家に養子に入ったようだけど、伊藤博文も中国人か朝鮮人なんだろうか?、やっぱり。
イギリスですか・・・。
火をつけるか
。