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the other side of SmokyGitanesCafe
それとは無関係に・・・。
 




GITANESを吸いたいのはヤマヤマだが。
それとは無関係に・・・。

プライベートで10年ほど前に知り合い、結果的にご近所に住むようになり
職場もすぐ近くでありながら、そういえば一度も食事にもお茶にも一緒に行ったことがなかった
W氏と会食。会食と言ってもご馳走になっただけで恐縮なのだが。


「なんとなくSGC氏はどうやってお誘いすればいいのかなかなか思いつかないまま
機会を失ってました。」とW氏は言うが、別に、普通に誘っていただければいいのに。

端的に言うと、声を掛けづらかったということだろう。
それはほぼこちらに責任がある。



2時間半の間に
「えっ?!SGCさん、お酒飲まないんですか?!」という定型の反応を頂戴した。


会話も面白く、あっという間の食事会だった。
次回から割り勘にしていただければありがたい。








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GITANES突然の在庫切れに何度泣いたことだろう。
それとは無関係に・・・。


スマホ(スマフォちゃうんかい!)の調子がなんか悪いなあと
思っていたのだが、数日前タッチ操作がまったく利かなくなった。

ドコモショップへ持って行ったのだが、
「あ、これ、ここにキズみたいなものがありますよね。
これ、実はキズではなくて割れてます。」
とのことだった。
そりゃあ液晶が割れていたら、いくら渾身の力をこめてスワイプしても
ウンともスンとも言わんはずだ。


幸い保険をかけていたので(それでも免責分7000円ほど要ったが)
同機種同色が送られてくることになった。

到着までの2日間は貸出スマホを使用、2日後には交換の機械も無事に届いた。


いやあ、アプリ各種の再設定が究極の面倒さ。
なにしろユーザ名もパスワードも覚えていないのだから苦労する。

LINEに至ってはとうとう復旧を諦め、アカウントの再取得となった。

ネットバンキングは「銀行窓口まで○○の手続きにお越しください」と言われるし、
つくづく私は機械ものと相性が悪い と自覚した。


夜中、設定を途中ですべて放り出し、3時半まで本を読んで現実逃避を楽しんだ。


いいなあ、紙の本は余程のことがない限り壊れないし。







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GITANESを線香代わりに。
それとは無関係に・・・。


お盆です。

寺との位置関係が、檀家の中で一番遠方になる我が家は
毎年8月13日の盆供養には坊主が一番先にやってくる。


その旨の通知が数日前には届くはずなのだが、今年は一向に来なかったので
電話で確認した。


「他の法事が1件入ったので、いつもよりも早く伺いたい。
いつもは8時ごろだけどそれより前に。
でもまあ、7時30分よりも前になることはない。」

ときっぱり言われたのでそのつもりで用意していたところ、当日朝

「ピーンポーン」とインターホンが鳴り、坊主がカメラにうつったのは
7時5分だった。
25分早かっただけだろう と思う方もいるだろうが、早朝の25分間は
準備の進捗度に大きく影響する。仕事であれ遊びであれ法事であれ。

大体この坊主は時間にルーズだ。坊主がルーズだ、韻を踏んでいる。


親子二代のお坊さんなのだが、来ると言っていた時間より二時間遅れたり
今回のように、早朝なのに予定よりずっと早く来たり、
酔っぱらってなかなか電話の内容が通じなかった挙句、約束時間が三転四転するのが
当たり前になっている。


それが毎年毎年、ちょっと楽しみなのである。




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GITANESを面白がっているうちにブログがこんなに続いた。
それとは無関係に・・・。


仕事でどっと疲れ、足も痛い。

疲れを取るように、文庫版
山﨑努/柔らかな犀の角
をゆっくり読み始めた。
いわゆるエッセイであるから、他人が物や事、本を
面白がっている様子が書かれているのだが、
それをまた読者として自分が面白がっているというのが
二重構造になっていることに今更ながら気づき、別の意味でも面白くなってきた。


しかしまあ、仕事が続く。


本を読んでいるうちに、もう日付が変わってしまった。

仕事してハンバーグを食べて本を読んで、誕生日が過ぎた。
見事に毎年同じ流れだ。

面白い。





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貯蔵  




GITANESももちろん貯蔵している。
それとは無関係に・・・。

家人からすると家全体が散らかるのを防ぐため、
私から見ると、あまりいろんなものを触られない
という双方のメリットがあるのが書斎という存在である。


私からすると他のメリットもあって
「とりあえず買ってしまった服や本や靴や小物やガラクタを
一旦そこへ貯蔵してしまう」という面が助かる。

いやべつに、買い物をしたとしても家人に叱られるわけでもないだろうが
なんとなく「一旦ここに入れておいて・・・。」と
非常にありがたいワンクッションにはなっている。



ただ、ほどほどにしないと、貯蔵したまま
買ったことなど忘れてしまいそれっきり という危なっかしい側面もあるので、
というよりせっかく使用するために買い物したんだから
それなりの時期に書斎から取り出して使い始める。

