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the other side of SmokyGitanesCafe
それとは無関係に・・・。
 





GITANESのストックだけで舟一艘分は要っただろう。
それとは無関係に・・・。

生まれ育った家(小さい借家)には一応本棚があり、
多分見えの産物だとは思うのだが百科事典が並んでいた。
棚の下から2段分はその百科事典が占めており、
その上に並んでいたのは、私の兄や姉に読まそうと
親が企んだと思われる「少年少女世界文学全集」という
全集物が並んでいた。
ところが親の目論見は大外れ、私の兄や姉はそれらに
見向きもしなかった。
期待していなかった末っ子の私だが、これもほぼ
全集には興味を示さなかったのだが、その中で
多分それだけは部分的にではあるが100回も開いただろう
という記憶があるのが「ロビンクルーソー」だった。
読んだのはその一冊だけ、通読も10回や20回では
なかった。
7歳とか8歳とか、その頃だったと思う。
こんなに面白いものはもうこの全集の中にはあるまい、
いや、全集どころか世の中にはもうロビンソンクルーソーを
超えるようなものはなかなかないんじゃなかろうか
と少年SGCは読書習慣の先行きに軽い悲観を抱えていた。
その後すぐ、学校の図書室で何の気なしに借りたのが
「十五少年漂流記」である。
これがまた、「早く晩飯を食え!」という命令にも
応じず一気に読んでしまい、一気に読んでしまった後すぐ
再読し始めたもんだから両親兄姉は呆れかえってしまったらしい。

こうなると、借り物では済まなくなる。
図書館に返却したあとは近所の本屋でそれを探すが
田舎の町の小さな本屋だからか、店内を探すだけでは
見つからなかった。
そこで、どうして親の力を借りて取り寄せの注文をする
などしなかったのかはわからないが、買わずじまいになった。
読みたくなったら図書室で借りる日々になり、
やがて少しずつ「ロビンソンクルーソーとか十五少年以外にも
本はいくらでもあるんだ」ということが分かってくるから
十五少年たちは私の記憶から消えていった。

で、月日は乱暴に過ぎるのだが(50年近く)、
昨日本屋で「十五少年漂流記を読みたい」発作に襲われた。
棚に椎名誠の「十五少年漂流記への旅・幻の島を探して」
という文庫が並んでいるのを発見したからである。
ここでこの本を読んでいる場合ではない。十五少年漂流記を
読まないと!」という流れで、店内を探し回る。
アマゾンで検索しながら、いくつかの出版社の文庫のコーナーを
探す。
新潮にも創元にも岩波にも角川にも、一応出版されたことが
あったようだが、この本屋にはない。
本屋の検索システムを使って探したが、在庫なし。
児童書のコーナーには「漫画版」が複数あった。
50年前ならこれが欲しかったかも知れないが、とにかく
文字で読みたい訳である。

で、その後発見したのがこれだ。



Deux Ans de Vacances~2年間の休暇
原題を直訳するとこれになるらしい。
福音館文庫のもので、「古典童話」というカテゴリー。

十五少年漂流記 というのは日本語版タイトルだった訳だ。
邦題の罠である。

この本も、児童書のコーナーに置かれていた。
しかし、文字はやや大きいものの上下巻でボリュームもあり
大人にも読みごたえのある「分量」だろうと思われる。
ひょっとしたら数十年前に読んだものは子供のために
読みやすくカットされたものだったのかも知れない。
大人の私にはほとんど夏休みなどないのだが、
それでも休日に、家の中で一番涼しい場所を探して
移動しなら読んでいる場面を想像すると楽しい。




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GITANESは短い。
それとは無関係に・・・。

以前にも書いたことがあるが、眼鏡を買ったときに
メガネ屋さんでもらえる「眼鏡拭き」の布が悉く小さい。
小さすぎる。
メガネを拭いているうちに、布が小さすぎるもんだから
指がレンズに触れてしまう。
それをまたふき取る作業をしているうちに指がレンズに
接触し、その指紋を拭きとる作業中にもまた指が
とキリがない。

どうせくれるなら、もうちょっと大きいのを
頂けないでしょうか。

と、もう3回ほどはここで書いている。
それと同じく、コンビニで弁当などを買ったときに
袋に入れてくれる「お手拭き」が悉く小さい。
目いっぱい広げても小さい。
広げる作業も面倒くさいので、折り畳まれたまま
申し訳程度に指先をちょっと拭う。
最早お手拭きではなく指拭いである。
どうせくれるならもうちょっと大きいのを
いただけないでしょうか?

