内外政策評論 TheOpinion on Global & Domestic Issues

このブログは、広い視野から内外諸問題を分析し、提言を試みます。
Policy Essayist

シリーズ ブッダ誕生の聖地を読む (その3ー2 )  

2012-12-19 | Weblog

シリーズ ブッダ誕生の聖地を読む (その3ー2 )  
 大晦日の零時に近づくと日本各地のお寺で除夜の鐘が鳴り、それぞれに煩悩を払って新年を迎える。日本には奈良や京都はもとより、2011年6月にUNESCOの世界文化遺産として登録された岩手県平泉町の中尊寺など、多くの仏教建築、文化財が世界遺産となっており、神社などと並んで日本文化の一部となっており、日常生活にも浸透している。国勢調査においても、信仰の程度は別として仏教の系統が9,600万人、総人口の約74%にものぼる。
 ところが仏教の基礎を築いたブッダ(通称お釈迦様)の誕生地やシャキア王国の王子として育った城都カピラバスツなど、その歴史的、社会的な背景については一般には余り知られていない。確かにこれまでブッダの誕生地は「北インド」と習った人が多く、未だに多くの教科書にはそのように記載されている。更に城都カピラバスツ(通称カピラ城)については、今日でもネパール説とインド説があり、国際的にも決着していない。2,500年以上前の伝承上、宗教上の人物であるので、今更どちらでもよいような話ではあるが、日本文化や慣習、思想に関係が深いので、宗教、信仰とは別に、知識としてブッダ誕生の歴史的、社会的な背景やルーツを知ることは日本の文化や思想をよりよく知る上で必要なのであろう。
 それ以上に、日本が国際社会に主体的に発信して行くためには、文化的、思想的な芯や基本的な価値観を明らかにしなくては国際社会の信頼を得られないどころか、耳を傾けてむらえない。
 1、飛鳥時代の朝廷に受け入れられた仏教 (その1に掲載)
 2、ブッダの生誕地ルンビニ           (その2に掲載)

 3、2つのカピラバスツ城の謎

 ところが城都カピラバスツの所在地については、ネパール説とインド説があり、いまだに未決着であり、またシャキア王国が何故滅亡したのかなどを含め謎が多い。経典など仏教研究は進んでいるが、日本はもとより世界でも、ブッダが青年期まで過ごした王宮の所在地など、そのルーツや歴史的な背景については正しく理解されていないことが多い。ブッダ教徒が多数を占めるスリランカのある僧侶が、城都カピラバスツの所在地については、2つの仏典にそれぞれ別の場所が記されているので、カピラバスツは2箇所にあったのではないかと話している。仏典は宗教、信仰の基礎であるので、信者にとってはそういうことなのであろう。しかし2つの仏典は、同時に非常に重要なことを伝えている。仏典にはそれぞれ異なる場所が記されているが、それぞれ一つの場所が記されているということであり、カピラバスツは2箇所にあったとは記されてはいないことだ。また西暦5世紀及び7世紀に中国僧の法顕と玄奘がこれらの地を訪問し、それぞれ仏国記(通称法顕伝)及び大唐西域記を残しているが、それぞれ1箇所のカピラバスツを訪問しており、カピラバスツは2箇所にあったとは一切記されていない。それでは城都カピラバスツは何処にあったのか。それを明らかにするのが、歴史や科学の役割なのであろう。

 (1)ネパールのテイラウラコット村にあるカピラバスツ城址 (その3-1に掲載)

 (2)インドのピプラワとガンワリアのカピラバスツ

 

 北インド・ウッタルプラデッシュ州のピプラワ(Piprahwa)村にカピラバスツとされる遺跡がある。その南東1キロほどのところに「パレス」と表示れている遺跡がある。ネパール国境に接するウッタル・プラデッシュ州にあり、直線距離ではルンビニの西南西約16キロのところに位置し、国境に近いところにある。

 ピプラワ村にあるカピラバスツには、骨壷が発見された大きなストウーパ遺跡があり、その周囲に煉瓦造りの建物の土台部分の遺跡が残っている。四方の建物はほぼ同様の構造となっており、その内部の構造から、ピプラワの遺跡はストウーパを中心とする僧院群のように見える。周囲に「城壁」がないが、僧院群であれば自然であろう。玄奘が、大唐西域記でカピラバスツ国の周囲は量を知らず、人家もまばらと記しているが、その景色と重なる。

 ピプラワの遺跡から南東に1キロほどの処にガンワリアの遺跡があり、「ガンワリア発掘サイト」と記された看板にシャキア族のパレス遺跡と説明されている。ここも周囲に城壁らしいものはない。正面の煉瓦造りの建物は重厚であるが、内部は中央の広間の周囲を小部屋(独居房)が取り囲んでいる構造で、ピプラワの僧院遺跡とほぼ同様の構造となっている。

 ピプラワの遺跡も「パレス」と呼称されているガンワリアの遺跡も「城址」や「城都」跡とは考えに難いが、シャキア族ゆかりの貴重な遺跡であることは間違いない。

 4、ブッダ誕生の聖地から読めること(その4で掲載)
 (1)根底にバラモンの思想と先代ブッダの存在―浮かび上がる古代ブッダ文化の存在
 (2)王子の地位を捨て悟りの道を決断した基本思想
 (3)ボードガヤで悟りを開き、「ブッダ」として80歳まで教えを説く
 (4)不殺生、非暴力の思想
 (5)ヨーロッパ、アジアを大陸横断的に見た思想の流れ
                                        (2012.11.08)(Copy Rights Reserved.)

