こんにちは
小野派一刀流免許皆伝小平次です
実は、この小平次、今の生業に就く直前、タクシードライバーを4年半ほどやっていたんです
その時のことを、インド放浪記風、日記調、私小説っぽい感じで記事にしてみたいと思います
主に、お乗せしたお客様のお話を中心にお送りしたいと思いますが、初回から数回はドライバーデビューまでの思い出などを、まずはお送りしたいと思います
インドの時のように、日記を付けていたわけではないので、記憶を頼りに、気の赴くままに書き綴ります
では、第一回目 初回、ちょっと長くなりましたが、お付き合いいただければ幸いです
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そう、おれは決断した。
もう嫌だったのだ。
管理職、部下60名、ある企業のグループ会社を一つ任されていた。当たり前のことに今更気づいた。給料をたくさんもらおうと思えば、それだけ責任もプレッシャーも大きくなるのだ。実に当たり前だ。おれの立場は会社を任されているとは言え、社長の方針を、多少無理があっても部下たちに理解させ、その不満を一身に背負い、上から下から常にプレッシャーをかけられるような日々であった。
おれの才覚の問題もあり、おれはその双方の信頼を失い、おれ自身、もう人の上に立つのは嫌だ、そう思って決断したのだ。
給料はそこそこだったが、「辞めよう、そして法律屋の資格をとろう」
資格をとったからと言って、それでどうにかなるわけでもないことくらいはわかっていた。だが、やってみなければ何も始まらない、とにかくおれはそう決断したのだ。決断して、妻にその決意を話した。
『仕事を辞めて、法律の勉強をして資格を取りたい、その間働かないわけには行かないから、タクシードライバーをやろうと思う』
なぜ、法律屋なのか、この時より数年前、おれはまあ、とにかく色々あって一度大きく没落しているのだ、無理して買ったマイホームも売りさばき、借金に追われ、寝床に入れば、乳吞児の明日の飯代もどうするか、そのくらいに没落したのだ。その時におれを助けたのは法律屋だったのだ。法律を知っているのとそうでないのとでは、時に人生も家族も、天と地ほどに道が変わる、そう思い、「法律屋になりたい」、漠然と思い描いていたのだ。
それでも何とか復活し、どうにか這い上がり、以前いた大手企業の同僚よりもいい給料を取れるようになり、法律の資格のことなど頭から離れていたが、何年かが経ち、いつの間にか精神がボロ雑巾のようにグシャグシャになっていたようだ。
『あんたがそうしたいならそうしな、丁度いいよ、鏡見てごらん、人間の顔していないから、そんな顔しているくらいなら好きなようにやりな!』
こう言ってくれた妻の言葉もあり、娘には、転校させることになり、すまないことをしたが、妻の実家に頭を下げ二人を一度帰らせしばらく面倒をみてもらったのだ。
一人になり、勉強する時間を確保すること、今の仕事を辞めれば当然収入が下がる、その上で三人一緒に暮らすのは経済的に苦しいこと、それが理由だ。仲の良い家族だったから、おれの勝手ではあったが、それぞれ寂しい思いをすることとなった。
妻と娘と、最後に横浜へ遊びに行った。横浜駅で、妻と娘はそのまま東京へ向かう、おれは藤沢へ帰る、娘が泣きじゃくった、おれも辛かった、絶対に資格を取ってやる、そして迎えに行ってやる、まあ、東京と神奈川だから、会おうと思えばすぐにでも会えるのだが、この時はやはり辛かった。
翌日の朝、おれはコンビニでガテン系の求人誌を買い、「車のお仕事」のページを探す。
なぜ、タクシードライバーなのか、理由は簡単だ。おれのような文系営業畑の人間は、年齢的にもつぶしがきかない、いつでも募集しているタクシードライバーは話が早い、そしてそこそこ給料もいい、おれはずっと以前から、もしこんな日が来たら、タクシードライバーをやろうと決めていたのだ。免許証さえあれば、腕一本で稼げるのだから。
『月給30万円!1年間保証! 二種免許取得費用全額会社負担!』
そんな広告が目に入った。月給30万円、今のおれが転職してそれだけ貰える会社を探すのはきっと厳しいだろう、それも1年保証、その会社の名前は、おれでも聞いたことがあるくらい、そこそこ大きなタクシー会社だ。本社は東京のど真ん中、おれは早速その会社に電話をした。
『あのう、求人広告を見たんですけど…』
『ああ、面接希望の人?、ちょっと待って… 今日!、今日の13時、来られますか!?』
『えっ? きょ、今日ですか? えっと… … あ、大丈夫です、13時、お伺いさせていただきます』
『履歴書と、免許証、職務経歴書とかはいらないので、お待ちしております!』