と思うのだが、コンビニ商品を買ったぐらいで
サービスとして大きいお手拭きを添付していると
商売にならないだろうことは容易に想像できてしまう。

じゃあやっぱり単価を考えると
メガネを買うときに貰える眼鏡拭きをもっと
大きくしてもらえませんでしょうかしら。
たまにしか買わないからそんなに乱発しなくても
いいでしょうし、5万円以上になることも多いんだから
せめてそれぐらいは。
指紋がつかない程度の大きさの布を恵んでください。

と書いているうちに
「そんな高い眼鏡買うんだったら布も自分で金出して
買えよ」という天の声が聞こえてきた。
アマゾンで「眼鏡拭き 大きい」で検索したら
40センチ×40センチサイズがあった。680円。

かなり大きい。
メガネを拭くだけのために40センチ角。
そんなに要るのか?オーバースペックではないか?
目玉が飛び出すような高額商品ではないのだが、
それでも眼鏡を拭くためだけの布に680円。
安いのか高いのか。


とりあえず一旦「欲しいものリスト」に入れて
考えるのをやめた。
こうやって私の「欲しいものリスト」は膨れ上がっていく。

いや欲しいものリストの使い方が間違ってるよ・
と感じる方も多いだろうけど、まあいいじゃないですか。






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GITANESはまだまだあるらしい。
それとは無関係に・・・。

誰でも一度は耳にする、体験するフレーズ。
エベレストより高く聳える障壁でもあるその
フレーズが、
「もう部品がありません。」
だろう。

本当にないんだろうけど、買い替え喚起の
決め台詞になっていることは確かだ。

クルマ、プリンタ、エアコンetc.

もう部品がありません と言われたら
引き下がらざるを得ないのだ。

無限に部品を作り続けろとか、
無限にストックを持てとか、そんなことが
荒唐無稽であることは頭では理解している
のだが、それでも
もう部品がありません  に遭遇したときは
「なんでやねん!」という反応になってしまう。


逆に考えると、このフレーズが出たということは
丸ごと新品に買い替えるしかない訳なので、
「あら、じゃあ買い替えかしら?」
と、少しだけ高揚せんでもない。
冷徹に自分を見つめ直すと
「新品が欲しいんです。口実も欲しいんです」
という自分を発掘してしまう。

「そうかぁ!部品がないなら仕方ないなぁ!!」
と、口元が綻んでいく様子がバレないように

「いやあ、そういうのはホントに困るんですよねえ、
これを買うときには『長く使っていただけます』って
言ってたでしょうに・・・。」

などと困ったポーズをするのだが、
それほど困っていなかったりするものだ。

問題は新品を買えるだけの金が
あるかどうかだ。
結局、ほとんどの事象には
「問題はカネだ。」
というフレーズがしっくりくるのではないか
と思えるほど、問題はカネだ。




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GITANES嗜好者だったころはもっと登録していた。
それとは無関係に・・・。

自分では全くおかしいと思っていなかったのだが、
ふとそんな話題になって自分のスマホを調べてみた。
連絡先が何件登録されているのか?

私のは160件だった。
それを他人は、「少なすぎるのではないか?現代社会を生きている勤め人とは
思えない」と。
そんなもんだろうか。
これでも多いぐらいだと思っているのだが、世間の
基準とは違うらしい。
この160のうち、『あんまり使わん』というラベルに
分類されている相手が40件ある。
これは、こちらから発信する可能性はゼロだが
稀にかかってくる可能性がある相手である。
中には、着信があった際に相手がわからず
うっかり出てしまう事故をなくすためだけに登録している相手もいるし、
着信拒否をするためだけに登録している先もある。

同僚の中には500件を超える登録先があるという者もいる。
それはなかなかすごいなともは思うのだが、例えば
お店屋さんとなると、すぐにネットで検索して最新の電話番号を
入手するのが難しくないし、これは官公庁や病院なども同じこと。
だからアドレス帳に登録しておく必要がない。