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シリーズ ブッダ誕生の聖地を読む (その3ー1 )  

2012-12-19 | Weblog

シリーズ ブッダ誕生の聖地を読む (その3ー1 )  
 大晦日の零時に近づくと日本各地のお寺で除夜の鐘が鳴り、それぞれに煩悩を払って新年を迎える。日本には奈良や京都はもとより、2011年6月にUNESCOの世界文化遺産として登録された岩手県平泉町の中尊寺など、多くの仏教建築、文化財が世界遺産となっており、神社などと並んで日本文化の一部となっており、日常生活にも浸透している。国勢調査においても、信仰の程度は別として仏教の系統が9,600万人、総人口の約74%にものぼる。
 ところが仏教の基礎を築いたブッダ(通称お釈迦様)の誕生地やシャキア王国の王子として育った城都カピラバスツなど、その歴史的、社会的な背景については一般には余り知られていない。確かにこれまでブッダの誕生地は「北インド」と習った人が多く、未だに多くの教科書にはそのように記載されている。更に城都カピラバスツ(通称カピラ城)については、今日でもネパール説とインド説があり、国際的にも決着していない。2,500年以上前の伝承上、宗教上の人物であるので、今更どちらでもよいような話ではあるが、日本文化や慣習、思想に関係が深いので、宗教、信仰とは別に、知識としてブッダ誕生の歴史的、社会的な背景やルーツを知ることは日本の文化や思想をよりよく知る上で必要なのであろう。
 それ以上に、日本が国際社会に主体的に発信して行くためには、文化的、思想的な芯や基本的な価値観を明らかにしなくては国際社会の信頼を得られないどころか、耳を傾けてむらえない。
 1、飛鳥時代の朝廷に受け入れられた仏教 (その1に掲載)
 2、ブッダの生誕地ルンビニ           (その2に掲載)

 3、2つのカピラバスツ城の謎

 ところが城都カピラバスツの所在地については、ネパール説とインド説があり、いまだに未決着であり、またシャキア王国が何故滅亡したのかなどを含め謎が多い。経典など仏教研究は進んでいるが、日本はもとより世界でも、ブッダが青年期まで過ごした王宮の所在地など、そのルーツや歴史的な背景については正しく理解されていないことが多い。ブッダ教徒が多数を占めるスリランカのある僧侶が、城都カピラバスツの所在地については、2つの仏典にそれぞれ別の場所が記されているので、カピラバスツは2箇所にあったのではないかと話している。仏典は宗教、信仰の基礎であるので、信者にとってはそういうことなのであろう。しかし2つの仏典は、同時に非常に重要なことを伝えている。仏典にはそれぞれ異なる場所が記されているが、それぞれ一つの場所が記されているということであり、カピラバスツは2箇所にあったとは記されてはいないことだ。また西暦5世紀及び7世紀に中国僧の法顕と玄奘がこれらの地を訪問し、それぞれ仏国記(通称法顕伝)及び大唐西域記を残しているが、それぞれ1箇所のカピラバスツを訪問しており、カピラバスツは2箇所にあったとは一切記されていない。それでは城都カピラバスツは何処にあったのか。それを明らかにするのが、歴史や科学の役割なのであろう。

(1)ネパールのテイラウラコット村にあるカピラバスツ城址

 ブッダの生誕地ルンビニから西に25キロほどのところにテイラウラコット村があり、そこにカピラバスツ城址とされる遺跡がある。煉瓦造りの西門やそこから南北に伸びる城壁や内部の土台などが見られ、また場外にある質素な博物館には出土品の陶器や貨幣と見られるト-クンなどが展示されている。

19世紀末から20世紀初頭に掛けて欧州の考古学者等が発掘をしたことが記録に残っているが、強い日差しや風雨などによる損傷や持ち去られることを恐れ、ほとんどが埋め戻されている。

 法顕は仏国記の「カピラバスツ城」の項で、「城の東50里に王園がある。王園の名は論民(ルンビニのこと)と言う。」と記述している。中国の里を換算すると、「城の東25キロのところに王園がある」ことになるので、ルンビニを基点とすると25キロ西にカピラバスツ城があることになり、位置関係が合致する。

 ところが厄介なことに、それから200年ほど後に同じような道程を辿りこの地域を訪れた玄奘は、大唐西域記の「カピラバスツ国」の項で異なる記述をしている。そもそも玄奘は、カピラバスツを「城」はなく、「国」として捉えており、境界さえ分らないと記しているので、どうも別の場所のようだ。玄奘の足跡を詳細に分析した西欧の学者がいるが、ルンビニではなく別の処に辿り着く結果となっている。しかし法顕、玄奘ともブッダが青年期まで過ごしたカピラバスツは複数あったとの記載は一切無く、1つなのである。