タクシードライバーの仕事はいつでも募集していることは知っていたが、それでも面接が今日の今日とは少しばかり面食らった。だが、昨日の娘の涙を思えば、こんなことでトロトロやってはいられない、おれはスーツに着替え、ネクタイを締め、東京の中心地にあるその会社へ向かった。
そこそこ有名な会社であったが、本社ビルはかなり古く、小さなものだった、いや、数百台のタクシーを停めたり、整備したりするスペースがあるのだから建物自体は大きかった。事務所が小さいだけのことだ。
人事総務のある3階へ上がり、開けっ放しの扉から中を覗き、挨拶をする。
『こんにちは!失礼いたします!本日13時に面接をしていただくことになっております、澤田と申します。よろしくお願いします』
こんな挨拶は何年ぶりだろう、奥から体格のいい、強面の男が出てきた。
『澤田さん? 今日はいっぺんに4人面接をします、そちらの方で座って待っていてください』
案内された同じ部屋にある応接セット、おれの他に二人の男が座っていた。一人はおれと同じ歳のころ、もう一人はいかにもタクシードライバーっぽい、早期高齢者程度の歳のころの男であった。
四つあるソファーの一つに腰を下ろした。ややもして、「四人目」の男が来た。男はやはり早期高齢者、という年齢に見えた。
最初に来ていた男二人、そしておれは、当然「面接」であるので、スーツにネクタイ、もちろんビジネスシューズ、だが最後に来た男は、ピンクのポロシャツをだらしなく着て、下はジーパンのようなズボン、そして靴はなんと「サンダル」……。
その男の姿を見て、体格のいい強面が言った。
『あなたねえ! 一応面接なの! その恰好では面接はできません、スーツに着替えてネクタイを締めて出直してきてください!』
まあ、当然だろう…。サンダル男はブツブツと不満げなことを言いながら帰って行った。
一人減り、別室で3人同時の面接が始まった。
面接官は、さきほどの強面と、同じように体格の良い男で、眼鏡をかけているが、やはり同じように強面の男だった。
『ではみなさん、最初に免許証を見せてください。』
おれたちは免許証を出し差し出す。
まじまじと眼鏡の強面がそれを一枚一枚食い入るように見つめる。そして、
『澤田さん、あなた免許証3回無くすか失効してますね?』
『えっ?』
『どうしてわかるのか、不思議ですか? 免許証のこの番号、この末尾の番号は再発行した回数なんです! あなたはここが3! になっています 普通は…、ゼロ! です』
なんと!そうだったのか、免許証を3回も無くす奴はやはりどこかに欠陥があるということか。
『どうして3回も再発行しているんです?』
おれは記憶を辿る。
『えっと… 最初の更新のとき、私の誕生日が1月の4日で、3日まで警察が休みでして、期限最期の日、都合が悪く行けなかったのです、次は…、釣りに行ったとき、テトラポットで転びまして、そのとき勢いでカバンの中身が、財布も含め海に落ちたのです、最後は、いつの間にか無くなっていて記憶にないのです』
『そうですか…、では次の質問、皆さん、身体に刺青がある方はいますか?』
就職の面接で「刺青の有無」を聞かれるとは思わなかった。三人とも無いと答える。
『みなさん、借金はありますか?』
おれはこのとき、一度没落から復活していたとは言え、少しの借金が残っていたが『ありません』と答えた。
その後は、基本的には3人とも採用の方向で進める、とその場で告げられ、採用にあたり、警察で過去5年間の違反、事故の記録を申請して取得、その提出、それから、これも驚きだが、このまま近くの病院で健康診断を受けろと言う、さらに! 神奈川や千葉は、二種免許の試験が非常に難しいので、東京のこの本社へ住所を移せ、という、東京の方が緩いそうだ。
健康診断の結果、おれは血圧が高い、と診断された。強面から
『この数値では車に乗せられない、もう一度行って薬をもらって、一週間後もう一度検査、その間、警察の書類、住所の異動、同時に進めてください』
おれは言われるがままにもう一度病院に行き、薬をもらい、その日は帰宅した。
正直、こんな面倒な手続きを含め、それを同時進行であわただしく行うなんて全く考えていなかった。とにかく早く現場へ送り出したいのだろう。
薬で血圧も下がり、警察の書類も、違反は多かったので少々心配したが無事にクリア、住所の異動も終わった、そして正式に採用が決定し、いよいよおれはタクシードライバーへの道を歩み始める。
*************つづく
今の感想
もう本当にまずタクシードライバーになるまで、とてもあわただしく、このあと、専用の教習所へ通うことになりますが、そこがまた慌ただしく…。まあ楽しかったですけど。あ、ちなみに今の免許証、末尾の番号は「4」になっていますww ゴールドですが。。