また、何が嫌だと言っても
「こちらの電話番号が伝わってしまう」ことほどイヤなものはない。
だからケータイで電話をかけるのはほぼ全てがプライベートの
件であって、仕事関係は面倒でも会社の固定電話から発信する。

電話はそのようにして利用しているのだが、最近ではSNSなど
を通信手段として強要される雰囲気もある。
LINEもそうだ。
さらっと、さも当たり前のように、それが自然であるように
LINEを教えろといわれることも多い。
「SGCさんって、LINEやってますよね?」
「もちろん、スマホにアプリが入ってるよ」
「じゃあ教えてください、ええっと、」(と、登録する仕草をされる)
「いや、教えないよ」
「え!?」
「え?」
これでそれ以上訊かれなくなる。
会社でのメールアドレスも会社の固定電話もご存じなのに
それ以上知る必要はないではないか。

プライベートではどうなのか?と、半ば心配される方も
いるだろうが、別にそれで困らない。
そもそも、プライベートなのにLINEを教えてしまったら
それは最終的にプライベートが守れなくなるのではないのか。

プライベートであるなら、手紙やはがきを下さればいい。
その方が風情があるではないか。










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neko  




GITANESを吸っているうちは近づいて来なかっただろう。
それとは無関係に・・・。

最近、昼夜問わず
庭で猫が鳴く。なー、なーと鳴いている。
首輪をつけて身も小奇麗にした猫である。
どうも2軒隣の美容室に飼われている猫らしい。

我が家の庭がこの猫の散歩ルートとなっているようで
雀の群れとの共存はどうなっているのかは知らないが、
毎日通っている。
歩きながら、なーなーと鳴くもんだから
「今、歩いてるよ」と宣言しているのだろうと思い
「よう、こんにちは」のつもりでカーテンを開けると
ネコはやや固まって、かつややびっくりした顔になり
私の顔を凝視する。
完全に、
『お前、誰?』という顔である。
いや、こちらのセリフだ。


という春の光景が毎日繰り広げられる。

義父が飼い始めたダックスフントが遊びに来る日は
さすがに猫も散歩に来ないようだが、
夜はさすがに猫の「わが庭」状態になっているようだ。

お前と言い、ジューンベリーを食いつくす鳥(多分メジロ)と言い、
固定資産税のいくらかを負担しなさい。




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GITANESは年末年始のために2カートン買っていた。
それとは無関係に・・・。

今年の箱根駅伝はコロナ対策として
沿道での応援をしないように呼びかけられていたはずなのだが
やっぱり誰もいない という訳ではなくて、ちゃっかり道沿いに
応援というか見物する人はいたようだ。
そりゃあ近所の道を走るとなると、見たくなるのが人情で
毎年そうしているのなら今年も応援したくなるのが人情である。
それがいいとか悪いとかではなくて。
私など
「他人様が一瞬目の前を通過していくのを眺めるのって、そんなに楽しいか?」
とした思わない人間なので、どっちでもいいことだ。
大声援を送って、ついでにコロナウィルスも送ってしまわないように
祈るばかりである。

私の子供の頃からの年末と言えば
まずは父母との大掃除。
なぜか兄や姉は参加していなかった。私だけ父母に捕まって
手伝わされていたような気がする。
そう広くもない借家だったので、そんなに時間はかからなかったが
なにしろ古い長屋だから、掃除をしてもそれほどきれいになったという
実感が得られなかった。

年末はみかんと餅が大量に備蓄されていた。
私以外の家族はそれらが大好きだったのだろう。

大晦日は紅白歌合戦だった。
それだけではなくて、他のテレビチャンネルでも演歌とか懐メロとか
そういう類の番組がたくさんあって、両親はそれを好んで観ていた。
テレビが1台しかない家でそれらを観られる訳だ。
ものすごく苦痛だった。
寒がりの父のせいで、石油ストーブがずっと真っ赤に燃えていて
その匂いやら室温やらと相まって、演歌全てが大嫌いになった。
今もその後遺症に苦しんでいる。
そういう影響もあって、私はちゃんと紅白歌合戦を観たことがない。