 カピラバスツ城址のあるテイラウラコット村の半径7キロの周辺には、城壁の外に父王スッドウダナの墳墓と言われている大小2つの仏塔(ツイン・ストウーパ)やブッダが悟りを開いた後帰郷し父王スッドウダナと再会した場所(クダン)、そしてシャキヤ族がコーサラ国のヴィルダカ王に殲滅されたサガルハワなど、素朴ではあるが歴史的には興味ある遺跡がある。更に、アショカ王はルンビニの他、現在のゴータマ・ブッダ以前に存在した先代ブッダの生誕地やゆかりの地を訪問し、ルンビニと同様の砂岩の石柱をこの地に建立している。その石柱の一つに、パーリ語で「即位14年に際しコナカマナ・ブッダ(先代)のストウーパを拡大したが、即位20年に際しこの石柱を建立させた」旨記されている。アショカ王は、先代ブッダ(過去仏)の存在を知っていたとみられるが、このような遺跡が残っているということは、先代ブッダは伝承上の存在ではなく、実在した人物(賢者・聖者)であり、現在のブッダが誕生した以前に一定の文化水準の社会がこの地域に存在したことになる。この古代ブッダ文化地帯とも言えるこの地域の更なる発掘と遺跡の保存が課題と言えよう。 

 この地域を歩かれた方もおられようが、遺跡の名称は分るものの、それぞれの遺跡がどのような意味合いを持っているかなどはなかなか分らない。しかし各遺跡の意味合いを知った上で回ると感慨も深くなると共に、城都カピラバスツの場所と繋がって行く。
 (2)インドのピプラワとガンワリアのカピラバスツ
 4、ブッダ誕生の聖地から読めること(その4で掲載)
 (1)根底にバラモンの思想と先代ブッダの存在―浮かび上がる古代ブッダ文化の存在
 (2)王子の地位を捨て悟りの道を決断した基本思想
 (3)ボードガヤで悟りを開き、「ブッダ」として80歳まで教えを説く
 (4)不殺生、非暴力の思想
 (5)ヨーロッパ、アジアを大陸横断的に見た思想の流れ
                                        (2012.11.08)(Copy Rights Reserved.)

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シリーズ ブッダ誕生の聖地を読む (その3ー1 )  

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シリーズ ブッダ誕生の聖地を読む (その3ー1 )  
 大晦日の零時に近づくと日本各地のお寺で除夜の鐘が鳴り、それぞれに煩悩を払って新年を迎える。日本には奈良や京都はもとより、2011年6月にUNESCOの世界文化遺産として登録された岩手県平泉町の中尊寺など、多くの仏教建築、文化財が世界遺産となっており、神社などと並んで日本文化の一部となっており、日常生活にも浸透している。国勢調査においても、信仰の程度は別として仏教の系統が9,600万人、総人口の約74%にものぼる。
 ところが仏教の基礎を築いたブッダ(通称お釈迦様)の誕生地やシャキア王国の王子として育った城都カピラバスツなど、その歴史的、社会的な背景については一般には余り知られていない。確かにこれまでブッダの誕生地は「北インド」と習った人が多く、未だに多くの教科書にはそのように記載されている。更に城都カピラバスツ(通称カピラ城)については、今日でもネパール説とインド説があり、国際的にも決着していない。2,500年以上前の伝承上、宗教上の人物であるので、今更どちらでもよいような話ではあるが、日本文化や慣習、思想に関係が深いので、宗教、信仰とは別に、知識としてブッダ誕生の歴史的、社会的な背景やルーツを知ることは日本の文化や思想をよりよく知る上で必要なのであろう。
 それ以上に、日本が国際社会に主体的に発信して行くためには、文化的、思想的な芯や基本的な価値観を明らかにしなくては国際社会の信頼を得られないどころか、耳を傾けてむらえない。
 1、飛鳥時代の朝廷に受け入れられた仏教 (その1に掲載)
 2、ブッダの生誕地ルンビニ           (その2に掲載)

 3、2つのカピラバスツ城の謎

 ところが城都カピラバスツの所在地については、ネパール説とインド説があり、いまだに未決着であり、またシャキア王国が何故滅亡したのかなどを含め謎が多い。経典など仏教研究は進んでいるが、日本はもとより世界でも、ブッダが青年期まで過ごした王宮の所在地など、そのルーツや歴史的な背景については正しく理解されていないことが多い。ブッダ教徒が多数を占めるスリランカのある僧侶が、城都カピラバスツの所在地については、2つの仏典にそれぞれ別の場所が記されているので、カピラバスツは2箇所にあったのではないかと話している。仏典は宗教、信仰の基礎であるので、信者にとってはそういうことなのであろう。しかし2つの仏典は、同時に非常に重要なことを伝えている。仏典にはそれぞれ異なる場所が記されているが、それぞれ一つの場所が記されているということであり、カピラバスツは2箇所にあったとは記されてはいないことだ。また西暦5世紀及び7世紀に中国僧の法顕と玄奘がこれらの地を訪問し、それぞれ仏国記(通称法顕伝)及び大唐西域記を残しているが、それぞれ1箇所のカピラバスツを訪問しており、カピラバスツは2箇所にあったとは一切記されていない。それでは城都カピラバスツは何処にあったのか。それを明らかにするのが、歴史や科学の役割なのであろう。

(1)ネパールのテイラウラコット村にあるカピラバスツ城址

 ブッダの生誕地ルンビニから西に25キロほどのところにテイラウラコット村があり、そこにカピラバスツ城址とされる遺跡がある。煉瓦造りの西門やそこから南北に伸びる城壁や内部の土台などが見られ、また場外にある質素な博物館には出土品の陶器や貨幣と見られるト-クンなどが展示されている。

19世紀末から20世紀初頭に掛けて欧州の考古学者等が発掘をしたことが記録に残っているが、強い日差しや風雨などによる損傷や持ち去られることを恐れ、ほとんどが埋め戻されている。

