ノーベル賞のうち唯一経済学賞の日本人受賞者はいません。生前、経済学賞に最も近いといわれた日本人である森嶋通夫 元LSE(ロンドンスクールオブエコノミクス)教授の著作を紹介します。
森嶋氏が海軍に少尉として入隊し、通信科で暗号士として任務に就くのですが、このとき、組織に位は下でも、戦歴豊富な兵曹長がいました。 森嶋氏はこの部門での自らの課題を、「ゼロから出発して、いかにして彼を追い抜くかが、私に与えられた課題であったといってよい。」と言います。
現在の企業社会で、職位が上で中途入社する人がいます。 職位が上ならば、経験がなかろうが、短期間のうちに、既存の社員を抜き去ることがこうした人たちの課題です。 最近は組織の最高責任者を外部に求めるケースがあります。 トップで入ったら、その組織の人たちが納得する実力を示すのがトップで入った人の責任です。 実務能力でなくてもよいのですが、その組織の社員も上の人の振る舞いはよく見ています。 社員がトップの人のために働きたくなるような組織だったら最高のリーダーです。
森嶋氏はこうした場面での課題設定に対し、明快な行動を示します。 本から引用します。
こういう状態の場合、虚勢を張ってはならない。 私は川田兵曹長に相談した。
「軍隊で上官が下官の指揮下に入ることは軍規違反であるが.....このような仕事では実力のない上官は下官のものに容易に理詰めで打ち負かされてしまう .... 二月には指揮が取れるようにするから、一月中は私も兵隊、ないし「暗号士見習」だと思ってほしい」
川田兵曹長は話しの要点がわかると「あんたが少尉だからといって、気にせんから、充分勉強してもらいましょう。 堅苦しく考えずに、仲良くやっていきましょうや」ということになった。
この間、森嶋氏は遮二無二働き、わずかの期間で暗号作成器を開発し、約束した二月になると、暗号事務の指揮をとり、暗号の解読でも、川田兵曹長に挑戦して勝つようになります。
「経験者に対しては自分のほうから敬礼せよ」
森嶋氏はLSEに赴任してからもこの原理を適用しました。 若い教授だった私の下には年長の下位の人が大勢いたからです。
森嶋氏は人生で大切なことはそれぞれ自身のプリンシパルであるといいます。 しかし、日常生活で大切でないことに(人のうわさや評判、些細な言葉のあやに)押しつぶされるケースは多々あります。
大切なものを守るため、考えたことを行動に起こせるか? 自ら限界を設けたり、諦めたりせず、素直に人に接する方法や言葉使い。 これは心の働きであり、心をどう制御するかでどうにでもなるものです。