今回の紅白歌合戦は無観客でやっていたらしい。
北島三郎がいつの間にか出場しなくなっていたようで、そして知らぬ間に
今回は応援出演をしたらしい。
なんだそりゃ。

折角出るのだ。歌わなくてどうする。
無観客だし、リモート出演だったそうだし
ここは自宅でも、どこかのBARでもいい。奏者を従えて
ギター一本で聴いてみたかった。
だって演歌は嫌いだが、ギター一本と演歌の組み合わせは嫌いではない。
ぜひ渡辺香津美か押尾コータロー、あるいはMIYAVIの伴奏で歌う北島三郎を
聴いてみたい。風雪流れ旅がいい。


元旦は、真新しい服を着るところから始まる。
前夜からこれが待ち遠しくてたまらなかった。
明日・元日におろす服、ズボンにシャツとセーター、もしくはトレーナー
そしてジャンパーを枕元に置いて寝た。
ピカピカの新しい服だ。
特に印象に残っているのは、いつかの正月用に買ってもらった
コーデュロイのベージュのズボンだった。
ものすごくオトナに近づいたようで、誇らしげに履いたような記憶がある。
今でもベージュのコーデュロイには特別な感情がある。
それだけになかなかいいものに出会えず、今は一本も持っていない。

元旦はそれらを着て、そして雑煮で始まる。味噌仕立だ。
食べ終わるころには年賀状が届けられるから、それを家族のメンバーごとに分ける。
父あての年賀状が圧倒的に多く、大人になったらこんなにもらったり
送ったりするんだ、大変だなあと思っていた。
母あてに送ってくる年賀状はほとんどなかった。
兄や姉への年賀状はそれなりに。
自分あての年賀状は少なかった。欲しい相手からの年賀状はあまり来なかった。
昨日も会ったし来週も会うような、つまりそれほど欲しい訳でもない友達からの
年賀状ばかりだった。

寒くてそして毎年いい天気で、町は本当に静かだった。
近所に友達は大勢いる。
誰を誘いに行こうかと迷わなくても誰かが家まで誘いにくる。
初詣なんて行かなかった。
近所にいくつもある空き地の、どこで何をしようか。
父母にもらったお年玉を持って家を文字通り飛び出す。
近所に3軒あった駄菓子屋はいずれも元日から開いていた。
そこで何かしらを買って空き地へまた走る。
三角ベースの野球か、結構ワイルドなかくれんぼか、
それとも裏山に登って秘密基地づくりの続きをしようか。
そういう夢のような時間が冬休み一杯まで続いた。
いや、学校が始まってからも同じような日々が続いた。


最近になってわかったことがある。
おとなになったら年賀状が大量に届くものだと思っていたが
どうやらそうでもないようだ。
おそらく「人望」というものが深く関係しているのであろう。

そんなものは要らないから、どこかに空き地が欲しい。
そして日替わりでやってくる何人もの友達の合作による
秘密基地にギュウギュウに集まって、息をひそめて
かつ大笑いしたい。







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GITANESを1カートンでもいいから。サンタさん。
それとは無関係に・・・。

サンタクロースはやって来ないと知ってしまったのは
いつの頃だっただろうか、と考えたのだが
どうも最初から信じていなかったようだ。
存在するのだと信じる前に真相を知ってしまったのだろう。
それはそれで別に不自由などなかった。
友達にも、誰一人として存在を信じている者もいなかったから
揉めることもなかった。

大体、クリスマスのプレゼントなんて親からも祖父母や親類からも
貰う習慣がなかった。
ケーキを食べる習わしだけはあったが、あれは向かいのケーキ屋で買うものだし。

クリスマスプレゼントがない以上、それを運んでくれる人も必要ではなく
プレゼントがないのに赤い服を着た大男が煙突から入ってきても
お互い持て余すだけだし、そもそも煙突もない。
欲しいものがあれば、翌週にもらえるはずのお年玉の状況により
買えばいいだけの話だった。

夢がなくてかわいそう と思う人もいるだろうか。
でも、いつかはっきり真相が
それも「残念でした」という類の真相がわかってしまう夢など
あってもなくても何の影響もない。
実現可能性がゼロより大きいホラ話こそが夢であるべきだ。

ということで、年末ジャンボの真相がわかるまでソワソワするのが
心地よいのである。







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GITANESは、夏にまずい。
それとは無関係に・・・。