 法顕は仏国記の「カピラバスツ城」の項で、「城の東50里に王園がある。王園の名は論民(ルンビニのこと)と言う。」と記述している。中国の里を換算すると、「城の東25キロのところに王園がある」ことになるので、ルンビニを基点とすると25キロ西にカピラバスツ城があることになり、位置関係が合致する。

 ところが厄介なことに、それから200年ほど後に同じような道程を辿りこの地域を訪れた玄奘は、大唐西域記の「カピラバスツ国」の項で異なる記述をしている。そもそも玄奘は、カピラバスツを「城」はなく、「国」として捉えており、境界さえ分らないと記しているので、どうも別の場所のようだ。玄奘の足跡を詳細に分析した西欧の学者がいるが、ルンビニではなく別の処に辿り着く結果となっている。しかし法顕、玄奘ともブッダが青年期まで過ごしたカピラバスツは複数あったとの記載は一切無く、1つなのである。

 カピラバスツ城址のあるテイラウラコット村の半径7キロの周辺には、城壁の外に父王スッドウダナの墳墓と言われている大小2つの仏塔(ツイン・ストウーパ)やブッダが悟りを開いた後帰郷し父王スッドウダナと再会した場所(クダン)、そしてシャキヤ族がコーサラ国のヴィルダカ王に殲滅されたサガルハワなど、素朴ではあるが歴史的には興味ある遺跡がある。更に、アショカ王はルンビニの他、現在のゴータマ・ブッダ以前に存在した先代ブッダの生誕地やゆかりの地を訪問し、ルンビニと同様の砂岩の石柱をこの地に建立している。その石柱の一つに、パーリ語で「即位14年に際しコナカマナ・ブッダ(先代)のストウーパを拡大したが、即位20年に際しこの石柱を建立させた」旨記されている。アショカ王は、先代ブッダ(過去仏)の存在を知っていたとみられるが、このような遺跡が残っているということは、先代ブッダは伝承上の存在ではなく、実在した人物(賢者・聖者)であり、現在のブッダが誕生した以前に一定の文化水準の社会がこの地域に存在したことになる。この古代ブッダ文化地帯とも言えるこの地域の更なる発掘と遺跡の保存が課題と言えよう。 

 この地域を歩かれた方もおられようが、遺跡の名称は分るものの、それぞれの遺跡がどのような意味合いを持っているかなどはなかなか分らない。しかし各遺跡の意味合いを知った上で回ると感慨も深くなると共に、城都カピラバスツの場所と繋がって行く。
 (2)インドのピプラワとガンワリアのカピラバスツ
 4、ブッダ誕生の聖地から読めること(その4で掲載)
 (1)根底にバラモンの思想と先代ブッダの存在―浮かび上がる古代ブッダ文化の存在
 (2)王子の地位を捨て悟りの道を決断した基本思想
 (3)ボードガヤで悟りを開き、「ブッダ」として80歳まで教えを説く
 (4)不殺生、非暴力の思想
 (5)ヨーロッパ、アジアを大陸横断的に見た思想の流れ
                                        (2012.11.08)(Copy Rights Reserved.)

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シリーズ ブッダ誕生の聖地を読む (その2 )  

2012-12-19 | Weblog

シリーズ ブッダ誕生の聖地を読む (その2 )  
 大晦日の零時に近づくと日本各地のお寺で除夜の鐘が鳴り、それぞれに煩悩を払って新年を迎える。日本には奈良や京都はもとより、2011年6月にUNESCOの世界文化遺産として登録された岩手県平泉町の中尊寺など、多くの仏教建築、文化財が世界遺産となっており、神社などと並んで日本文化の一部となっており、日常生活にも浸透している。国勢調査においても、信仰の程度は別として仏教の系統が9,600万人、総人口の約74%にものぼる。
 ところが仏教の基礎を築いたブッダ(通称お釈迦様)の誕生地やシャキア王国の王子として育った城都カピラバスツなど、その歴史的、社会的な背景については一般には余り知られていない。確かにこれまでブッダの誕生地は「北インド」と習った人が多く、未だに多くの教科書にはそのように記載されている。更に城都カピラバスツ(通称カピラ城)については、今日でもネパール説とインド説があり、国際的にも決着していない。2,500年以上前の伝承上、宗教上の人物であるので、今更どちらでもよいような話ではあるが、日本文化や慣習、思想に関係が深いので、宗教、信仰とは別に、知識としてブッダ誕生の歴史的、社会的な背景やルーツを知ることは日本の文化や思想をよりよく知る上で必要なのであろう。
 それ以上に、日本が国際社会に主体的に発信して行くためには、文化的、思想的な芯や基本的な価値観を明らかにしなくては国際社会の信頼を得られないどころか、耳を傾けてむらえない。
 1、飛鳥時代の朝廷に受け入れられた仏教 (その1に掲載)
 2、ブッダの生誕地ルンビニ  (その2で掲載)

 ブッダは、紀元前6世紀から5世紀にかけて現在のネパール南部ルンビニで誕生し、29歳までシャキア(釈迦)族の部族王国の王子としてカピラバスツ城で育ち、29才で悟りの道を求めて城を後にした。王子の名はシッダールタ・ゴータマ、そしてその部族名(シャキア)からお釈迦様の名で親しまれている。シッダールタ王子は後に悟りを開き、ブッダ(悟りを開いた者の意)となり、ブッダ教(仏教)の創始者になった。