で、買い物したことはどうせそのタイミングでばれるのだから
ワンクッションなどまったく意味がないのだ。

いやあ、1か月前に購入してちょっと寝かせて今日から使い始めたパトリックのスニーカーは
快適だ。







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GITANESウィーク。

それとは無関係に・・・。

さて、ゴールデンウィークである。
ということは、仕事ばかりする期間 ということでもある。
慣れればなんてことはない。
これから就職する若者諸君、GWに働くのはいいもんですよ。
少なくとも、GWに行楽地へ遊びに行くよりは快適です。


年間に何回か、朝起きたときに
「ああ、こんな日は一日中本でも読んでいたいなあ・・。」
と思うことがある。
大体年間に350回ぐらいだろうか。

もちろんそんなことを実行に移してしまうと、
「じゃあもう、一生そうしていなさいな。」てなことになるので
仕事に行くわけだ。もちろんGWでも。



ジャケットを手に持ち、シャツ一枚で
駐車場から仕事場まで歩く。

GWの仕事、万歳。









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GITANES嗜好者はジイシキタカイケー。
それとは無関係に・・・。


イシキタカイケー。

意識高い系 のことだ。
最近ではとても面白い、少なくとも私は面白がっている言葉である。


意識高い系に(笑)をくっつけて揶揄している人も
適切なレッテルは思いつかないが、明らかになにかしら系であろうが、まあそれは措いて、

意識高い系。


いいなあ、意識高い系。

いいぞいいぞ、意識高い系。


そういう分類の仕方で言えば、私は間違いなく
イシキヒクイケーか、あるいはあんまりイシキ無いケーか。

まあいいか。


頼もしくて楽しくて、かつ何かをとりあえず引っ掛けておくのにちょっと便利な
壁の釘のような、
イシキタカイケー。

最近ではみんながなんとなくそれを揶揄して笑っているが
決して自分はそうではないと思っている(けど実は)イシキタカイケー。

あなたも私もみんなまとめてイシキタカイケー。






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GITANESの国、フランスではどうなっているだろうか?
それとは無関係に・・・。


日本は他国と比べると、街がびっくりするほどきれいだ
との評を見たり聞いたりすることが多い。
海外から来た人や、帰ってきた人の日本評らしい。
そしてそれは、公衆道徳が他国よりも確立されているから
という理由によるものだとされる。

本当なんだろうか?


確かに何度か海外へは行ったことがあるし、その中には
日本よりもずっと道路が汚い国はあった。

しかし。

うちの家の前に、道路から風で流されて吹き溜まるゴミは
なかなかの量だ。

紙切れやビニール袋。
今日拾ったのは、冷静に考えるとそれほどうまくもない
某コンビニのコーヒーの容器だった。

圧倒的に多いのは、タバコの吸い殻である。


歩行者はそれほど多くない道路だから、おそらくクルマの
窓からポイ捨てされたタバコの吸い殻だろう。
ポイ捨てだから、かなりの確率で火が点いたままだっただろう。

日本製のタバコばかりだ(当たり前か)。


タバコを吸えるスペースはどんどん狭くなっている。

私がタバコを吸っていない期間は9年ほどになったが、
その前よりは確実に狭くなってきているようだ。

そして、そのエリアを狭く狭くしているのは
他でもない、タバコを吸う人のマナーのせいもあるだろう。



頼むから、私がまたGITANESを再開する日まで
タバコを吸うことができるスペースを社会になんとかキープしておいて
くれないだろうか?






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GITANESを休止したとは言え、すぐに歯が真っ白になる訳ではない。
それとは無関係に・・・。


待ち時間ほぼゼロ、親切丁寧の歯科医通いは続いている。

患者の予約受け入れをかなり制限しているらしく、例えば昨日は10時に
予約を入れておいて、9時50分過ぎに到着したのだが
他の患者は誰もおらず、すぐに診察室に通されてそのまま台に乗せられた。
そしてそのまま終わるまでの間に、一人だけ別の患者が定期的なチェックを受けに
来ただけだった。

評判はいいし、なのにこの回転数ということはやはり予約制限によるものだろう。


昨日は小さい虫歯の治療。

小さい虫歯といっても、それは虫歯なんだから
小さい切り傷なんかとはレベルの違う重みがある。
なにしろ歯科治療は、痛い。


だからいつもは麻酔を打つところからすべてが始まるのだが、昨日は
「これぐらいだと麻酔は要らないかも・・・」と先生が言いながら
いきなり歯を削るところからスタートした。

で、大体こんな感じで「麻酔は要らないかも」という場合でも
「やっぱり麻酔は要ったんじゃないか」という結果に終わるものだ。

改めて言う必要もないだろうが、麻酔は麻酔で、痛くない訳ではないのだが。




一番深い箇所にさしかかったときは、ピリピリキリキリという不快な痛みが
ドリルの音とシンクロして続く。

「あ、ちょっと痛いねえ・・・。でももうちょっと続きますよ・・・」
と医師はうやんわりきっぱり言って、手を休めない。


横に助手(かどうかは知らないが)の女性がいて、いろいろ作業するのだが
あれは結果的に医者にとっても患者にとってもいいスタイルだと思う。

何しろ、この世で一番嫌な歯の治療の痛みに遭遇しても
「あまり取り乱す訳にはいかんなあ」と、のた打ち回りそうな状況を
ぐっと堪えることができるのだ。
ただ、全身から噴き出る汗(冷や汗か?)を止める方法はない。


