日本共産党千代田地区副委員長 冨田なおき

衆院東京1区で3度出馬。17年総選挙は政策協定結び比例で立候補。22年参院選に比例代表から立候補を決意しました。

終戦記念日にあたっての演説をアップしました

2009-08-16 22:15:44 | 平和


昨日は64回目の終戦記念日。日本共産党中央委員会、日本民主青年同盟中央委員会共催の街頭演説に、笠井亮前衆院議員、比例東京ブロックの池田真理子さん、民青同盟副委員長の山田花さんとともに弁士の一人として参加しました。司会は大山とも子都議

日本共産党は命がけで侵略戦争に反対し、戦後の平和憲法に結実させた党です。この党の、8月15日の街宣に、この私が弁士の一人として参加する日が来るとは!

身に余る光栄というのともちょっと違う、厳粛な気持ちで準備し、臨んだ演説でした。要旨をアップしました。

私の拙い演説を演説をアップするのは初めてで、文字で読むと長いものですが、ご覧いただければ幸いです。

以下演説部分-
ご近所の皆さん、ご通行中、広場にいらっしゃる皆さん、こんにちは。今度の衆議院選挙で、ここ新宿区を含む東京1区で立候補を予定しています、日本共産党の冨田なおきです。64回目の終戦記念日にあたっての訴えをさせていただきます。

私が政治にかかわるようになった大きな原点は、平和を願う、2人の祖父からのメッセージです。
2人とも戦争中は兵隊に取られ、父方の祖父は2度も、招集されました。ニューギニアに送られ、伝染病にかかって死にそうになり、最後は、乗っていた空母が撃沈され、九死に一生を得て生き残りましたが、多くの戦友が海の藻屑と消えたそうです。

私の両親はともに戦後生まれですから、どちらかが命を落としていたら、私の命もこの世に存在しないことになります。このことを考えるとき、なんともいえない恐ろしい気持ちになります。2人の祖父は政治についての考え方は正反対でしたが、どちらも、「戦争だけは二度と繰り返してはいけない」と繰り返し、孫の私たちに語っていました。


その後私は、その時代に、命がけで侵略戦争に反対した人たち、日本共産党がいたことを知り、二十歳のとき、この日本共産党の一員となりました。

当時、共産党の先輩たちがどんな弾圧にあっても掲げ続けた旗印、戦争放棄、国民主権、男女平等は、日本国憲法という形で、今を生きる私たちの命と権利を支えるよりどころになっています。
私は3年前には父親となり、戦争のない、平和な日本と世界をこの子たちに誇りを持ってバトンタッチしたい、この思いはいっそう強いものとなりました。

一方、現実はどうでしょうか。
地域社会と日本経済をを支えてきた中小企業が仕事を奪われているなか、アメリカ軍むけの「思いやり予算」は中小企業向け予算よりもずっと多い、年間2800億円にものぼります。アメリカ軍基地のグアム移転などの米軍再編に、3兆円もぽーんと出そうとしています。

いま日本の雇用は最悪、暮らしていける仕事がないなか、年間5兆円の軍事費と日米軍事同盟は絶対視されてきました。

ではみなさん、この現状は変えられないのでしょうか。私はそうは思いません。

ついにアメリカのオバマ大統領が、原子爆弾を落とした責任も認め、「核兵器のない世界」を実現しようとよびかけました。
アメリカ政府をここまで変えたのは、被爆者を先頭にした、運動と世論の広がりです。

私は広島で、またこの東京で、被爆者のお話を伺いました。
ご自身の体も蝕まれている中語ってくれたのは、
「戦争になったら、人間の権利は全部奪われてしまう。絶対に繰り返さないよう、事実を知って、一筆の署名でもいい、できることから始めてほしい」という言葉です。

私たちの世代に希望をつなごうという思いを、私は裏切るわけにはいきません。

こうした時代に、世界でただ一つの被爆国、日本の政治がどんな態度をとるのかが、決定的に大事だと、私は思います。

ここ東京1区では先日公開討論会がおこなわれ、憲法9条改定に反対したのは私だけでした。
自民党の方はこの問題を語らず、
民主党の方は「憲法9条に自衛隊の国際貢献を書き加える」とおっしゃいました。

いま中東やソマリアにまで自衛隊が派兵されているときに、海外派兵に憲法でお墨付きを与えたらどうなるか。答えは明らかではないでしょうか。

憲法9条を生かした、平和外交を21世紀の新しい政治の柱として掲げて、今回の総選挙をたたかっている日本共産党をおおきく伸ばしていただいてこそ、憲法改悪を許さない確かな力になります。比例代表で大きく躍進させてください。

小選挙区この東京1区では、憲法9条をまもり平和外交を実現できるただ一人の候補者、私、冨田なおきを、国会に送り出して下さい。

さきの大戦で犠牲となった国内外のすべての方々の思いがつまった憲法9条を生かす政治を実現する決意をこめて、私からの話を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。―演説部分以上


 

午後は佐藤佳一さん、柏木・淀橋後援会のみなさんと一緒に、ハンドマイクで平和と政治の転換を訴えました。

最後の写真、演説場所は、学生時代に国際交流サークルの活動で大変お世話になった、旧・国際学友会(現在は独立行政法人 日本学生支援機構・東京日本語教育センター)前です。


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