 ルンビニは、1997年にUNESCOの世界文化遺産に登録されており、ブッダの生誕地としては国際的に認知されていると言ってよいだろう。ルンビニには、マヤデヴィ寺院、沐浴したとされる池やシッダールタ王子誕生を描写した石像などがある。

 しかし歴史的に重要なのは、アショカ王が建立した石柱であり、そこに刻まれている碑文(パーリ語)により、19世紀末のブッダの生誕地論争に終止符が打たれた経緯がある。アショカ王(在位 紀元前269年より232年頃)は、ほぼインド全域を統一しマガダ国マウリア王朝の全盛期を築いたが、カリンガの闘いでの大虐殺への報いを恐れ、不戦と不殺生を誓い、ブッダ教に帰依したと言われている。同時にルンビニは、シッダールタ王子が育ったカピラバスツ城の位置を特定する上でも重要な基点となる。

 なお、日本の教科書での記述振りは1990年代末以降若干改善されて来ているものの、「ブッダの誕生地は(ネパールの)ルンビニ」等と記されている教科書は相対的に少なく、未だに「北インド」と書かれているものが多いようであるので、改定が課題となっている。


 3、2つのカピラバスツ城の謎 (その3で掲載)
 (1)ネパールのテイラウラコット村にあるカピラバスツ城址
 (2)インドのピプラワとガンワリアのカピラバスツ
 4、ブッダ誕生の聖地から読めること(その4で掲載)
 (1)根底にバラモンの思想と先代ブッダの存在―浮かび上がる古代ブッダ文化の存在
 (2)王子の地位を捨て悟りの道を決断した基本思想
 (3)ボードガヤで悟りを開き、「ブッダ」として80歳まで教えを説く
 (4)不殺生、非暴力の思想
 (5)ヨーロッパ、アジアを大陸横断的に見た思想の流れ
                                        (2012.11.08)(Copy Rights Reserved

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シリーズ ブッダ誕生の聖地を読む (その2 )  

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シリーズ ブッダ誕生の聖地を読む (その2 )  
 大晦日の零時に近づくと日本各地のお寺で除夜の鐘が鳴り、それぞれに煩悩を払って新年を迎える。日本には奈良や京都はもとより、2011年6月にUNESCOの世界文化遺産として登録された岩手県平泉町の中尊寺など、多くの仏教建築、文化財が世界遺産となっており、神社などと並んで日本文化の一部となっており、日常生活にも浸透している。国勢調査においても、信仰の程度は別として仏教の系統が9,600万人、総人口の約74%にものぼる。
 ところが仏教の基礎を築いたブッダ(通称お釈迦様)の誕生地やシャキア王国の王子として育った城都カピラバスツなど、その歴史的、社会的な背景については一般には余り知られていない。確かにこれまでブッダの誕生地は「北インド」と習った人が多く、未だに多くの教科書にはそのように記載されている。更に城都カピラバスツ(通称カピラ城)については、今日でもネパール説とインド説があり、国際的にも決着していない。2,500年以上前の伝承上、宗教上の人物であるので、今更どちらでもよいような話ではあるが、日本文化や慣習、思想に関係が深いので、宗教、信仰とは別に、知識としてブッダ誕生の歴史的、社会的な背景やルーツを知ることは日本の文化や思想をよりよく知る上で必要なのであろう。
 それ以上に、日本が国際社会に主体的に発信して行くためには、文化的、思想的な芯や基本的な価値観を明らかにしなくては国際社会の信頼を得られないどころか、耳を傾けてむらえない。
 1、飛鳥時代の朝廷に受け入れられた仏教 (その1に掲載)
 2、ブッダの生誕地ルンビニ  (その2で掲載)

 ブッダは、紀元前6世紀から5世紀にかけて現在のネパール南部ルンビニで誕生し、29歳までシャキア(釈迦)族の部族王国の王子としてカピラバスツ城で育ち、29才で悟りの道を求めて城を後にした。王子の名はシッダールタ・ゴータマ、そしてその部族名(シャキア)からお釈迦様の名で親しまれている。シッダールタ王子は後に悟りを開き、ブッダ(悟りを開いた者の意)となり、ブッダ教(仏教)の創始者になった。

 ルンビニは、1997年にUNESCOの世界文化遺産に登録されており、ブッダの生誕地としては国際的に認知されていると言ってよいだろう。ルンビニには、マヤデヴィ寺院、沐浴したとされる池やシッダールタ王子誕生を描写した石像などがある。

 しかし歴史的に重要なのは、アショカ王が建立した石柱であり、そこに刻まれている碑文(パーリ語)により、19世紀末のブッダの生誕地論争に終止符が打たれた経緯がある。アショカ王(在位 紀元前269年より232年頃)は、ほぼインド全域を統一しマガダ国マウリア王朝の全盛期を築いたが、カリンガの闘いでの大虐殺への報いを恐れ、不戦と不殺生を誓い、ブッダ教に帰依したと言われている。同時にルンビニは、シッダールタ王子が育ったカピラバスツ城の位置を特定する上でも重要な基点となる。

 なお、日本の教科書での記述振りは1990年代末以降若干改善されて来ているものの、「ブッダの誕生地は(ネパールの)ルンビニ」等と記されている教科書は相対的に少なく、未だに「北インド」と書かれているものが多いようであるので、改定が課題となっている。