診療台だからいいようなものの、あれが畳の上だったら多分
私のシルエットが汗で焼き付いていただろう。



「次回は3月の下旬です」

1か月先の予約だ。

でもこのゆったりとしたインターバルは、途中で医者通いをやめてしまうのを
防いでいる一面もあるだろう。


しかしながら、口中すべて完了という日はまだまだ遠い。








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GITANESが入るポケットだけあればいい。
それとは無関係に・・・。


2日、3日はお世話になった方の葬儀で
受付係として、葬儀場の玄関に座っていた。
若いころの武勇伝なども聞いたことはあったが、少なくとも
私がお世話になった晩年は、好々爺の側面の方が大きかった。
関わり合いがなくなって10年近くにはなるが、いなくなると
寂しいものだ。


受付と言うと、芳名録に記帳してもらう役である。
香典ご辞退のスタイルだったので、香典を預かることがなかっただけでも
作業は楽だったが、それでもそれなりにいろいろある。

受付に座っている=式場の係員と勘違いする人が意外に多く、
「献花の精算はどこでやるのか?」とか、
同じ日に同じ式場で営まれていた別の葬式について質問されたり
「どうして香典を受け取らないのか?」という問いかけなど、
「知らんがな。」と思わず言ってしまいそうな質問を受けた。

中でも、
「当家の身内の者じゃ!」というおっさんは、通夜のときにも見かけたが
翌日の告別式前に式場に入ってくるなり、受付(つまり私ともう一人の担当)をジロっと見て
「記帳なんか要らんやろ!昨日やったやないか!そやから要らんやろ!」
と、同伴の妻と思しき女性に向かって大声で言い始めた。

そもそもそいつは施主家の身内だということなので、
例えば受付業務なんか身内がやればいいのだ。
いや、受付ぐらいの簡単な業務は、いろいろとお忙しい身内のために
近所や職場の人間が買って出ればいいのであって、まさしく我々がその立場だったのだが
(施主家から『誰も手配できていないので、申し訳ないが動員してくれないか?』と
依頼を受けてのこと)、
身内の者から「俺を誰だと思ってるんだ?!」なんて口調で何やら言われるぐらいだったら
「ほんならお前が受付やらんかい!身内がやって当然やないか!
我々の代わりにやってもらってスンマセンぐらい言うべきところじゃ。
別にそんなこと言って欲しくもないから、せめておとなしくしとかんかいボケ!」

となる。

現に私の表情がそう言い放つような動きをしたので、隣にいた同僚が
「あかん、やめとけ。」と目で制した。

おかげで常識のない人間の仲間入りせずに済んだのはせめてもの救いである。



さて、「いつもの観察」というのは、儀式における礼服事情についてである。

女性の礼装についてはあまりよくわからないので一切触れないが、
多くの葬式と同じように、男性の礼装は壊滅的である。

まずやはり、悲しいほど「礼服のサイズが合っていない」。

下手すると数年に一度、それも1時間ほど着られればいい服なので
サイズが合っていようがなかろうが、ブカブカであろうがピチピチであろうが
その席が済めばそれでいいのだろう。

丈が長すぎる、肩が落ちるほど大きい、袖が長い という人ばかりである。
年寄りの葬儀だったので参列者も年寄りが多い。そのせいもあるが、「大きい大きい礼服を着ている」
という男性ばかりだった。

「ボタンの留め方」が滅茶苦茶な人も多い。

靴も同様にひどいもので、
「内羽根式ストレートチップの一択」とは言わないまでも、せめてプレーントゥぐらいに
しておくべきところがローファーの男性も多く、中には黒いスニーカーの人もいた。

胸ポケットへ沢山ペンを突っ込んでいる人もいるし、
式場へ入るなり外套を脱ぐ人などほぼ皆無である(もともと着てこないか、着たままどんどん進んでいくかのどちらか)。


いや、それがどうだ ということはないのだ。
故人との別れにやって来たというのが唯一にして最大の目的なのだから
それ以外は些事と言えなくもない。

しかし、そう言い切ってしまったら
すべての「型」や「形」「様式」、場合によっては「儀式」「儀礼」が成立しなくなるし、
洋服を扱う会社に勤める人間としては気になって当たり前である。

着るなら(せめて葬式では)礼服を「普通」に着るのがいいんじゃないか とやはり思う。



いや、ジーンズとセーターで泣きながら式場に駆け込んでくる人がいれば、
本音で言うとそっちのほうが「本当」だ との思いも拭い去れないのだが。





ちなみに、

前出の失礼な身内の男は、実はきっちり礼服を着こなしていた。




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