朝、寝室から階下へおりる際に
窓から指す日が数日前より傾いていることに気付いたとき
夏の終わりを感じる。

今年の夏も暑かった、というよりまだまだ暑いんだが、
コロナのせいでいくつかの行事が飛んだので
暑さ以外に夏らしさが少ないような気がする。

夏どころか、春もなかったし
流行り病のせいで何もかも変わってしまう訳だ。
施設で過ごしている母とも、面会が禁止されているので
ほとんど顔も見ていない。
遠方へ行くこともなく、買い物も必要最小限になる。
必要最小限なのに散財が続くのは、アマゾンのおかげである。
いや、アマゾンのせいである。

秋がやってくるのは確実だが、どんな秋になるのかは
誰一人として予想できない。

関係ないが、超大盛モンブランを食べたい。
モンブランの秋が待ち遠しい。



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短感  




GITANESが短いから短感。
それとは無関係に・・・。

コロナ関係のニュースばかりで飽きてきたが、まだしばらく
続くんだろうなあ。

引用
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
産経新聞

「公園でサッカー」「店が営業」 住民イライラ、警察通報相次ぐ
 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛が続くなか、外で遊ぶ子供などに危害が及びかねないケースや、
警察に通報されるケースが相次いでいる。5日は子供たちの歓声が聞かれない静かな「こどもの日」となった。
コロナ禍でストレスがたまるなか、将来を担う子供への視線が冷たくなっていないだろうか。

4日午後5時ごろ、横浜市金沢区並木の公園を訪れた男性から「砂場にカッターの刃があった」と、近くの交番に通報があった。
神奈川県警金沢署によると、現場にはカッターの替え刃が20本以上散乱しており、その一部は砂場に埋まっていたという。
 当時、公園では10人ほどの子供が遊んでいたが、けが人はいなかった。動機がコロナ関連かは不明だが、同署は威力業務妨害や
暴行の容疑も視野に調べる。
 「うるさい。こっちはコロナでイライラしているんだ」。休校中の4月、友人数人で公園内のグラウンドでサッカーをしていた
東京都内の男子高校生(16)は、高齢の男性から注意を受けた。その数日後には、「サッカーをやっている人がいる」と
通報があり警察官が駆けつけた。
 その場には男子高校生ら以外に人はおらず、大声も出していなかった。「やめろと強制はできないが、注意をしてくださいといわれた」
と警察官。「サッカーをしていただけで通報されるなんて、監視されているみたいで怖かった」。男子高校生は打ち明けた。

 「外出自粛の中、お前らどういうつもりじゃ!」。4月、大阪市阿倍野区の公園に男性の大声が響いた。
 当時、公園では30人近くの子供と親たちが集まり、遊具で遊んだり、かけっこしたりしていた。「親もどうかしてるわ! 緊急事態宣言が台無しや」。
男性は険しい表情でこう言い放つと、自転車で立ち去った。こうしたケースは後を絶たない。

後略
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
自転車で通りかかって、大声でわめいた男性。
それで、お前は何をしていたのだ?

こういう輩は反撃に弱いので、ストレス発散のつもりで反撃するのも一興。
言い返す内容など理不尽でいいのだ。まともな内容で言い返してもつまらない。
例:)「おどれコラ!なめとんのか!焼きそばを何やと思とんねん!そもそもワレ
白熊の一味やろが、ボケ!くわらずぞ!カス!文句あったら領収書持ってこい!」
これでその後、やり取りは絶対に続かない。


引用
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
東スポWEB
宮本亜門氏「エンタメ業界への支援不足に苦言

ミュージカルやオペラ、舞台など国内外で活躍する演出家の宮本亜門氏(62)が5日、TBS系「グッとラック!」に出演。
新型コロナウイルスの影響で苦境に立たされているエンタメ業界の現状を語った。
 安倍晋三首相は緊急事態宣言を5月31日まで延長すると4日に発表。番組の取材に応じた宮本氏は
「落胆しかないです。生殺し状態というか先が見えないです」と声を落とした。
ブロードウエイで予定していたオペラは延期、オペラ「蝶々夫人」のドイツ公演は全て延期、国内のショーは中止になった。
国内の公演はほぼ中止という状況の中で、知人のプロデューサーは出演者の生活を守るためギャラの80%を
支払うことを決めたという。また「役者たちも稽古に行けず、生の関係で付き合えることができないと、命を懸けて
訓練してきた人たちの中には『この仕事、辞めようかな』という人が何人も出てきているんですよ。もう、それが心配で…」
と打ち明けた。