 3、2つのカピラバスツ城の謎 (その3で掲載)
 (1)ネパールのテイラウラコット村にあるカピラバスツ城址
 (2)インドのピプラワとガンワリアのカピラバスツ
 4、ブッダ誕生の聖地から読めること(その4で掲載)
 (1)根底にバラモンの思想と先代ブッダの存在―浮かび上がる古代ブッダ文化の存在
 (2)王子の地位を捨て悟りの道を決断した基本思想
 (3)ボードガヤで悟りを開き、「ブッダ」として80歳まで教えを説く
 (4)不殺生、非暴力の思想
 (5)ヨーロッパ、アジアを大陸横断的に見た思想の流れ
                                        (2012.11.08)(Copy Rights Reserved

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シリーズ ブッダ誕生の聖地を読む (その1)  

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 大晦日の零時に近づくと日本各地のお寺で除夜の鐘が鳴り、それぞれに煩悩を払って新年を迎える。日本には奈良や京都はもとより、2011年6月にUNESCOの世界文化遺産として登録された岩手県平泉町の中尊寺など、多くの仏教建築、文化財が世界遺産となっており、神社などと並んで日本文化の一部となっており、日常生活にも浸透している。国勢調査においても、信仰の程度は別として仏教の系統が9,600万人、総人口の約74%にものぼる。
 ところが仏教の基礎を築いたブッダ(通称お釈迦様)の誕生地やシャキア王国の王子として育った城都カピラバスツなど、その歴史的、社会的な背景については一般には余り知られていない。確かにこれまでブッダの誕生地は「北インド」と習った人が多く、未だに多くの教科書にはそのように記載されている。更に城都カピラバスツ(通称カピラ城)については、今日でもネパール説とインド説があり、国際的にも決着していない。2,500年以上前の伝承上、宗教上の人物であるので、今更どちらでもよいような話ではあるが、日本文化や慣習、思想に関係が深いので、宗教、信仰とは別に、知識としてブッダ誕生の歴史的、社会的な背景やルーツを知ることは日本の文化や思想をよりよく知る上で必要なのであろう。
 それ以上に、日本が国際社会に主体的に発信して行くためには、文化的、思想的な芯や基本的な価値観を明らかにしなくては国際社会の信頼を得られないどころか、耳を傾けてむらえない。
 1、飛鳥時代の朝廷に受け入れられた仏教
 ブッダ教が日本に伝来した由来については、「日本書紀」に飛鳥時代の西暦552年、百済の聖明王よりブッダの金銅像と経論他が欽明天皇に献上されたことが記されており、これが仏教公伝とされている。しかし元興寺建立の経緯などが記されている「元興寺伽藍縁起」の記述から西暦538年には既に仏教が伝えられたと見ることが出来る。経論などは中国で漢語訳された経典などがもたらされたことから、仏教、仏陀など漢字表記となっており、中国との関係が色濃く出る結果となっている。
 百済王の使節が倭の国(日本)の天皇への献上品としてブッダ像や経典などを持参したとすれば、日本に珍重される物と判断してのことであろうから、ブッダ教が日本に、少なくても朝廷周辺においてある程度知られていたと見るべきであろう。上記の歴史書には、日本最古の本格的な寺院とされている元興寺の前身である法興寺が蘇我馬子により飛鳥に建立されたとされている。当時朝廷は、蘇我氏を中心とする西部グループと物部氏を中心とする伝統派グループが血を血で洗う勢力争いをしていたと言われているが、蘇我馬子が平安を祈り百済から伝えられたブッダ教を敬ったと伝えられている。
 その後蘇我氏グループが物部氏グループを倒し、朝廷に平穏が戻ったが、推古天皇が仏教を普及するようにとの勅令を出し、聖徳太も17条憲法(西暦604年)で僧侶を敬うようにとの趣旨を明らかにして以来、仏教は朝廷に受け入れられることになった。
それは、アショカ王が紀元前2世紀半ばにインドのほぼ全域を統一しマウリア王朝の全盛期を築いたが、カリンガの戦いで大量の殺戮を行ったことへの償いか、死後地獄に送られあらゆる苦しみを課されることを恐れたのか、深くブッダ教に帰依した姿に重なるところがある。紀元前5世紀にインドの16大国の一つであるコーサラ国のビルダカ王がシャキア王国を殲滅したが、ビルダカ王は凱旋後、火事に遭い、苦しみの中で地獄に落ち、その地獄であらゆる苦しみを課されたと伝承されており、これがブッダ教の不殺生、非暴力の教え、戒めの背景の一つとなっている。統治の上では、国家の平安、安定への朝廷の願いが込められていたと言えようが、抗争を集結させ、統治を永続させるため仏教を精神的な拠り所にする狙いがあったと見られる。
 そして武家勢力の伸張に伴い、仏教は武家、庶民へと普及し、江戸時代には檀家制度や寺子屋などを通じ統治機構の末端の役割を果たす仏教制度として定着して行くと共に、日本の思想、文化へ幅広い影響を与えて行った。その後明治政府となり、天皇制が復活し神道が重視されることとなり、全国で廃仏毀釈が行われ寺院数は減少した。しかしもともと仏教は朝廷により受け入れられ、日本仏教として各層に広く普及、発展して来たものであるので、日本の思想、文化の中に浸透し今に伝えられているている。
 ところが仏教の創始者であるブッダ誕生の歴史的、社会的背景などについては、学校教育などにおいても、仏教系の学校は別として、ほとんど教えられていない。
 生誕地のルンビニについては1997年にUNESCOの世界遺産として認定され国際的に確立しているが、城都カピラバスツ、通称カピラ城の位置については確立していない。それ自体は2,500余年前の場所でしかないが、その謎を解いて行くと(詳細は筆者著書「お釈迦様のルーツの謎」参照)、ブッダ誕生の歴史的、社会的な背景が浮かび上がって来ると共に、ブッダ思想や文化に関心のある方々にとっては、カピラ城周辺はブッダのルーツを巡る聖地ともなる。

