東北発 歴史調査隊

明治維新の嘘を暴くブログです。

臨済宗

2022-06-02 23:55:54 | 日記
 明治維新の話も嘘の気がするけど、この頃に清から来た僧の人たちいたとしか思えない。
 
 明治時代から大正時代の臨済宗の僧で釈宗演という僧がいて、ウィキペディアで調べると、日本人で初めて「禅」を「ZEN」として欧米に伝えたようだ。本当に日本人か知らないけど。
 
 釈宗演は福井県の高浜町の出身らしい。本当か知らない。釈宗演は出家して日本各地の寺で修行して、慶応義塾に入学した後にスリランカに行って仏教を学んだようだ。釈宗演は円覚寺派の管長や建長寺派の管長を務めたようだけど、釈宗演はシカゴ万国博覧会で開催された万国宗教会議に出席して講演を行ったようだ。
 
 釈宗演のもとには夏目漱石も参禅したみたいだし、釈宗演は鈴木大拙を通訳としてルーズベルトと会見もしたようだ。明治時代の僧で、一番著名な僧は、この人みたいだけど、どうなんだろうなあ?。
 
 釈宗演と一緒に学んだ僧で竹田黙雷という僧がいて、臨済宗建仁寺派の管長に就任したようだ。ウィキペディアを見ると、大正2年(1913年)に開山栄西禅師七百年遠諱を厳修して、大正3年(1914年)に栄西の遺跡を比叡山で見付け、碑を建て栄西の遺徳を顕彰したらしい。
 
 京都にある臨済宗の寺の建仁寺は栄西の開山ということになってるらしく、建仁寺の開山堂は栄西の墓所のようです。
 
 建仁寺ですか・・・。
 
 
 火をつけるか

チベット

2022-06-02 23:47:51 | 日記
 明治維新の話は嘘の気がするけど、怖い。怖いんだよ、カルト密教の人たちは。
 
 明治時代に河口慧海という黄檗宗の僧は日本人で初めてチベットに行ってきたらしい。本当に日本人か知らないけど。河口慧海はチベット仏教を学んできて、帰国後にチベットの旅行記を書いたり、仏教関連の書籍をたくさん書いたようだ。河口慧海は大正時代に2回目のチベット入りをして、その後は僧籍を返上して在家仏教信者になったようだ。
 
 ウィキペディアで調べると、ダライ・ラマは1642年にチベット政府の長になって、1959年までチベット政府の長だったようだ。チベットのラサというところにポタラ宮という宮殿があるみたいです。今のダライ・ラマは14世のようです。
 
 ポタラ宮ですか・・・。
 
 
 火をつけるか

真言宗

2022-06-02 23:45:35 | 日記
 真言宗が今のようになったのも明治時代になってからの気がするけど、土宜法龍っていう仁和寺の僧が関わってるんだろうか?、やっぱり。
 
 真言宗は大きく分けて古義真言宗と新義真言宗があって、新義真言宗では興教大師といわれる覚鑁上人を中興の祖としているようです。真言宗智山派と真言宗豊山派は新義真言宗、新義真言宗の中に新義真言宗という宗派があって、和歌山県岩出市にある根来寺は新義真言宗の総本山で、根来寺には覚鑁上人の御廟があるみたいです。
 
 和歌山県伊都郡高野町に金剛峰寺があって、金剛峰寺は高野山真言宗の総本山のようです。高野山の奥の院は真言宗の開祖の空海上人の御廟のようです。空海上人は佐伯氏の出身で、幼名は佐伯真魚というみたいです。
 
 金剛峰寺ですか・・・。
 
 
 火をつけるか

御室

2022-06-02 23:42:54 | 日記
 明治維新の話は嘘の気がするけど、怖いんだよ、カルト密教の人たちは。
 
 京都にある仁和寺は真言宗御室派の総本山のようだけど、仁和寺の僧の土宜法龍という僧はシカゴで行われた万国宗教会議に日本代表として行ったり、西域やチベットを旅行して密教学研究の基礎を築いたみたいです。土宜法龍は仁和寺の門跡や真言宗御室派の管長や高野山真言宗の管長や真言宗連合総裁を務めたようです。土宜法龍という僧のところには久邇宮朝彦親王や小松宮彰仁親王も教えを受けに行ったようだ。南方熊楠とは往復の書簡をずっと続けていたようだ。
 
 明治時代の密教の僧で、一番著名な僧は、この人みたいだけど、どうなんだろうなあ?。真言宗が今のようになったのも明治時代になってからの気がするけど、土宜法龍という僧が関わってるんだろうか?、やっぱり。
 
 小松宮彰仁親王が明治時代の前の最後の皇族出身の仁和寺の住職ということになってるらしい。本当か知らない。
 
 仁和寺ですか・・・。
 
 
 火をつけるか

天台宗

2022-06-02 23:39:15 | 日記
 明治維新の話は嘘の気がするけど、久邇宮朝彦親王って人が怪しいんだろうか?、やっぱり。
 
 久邇宮朝彦親王は天台座主にも就いたようだけど、本当か知らない。明治維新の後、久邇宮朝彦親王から皇族の人が伊勢神宮の祭主を務めるようになったらしい。太平洋戦争の後は天皇の娘が伊勢神宮の祭主を務めるようになって、今の伊勢神宮の祭主は上皇の娘の黒田清子さんらしい。
 
 梨本宮守脩親王が江戸時代の最後の天台座主のようだけど、梨本宮守脩親王も還俗して、梨本宮守脩親王には後継ぎがいなくて、梨本宮家は久邇宮朝彦親王の息子の梨本宮守正王が継いだようだ。梨本宮守正王は太平洋戦争の終戦前の伊勢神宮の祭主らしい。
 
 明治維新の話も嘘の気がするけど、明治維新の後に天台座主はいなくなったらしく、明治17年(1885年)に復活したようだ。
 
 天台宗は天台法華宗ともいうらしく、法華経を根本経典にしていて、天台宗の発祥の地は中国にある天台山のようです。日本の天台宗の総本山の滋賀県大津市にある比叡山延暦寺では、密教や禅や念仏もあって、総合仏教といってるみたいです。
 
 延暦寺ですか・・・。
 
 
 火をつけるか