 文化・芸術に対して政府からの補償は不十分なことに「絶望的な感じがしました」と不満を口にし、
「まるで“不要不急”とは言わなかったけど、不要のような感じがしてしまうくらい」とこぼした。さらに
「先進国の中で、これほど文化・芸術にお金を出さないところはないと思っていました。きっと政治家の皆さんは
歌も歌ったことはないし、笑ったこともないのかな。そんなはずはないですよ。
こういうときにバサッと『そういう人たち』という切り方をするんですよ」と政治家の理解のなさを指摘。
「今回の流れに関しては絶望的な感じが正直しましたね。残念ですね」と何度も絶望的という言葉を口にした。

中略

「疲れ切っている今だからこそ、『よーし』って頑張ろうという気持ちになったり、あらゆる感情を支えてくれるのは、
やっぱり演劇でありエンターテインメントであり、いろんなものなんですね」と宮本氏はエンターテインメントの力を信じ、
不安を抱く人たちに寄り添う覚悟だ。「今、この時期に次の生き方が試されている気がするんですよ。そして一番大切な
人間性も試されている。だから僕は、絶対ポジティブにいて、いい方向に向かうと信じて突き進んでいきたい」と力を込めた。

 なお、宮本氏はネットを使ったミュージカルを考えているという。

」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

特に間違ったことは言ってないと思う。嫌いだけど。
補償が足りない というのが主旨でもなさそうな内容。
まあ足りないのだろう。文化・芸術に対してだけではなくどの世界にとっても
足りないのだ。そして、元手が有限であることも皆わかっている。
業界に対するイメージがここ最近悪いせいだろう。
平田オリザ発言のせいでもある。

以下が、先日報じられた平田オリザという人のインタビュー(一部)なんだが

Q:政府の支援策などが出ていますが?
非常に難しいと聞いています。フリーランスへの支援に行政が慣れていないということが露呈してしまったかなと
思います。1つには、小さな会社でも「融資を受けなさい」と言われているのですが、まず法人格がないところが多いと。
それから、ぜひちょっとお考えいただきたいのは、
製造業の場合は、景気が回復してきたら増産してたくさん作ってたくさん売ればいいですよね。
でも私たちはそうはいかないんです。客席には数が限られてますから。
製造業の場合は、景気が良くなったらたくさんものを作って売ればある程度損失は回復できる。
でも私たちはそうはいかない。製造業の支援とは違うスタイルの支援が必要になってきている。
観光業も同じですよね。部屋数が決まっているから、コロナ危機から回復したら儲ければいいじゃないかと
いうわけにはいかないんです。批判をするつもりはないですけれども、そういった形のないもの、
ソフトを扱う産業に対する支援というのは、まだちょっと行政が慣れていないなと感じます。

というものだった。
この前後も含んで読めばイメージは若干変わってくる。
最初に伝わってきたのは
「製造業はまた景気が良くなったらたくさんものを作って売ればいいけど、我々は違うのだ」
というフレーズのみで、これが「究極の上から目線だ」と批判されているんだが
全てを読めばまあ少しはイメージが変わる。
でも、劇作家でありながら喩えのセンスが絶望的だな とは思う。
そりゃ、悪意に受け取られる可能性は高いぞ としか思えない。


引用
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
スポーツ報知

入院3週間・石田純一退院のメド立たず…関係者「まだ決まっていません」

 新型コロナウイルス陽性で都内の病院に入院中の俳優・石田純一(66)について退院のメドがたっていない
ことが5日、分かった。所属事務所の担当者が「退院はまだ決まっていません」と明かした。
 石田は4月14日に肺炎で入院し、同15日にPCR検査で陽性となった。その後、治療薬の候補となっている
「アビガン」を投与され、4日ほどで平熱に戻ったと、文化放送のラジオ番組で報告していた。
 入院して3週間となり、事務所担当者は「平熱で食事もしっかり取っています」としながらも「アビガンの副作用で
血管が詰まりやすくなるので、サラサラになる薬を処方してもらっています。脳溢血(いっけつ)や脳梗塞(こうそく)に
なりかねないので慎重に治療をしています」と説明。PCR検査で2度陰性が出れば退院となるが
「(入院後は)まだPCR検査は受けていないです」としている。