 2、ブッダの生誕地ルンビニ  (その2で掲載)
 3、2つのカピラバスツ城の謎 (その3で掲載)
 (1)ネパールのテイラウラコット村にあるカピラバスツ城址
 (2)インドのピプラワとガンワリアのカピラバスツ
 4、ブッダ誕生の聖地から読めること(その4で掲載)
 (1)根底にバラモンの思想と先代ブッダの存在―浮かび上がる古代ブッダ文化の存在
 (2)王子の地位を捨て悟りの道を決断した基本思想
 (3)ボードガヤで悟りを開き、「ブッダ」として80歳まで教えを説く
 (4)不殺生、非暴力の思想
 (5)ヨーロッパ、アジアを大陸横断的に見た思想の流れ
                                        (2012.11.08)(Copy Rights Reserved

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シリーズ ブッダ誕生の聖地を読む (その1)  

2012-12-19 | Weblog

シリーズ ブッダ誕生の聖地を読む (その1)  
 大晦日の零時に近づくと日本各地のお寺で除夜の鐘が鳴り、それぞれに煩悩を払って新年を迎える。日本には奈良や京都はもとより、2011年6月にUNESCOの世界文化遺産として登録された岩手県平泉町の中尊寺など、多くの仏教建築、文化財が世界遺産となっており、神社などと並んで日本文化の一部となっており、日常生活にも浸透している。国勢調査においても、信仰の程度は別として仏教の系統が9,600万人、総人口の約74%にものぼる。
 ところが仏教の基礎を築いたブッダ(通称お釈迦様)の誕生地やシャキア王国の王子として育った城都カピラバスツなど、その歴史的、社会的な背景については一般には余り知られていない。確かにこれまでブッダの誕生地は「北インド」と習った人が多く、未だに多くの教科書にはそのように記載されている。更に城都カピラバスツ(通称カピラ城)については、今日でもネパール説とインド説があり、国際的にも決着していない。2,500年以上前の伝承上、宗教上の人物であるので、今更どちらでもよいような話ではあるが、日本文化や慣習、思想に関係が深いので、宗教、信仰とは別に、知識としてブッダ誕生の歴史的、社会的な背景やルーツを知ることは日本の文化や思想をよりよく知る上で必要なのであろう。
 それ以上に、日本が国際社会に主体的に発信して行くためには、文化的、思想的な芯や基本的な価値観を明らかにしなくては国際社会の信頼を得られないどころか、耳を傾けてむらえない。
 1、飛鳥時代の朝廷に受け入れられた仏教
 ブッダ教が日本に伝来した由来については、「日本書紀」に飛鳥時代の西暦552年、百済の聖明王よりブッダの金銅像と経論他が欽明天皇に献上されたことが記されており、これが仏教公伝とされている。しかし元興寺建立の経緯などが記されている「元興寺伽藍縁起」の記述から西暦538年には既に仏教が伝えられたと見ることが出来る。経論などは中国で漢語訳された経典などがもたらされたことから、仏教、仏陀など漢字表記となっており、中国との関係が色濃く出る結果となっている。
 百済王の使節が倭の国(日本)の天皇への献上品としてブッダ像や経典などを持参したとすれば、日本に珍重される物と判断してのことであろうから、ブッダ教が日本に、少なくても朝廷周辺においてある程度知られていたと見るべきであろう。上記の歴史書には、日本最古の本格的な寺院とされている元興寺の前身である法興寺が蘇我馬子により飛鳥に建立されたとされている。当時朝廷は、蘇我氏を中心とする西部グループと物部氏を中心とする伝統派グループが血を血で洗う勢力争いをしていたと言われているが、蘇我馬子が平安を祈り百済から伝えられたブッダ教を敬ったと伝えられている。
 その後蘇我氏グループが物部氏グループを倒し、朝廷に平穏が戻ったが、推古天皇が仏教を普及するようにとの勅令を出し、聖徳太も17条憲法(西暦604年)で僧侶を敬うようにとの趣旨を明らかにして以来、仏教は朝廷に受け入れられることになった。
それは、アショカ王が紀元前2世紀半ばにインドのほぼ全域を統一しマウリア王朝の全盛期を築いたが、カリンガの戦いで大量の殺戮を行ったことへの償いか、死後地獄に送られあらゆる苦しみを課されることを恐れたのか、深くブッダ教に帰依した姿に重なるところがある。紀元前5世紀にインドの16大国の一つであるコーサラ国のビルダカ王がシャキア王国を殲滅したが、ビルダカ王は凱旋後、火事に遭い、苦しみの中で地獄に落ち、その地獄であらゆる苦しみを課されたと伝承されており、これがブッダ教の不殺生、非暴力の教え、戒めの背景の一つとなっている。統治の上では、国家の平安、安定への朝廷の願いが込められていたと言えようが、抗争を集結させ、統治を永続させるため仏教を精神的な拠り所にする狙いがあったと見られる。
 そして武家勢力の伸張に伴い、仏教は武家、庶民へと普及し、江戸時代には檀家制度や寺子屋などを通じ統治機構の末端の役割を果たす仏教制度として定着して行くと共に、日本の思想、文化へ幅広い影響を与えて行った。その後明治政府となり、天皇制が復活し神道が重視されることとなり、全国で廃仏毀釈が行われ寺院数は減少した。しかしもともと仏教は朝廷により受け入れられ、日本仏教として各層に広く普及、発展して来たものであるので、日本の思想、文化の中に浸透し今に伝えられているている。
 ところが仏教の創始者であるブッダ誕生の歴史的、社会的背景などについては、学校教育などにおいても、仏教系の学校は別として、ほとんど教えられていない。
 生誕地のルンビニについては1997年にUNESCOの世界遺産として認定され国際的に確立しているが、城都カピラバスツ、通称カピラ城の位置については確立していない。それ自体は2,500余年前の場所でしかないが、その謎を解いて行くと(詳細は筆者著書「お釈迦様のルーツの謎」参照)、ブッダ誕生の歴史的、社会的な背景が浮かび上がって来ると共に、ブッダ思想や文化に関心のある方々にとっては、カピラ城周辺はブッダのルーツを巡る聖地ともなる。

