発売から1週間たってしまいましたが、
先週、「週刊金曜日」2月19日号に、「2021 政治決戦キーパーソンに聞く」シリーズの第1回として、日本共産党の志位和夫委員長がインタビューを受けていたので、買って読んでいたところ、「巻頭トピック」のなかに「ビルマ国内、『治安悪化』を口実にした弾圧への懸念拡大 夜も戦いを強いられる市民」と題する記事がありました。
ミャンマーのことをかつて「ビルマ」と呼んでいましたが、いま日本では公式にも、日常でも「ミャンマー」がすっかり当たり前です。対外的に「ミャンマー」との表記に変えた軍事政権を日本政府が承認したからですが、欧米などと違い、日本のメディアはすっかり「ミャンマー」一色です。あえて「ビルマ」と表記するということには思い当たる節があり、一気に読みました。
なお、端的に説明している記事はこちら(コトバンク)です。
記事は、国軍によるクーデターへの抗議デモが続き、受験者の恩赦から治安悪化を懸念する市民が自警団を作って警戒していること、
国軍により、捜査当局が令状なしで身柄拘束できるようになったもと、市民は金物を鳴らして警戒していること、
市民は争いを避け、自宅付近でデモをし、市民が拍手で歓迎、弁当や飲料水などを配り抗議活動を支えていること。
1988年の民主化運動が受刑者の釈放から治安悪化、国軍が運動を鎮圧という経過をたどったことから、
同じことが繰り返されないよう、細心の注意を払っていることが、在住ジャーナリストならではの迫真性をもって伝えられています。
筆者名を見ると、やはりというべきか、学生時代に一緒に国際交流サークルの連絡協議会(SNIE・スニー)で活動した友人、北角裕樹さんでした。彼は現在ヤンゴン在住のジャーナリストです。
1996年、SNIEの運営学年だった大学3年の時、早稲田大のサークルのメンバーの発案で、在京ミャンマー(ビルマ)人の方を講師に招いて学習会を行ったことがあり、この方は自国を、いまも多くの現地国民がそうしているように、ビルマと呼んでいました。「ミャンマーと呼ぶのは、軍事政権を認めるということ」との話はそれ以来ずっと脳裏に刻まれています。
話がそれますが、このとき、出版されたばかりの岩波新書「ビルマ『発展』のなかの人びと」(岩波新書 新赤版444・田辺寿夫著)を読み、歴史、現状をどう見るか、一から勉強になりました。
驚いたのは、この本によると、ビルマ(ミャンマー)人の氏名は、苗字と名を区別する習慣がないため、日本語表記では「・」や「=」で区切らず、「アウン・サン・スー・チー」ではなく「アウンサンスーチー」と書くのが本当は正しいのだということでした。そのことを理解し、表記している日本のメディアは、残念ながらまったくと言っていいほど見当たりませんが(上記北角氏記事は別です)。
現在起きている事態については、90年代、2010年代半ば以降の国政選挙を通じ、民主主義が定着し、選挙の「不正」は選管も国際監視団も認めていない以上、軍の「選挙が不正」との主張は通用しないでしょう。軍側は選挙結果に基づく政権に従うのが唯一の道です。
国連事務総長は国民を支持し、軍に弾圧の停止を求めています。米国は軍幹部に制裁を科し、欧州連合(EU)も制裁を辞さない姿勢です。最大の経済支援国である日本政府は、「重大な懸念」を表明していますが、人権にかかわる事態は(中国の引き起こしている人権問題同様)内政問題に矮小化できません。ミャンマー国軍に対し厳しい対応をとるべきです。
先週、「週刊金曜日」2月19日号に、「2021 政治決戦キーパーソンに聞く」シリーズの第1回として、日本共産党の志位和夫委員長がインタビューを受けていたので、買って読んでいたところ、「巻頭トピック」のなかに「ビルマ国内、『治安悪化』を口実にした弾圧への懸念拡大 夜も戦いを強いられる市民」と題する記事がありました。
ミャンマーのことをかつて「ビルマ」と呼んでいましたが、いま日本では公式にも、日常でも「ミャンマー」がすっかり当たり前です。対外的に「ミャンマー」との表記に変えた軍事政権を日本政府が承認したからですが、欧米などと違い、日本のメディアはすっかり「ミャンマー」一色です。あえて「ビルマ」と表記するということには思い当たる節があり、一気に読みました。
なお、端的に説明している記事はこちら(コトバンク)です。
記事は、国軍によるクーデターへの抗議デモが続き、受験者の恩赦から治安悪化を懸念する市民が自警団を作って警戒していること、
国軍により、捜査当局が令状なしで身柄拘束できるようになったもと、市民は金物を鳴らして警戒していること、
市民は争いを避け、自宅付近でデモをし、市民が拍手で歓迎、弁当や飲料水などを配り抗議活動を支えていること。
1988年の民主化運動が受刑者の釈放から治安悪化、国軍が運動を鎮圧という経過をたどったことから、
同じことが繰り返されないよう、細心の注意を払っていることが、在住ジャーナリストならではの迫真性をもって伝えられています。
筆者名を見ると、やはりというべきか、学生時代に一緒に国際交流サークルの連絡協議会(SNIE・スニー)で活動した友人、北角裕樹さんでした。彼は現在ヤンゴン在住のジャーナリストです。
1996年、SNIEの運営学年だった大学3年の時、早稲田大のサークルのメンバーの発案で、在京ミャンマー(ビルマ)人の方を講師に招いて学習会を行ったことがあり、この方は自国を、いまも多くの現地国民がそうしているように、ビルマと呼んでいました。「ミャンマーと呼ぶのは、軍事政権を認めるということ」との話はそれ以来ずっと脳裏に刻まれています。
話がそれますが、このとき、出版されたばかりの岩波新書「ビルマ『発展』のなかの人びと」(岩波新書 新赤版444・田辺寿夫著)を読み、歴史、現状をどう見るか、一から勉強になりました。
驚いたのは、この本によると、ビルマ(ミャンマー)人の氏名は、苗字と名を区別する習慣がないため、日本語表記では「・」や「=」で区切らず、「アウン・サン・スー・チー」ではなく「アウンサンスーチー」と書くのが本当は正しいのだということでした。そのことを理解し、表記している日本のメディアは、残念ながらまったくと言っていいほど見当たりませんが(上記北角氏記事は別です)。
現在起きている事態については、90年代、2010年代半ば以降の国政選挙を通じ、民主主義が定着し、選挙の「不正」は選管も国際監視団も認めていない以上、軍の「選挙が不正」との主張は通用しないでしょう。軍側は選挙結果に基づく政権に従うのが唯一の道です。
国連事務総長は国民を支持し、軍に弾圧の停止を求めています。米国は軍幹部に制裁を科し、欧州連合(EU)も制裁を辞さない姿勢です。最大の経済支援国である日本政府は、「重大な懸念」を表明していますが、人権にかかわる事態は(中国の引き起こしている人権問題同様)内政問題に矮小化できません。ミャンマー国軍に対し厳しい対応をとるべきです。