」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
ゴルフに対するイメージ悪化に一役買った純一さん。
コロナは関係ないかもしれないが、靴下はやっぱり履いた方が
風邪を引きにくくなるのではないだろうか。

引用
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
日本経済新聞
閣議、初のテレビ会議 新型コロナ感染防止

政府は1日、閣議をテレビ会議方式で開いた。新型コロナウイルスの感染防止策の一環で、試験的に実施した。
安倍晋三首相と菅義偉官房長官は首相官邸の大会議室、他の閣僚は各府省から出席した。内閣総務官室によると、
テレビ会議で閣議を開くのは初めて。

菅氏は閣議後の記者会見で「久しぶりに閣僚が顔を合わせる機会を持ったことはよかった」と述べた。
テレビ会議形式について「特に大きな問題はなかった。まずは今回の試行における課題を精査したい」と語った。

政府は新型コロナに関する緊急事態宣言の発令を受け、4月10日以降、火曜と金曜の定例閣議は
書類を持ち回って閣僚が署名する「持ち回り方式」で開いていた。

」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

テレワーク。
なかなか難しい。
例えば私はテレワークできる。ネット環境や電話があればどこにいても仕事ができる。
ところが、同じオフィスの大半の人、同じ会社のほとんどの人がテレワークなどできない。
ということで、私だけテレワークする訳にはいかん という結論になる。
とても自然で、とても不自然なことなのだが、よくあることだ。







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GITANES嗜好中ならもっともっと怖かっただろう。
それとは無関係に・・・。

避けて通れないコロナのはなし。
あいさつ代わりにもなってしまっている。

ウォーキングやジョギングの際にもマスクは求められるのだな。
あんなものつけて走れるだろうか。
私もたまに外を歩いていたが、マスクをつけてウォーキングするのが
どうしてもイヤなのでやめてしまった。
人と出くわさない深夜ならマスクなしでもいいのだろうか?
でも、職質の嵐になる可能性もあるから、かえって煩わしい。

飲食店は持ち帰りや配達に活路を見出そうとしている。
そして弁当はみな「ワンコイン」程度の料金で済むような設定になっている。
外食の代わりになるぐらいの、ちょっと高価なものがあってもいいと思うのだが。

シャツ生地を使った布マスクも登場した。
服とのコーディネートを楽しむということにはならないだろうが
機能はどうなっているんだろうか。ガーゼなどを挟むのだろうか?
私も、不要なジーパンを使ってマスク制作を誰かに依頼しようとして、
試しに口にジーパンを当ててみたが、息ができなかった。
コロナの前に窒息で死ぬ。
インディゴの色はいいだろうけど、デニムはあかん。

ハンドソープの在庫も頼りなくなってきて、アルコールの消毒液も
入手困難。次は固形石鹸に注目が集まるだろう。
しかしやっぱり「手を洗う」ことの重要性は高い。
そして、蛇口から水がきちんと出てくるというのは、本当にありがたい環境だ
ということに気づく。

さあ、もう一回手を洗おう。




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宣言  




gitanesの休煙宣言もしないまま、ズルズルと延ばしている。
それとは無関係に・・・。


約束しよう。

私は決して恵方巻きなど食わない と。




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GITANESだけなら見向きもされないのに。
それとは無関係に・・・。


前回の更新で、まさか「マルシン」を連呼したら
アクセス数が急上昇するなんて思いもしなかった。
「マルシンファン」がよっぽど多いのだろう。

もっと連呼してやろう。

マルシン!
マルシン!
マルシン!



イシイのハンバーグとミートボールもうまい!

イシイのミートボール丼を考案したのは
何を隠そう私だ!





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GITANESの味も忘れられないが。
それとは無関係に・・・。


食卓に何気なく置かれたシューマイをつまみ食いしたら
口の奥のほうでシュウマイの皮とともに、何やら記憶の薄皮が
破れたような気がした。
どこかでこの味は経験した・・・。
もちろんありふれた市販の冷凍シューマイなのだが
それでもどこかで出会っている。


そうか、中前君のおばあちゃんが作ってくれたシューマイの味だ。


40年以上前。

小学校低学年だった自分には、横断歩道を渡ったところに住んでいた
中前君という友達がいた。
中前君のお宅は両親が公務員で昼間は留守、同居していたおばあちゃんがいつも
迎えてくれた。

昼過ぎにいつも中前君の家に遊びに行って、
午後3時すぎにはおばあちゃんがおやつを出してくれる。

よく見かけるようなビスケットだったり、なんだかよくわからない
年配の人が好むようなお菓子だったりするのだが、たまにシューマイを蒸して
出してくれることがあった。
これがその頃の自分には抜群に美味かった。

美味くて美味くて、たまらん味だった。


中前君のその小さい家で、何をやって遊んでいたのかは忘れてしまった。
シューマイの味も忘れてしまっていたが、今日つまんだシューマイの味で
ふわっと、思い出した。



電子レンジがまだまだ普及していない時代の話だ。
だからどこもかしこもセピアかモノクロの記憶になっていても
不思議はないかもしれないが、シューマイの頂に乗っかった鮮やかな
グリーンピースの色は、今日思い出しても鮮明だ。



中前君とは幼稚園・小学校・中学校と一緒だったあと、高校で分かれた。
その後の消息は知らない。


私も高校のときに引っ越してしまい、彼もそのころ大きい家に引っ越したそうだ。



ところで、
わたしはシューマイより餃子のほうが好きだ。
そして、
餃子には何のエピソードもない。



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ハロ  



GITANESとの縁のほうがおかしいんだけど。
それとは無関係に・・・。

ハロウィンという言葉を初めて聞いたのがいつだったか
もう忘れてしまったが、小学生の頃読んだスヌーピーのマンガで
結構重要なキーワードとして「ハロウィン」という単語が扱われていたので
「そうか、あっちの国にはそんなお祭りもあるのか。」と認識した。


それから40年ほど経過した現在、こんなにも騒ぎのネタとして
クローズアップされるとは思っても見なかった。


幼いころからクリスマスは今のクリスマスっぽい扱いの「特別な日」として
成立しており、(と言ってもケーキを食べて何かしらおもちゃを貰うだけの
日だったのだが)そのころ身に沁みついた習慣があるので
今もクリスマスはちょっとだけ特別感がある。


しかし、もうこの歳になってから「ハロウィン」が年中行事として自分の
生活に組み込まれることはないだろう。
それが惜しいとも思わない。


数年前に亡くなった親父は、とうとうその生涯でピザを食べることがなかった。
いや、珍しい食べ物ならばいくらでもそんな例もあろうが、
最早日本で一般的となった(本場のものとは違う なんて意見はもちろんあるが)
ピザを食べなかったのは、どこかで何かの線を引いていたのだろう。
多分面倒くさいだけだったんだろうけど。


一度だけ自宅で親父は現物のピザを目にしたことがあったが、
「ほう、これがピザか。」と言っただけだった。
「食べてみる?」と尋ねたら、
「いや、食べたことがないままでいい。」と言い切った。



親父とピザの関係は、私とハロウィンの関係に似ているかも知れない。



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10と7  




GITANESを吸い始めたのはほんの偶然からだった。
それとは無関係に・・・。


急に「10年前はどんなことをやっていたんだろう」と思い立って
SGCの10年前の記録を読んでみた。

そのころはNANAというマンガが流行っていたようで(結局読まなかった)
その登場人物がどうやらGITANESを吸っていたらしく、
GITANESを吸っていることがこのマンガの影響だ と思われることが
不本意だったらしい。

そうか、そんなこともあった。


誰もが、誰かが誰かの影響を受けている と類推しないと
気が済まないような性質を持っているようだ。


そういえば先日、独立O(以前は出版局長O)に
「俺もそろそろ人生の師匠とも言えるような存在を見つけようかなあ」と言ってみたら
「何をいまさら!しかもあなたが!」と大笑いされた。


そうか、そう言われたら
たしかに面倒くさい。




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