 2、ブッダの生誕地ルンビニ  (その2で掲載)
 3、2つのカピラバスツ城の謎 (その3で掲載)
 (1)ネパールのテイラウラコット村にあるカピラバスツ城址
 (2)インドのピプラワとガンワリアのカピラバスツ
 4、ブッダ誕生の聖地から読めること(その4で掲載)
 (1)根底にバラモンの思想と先代ブッダの存在―浮かび上がる古代ブッダ文化の存在
 (2)王子の地位を捨て悟りの道を決断した基本思想
 (3)ボードガヤで悟りを開き、「ブッダ」として80歳まで教えを説く
 (4)不殺生、非暴力の思想
 (5)ヨーロッパ、アジアを大陸横断的に見た思想の流れ
                                        (2012.11.08)(Copy Rights Reserved

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日本の選択―消費増税、景気対策、原発、統治機構―

2012-12-14 | Weblog

日本の選択―消費増税、景気対策、原発、統治機構―

 12月16日の総選挙にむけて、12の政党の論戦も終盤に入った。今回は戦後50年以上続いた自民党から政権交代を実現した民主党政権の3年3ヶ月間の実績が問われることになる。しかし政権交代を遂げたばかりの新政権が3年3ヶ月で個々の政策の全てを実現することは政党がどこであれ所詮困難なことは明らかであり、個々の実績を問うことはあまり意味がない。今回の総選挙における基本的な国民の選択は、どの政党を選ぶかではなく、日本の民主主義制度、従ってその下での統治機構、今後の制度設計をどうするかであり、非常に大切な選択を行わなくてはならない。争点となっている主要な問題に沿って選択肢を提示し、国民の選択に委ねたい。

1、 消費税増税の実施 VS 制度改革による抜本的コスト削減

消費税増税か否かが問われているようだが、消費税増税法案は8月に民主党の他、自民、公明、国民新党の賛成で可決されており、日本維新の会の石原代表も消費税増税に支持を表明しているので、この5党が支持する限り総選挙後の国会で2014年4月からの実施を止めることは困難であろう。法案実施上の条件は、経済情勢の好転であるが、日本の産業回復に最も関係する為替水準など、国際経済情勢が大きく影響するので、それを現在予想、判断することは難しい。

問われるべきことは消費税増税への賛否ではなく、破綻状態の国民年金や借金依存の国家財政を増税前に大胆なコスト削減など、どう改革するかであろう。

増税に賛成している5党なども、国家財政は福祉予算を中心として増税や公債発行をしなければ立ちいかないことは承知の上での増税であるので、そうであれば抜本的な行・財政改革と議員制度改革によりコストを削減しなければ国家財政の立て直しは困難であることは理解出来るであろう。

財務省も他省庁の横並びから、国民から抜本改革への信託を受けた政党、政権が方針を示さない限りなかなか抜本改革を行えないのも事実だ。もっとも、日本が厳しい財政の中で国難に遭遇しているわけであるので、行政当局も抜本的なコスト削減を図らないと行・財政の立て直しは図れないことを自覚し、抜本的コスト削減に取り組んで欲しいものだ。

2、 公共事業増加による景気対策 VS 円高是正や企業減税等の産業振興策

自・公両党が消費増税と建設国債の発行を前提として、年間10兆円から20兆円の公共事業により景気の回復を図るとしている。伝統的な景気対策であり、一定の効果は期待できる。しかし国民総生産への寄与は2%から4%程度と限定的である上、建設国債も国の借金であることには変わりがなく、将来世代が支払わなくてはならない。1990年半ばよりのバブル経済崩壊後、公共事業による景気対策が繰り返されたが、結果として公的債務は1、000兆円超に積み上がった。その利払いを含む公債費は毎年20兆円を超え、税収等の歳入の半分内外に達しており、借金のツケで毎年20兆円以上が消えている。

 更に公的債務を増やすべきであろうか。

 ここ2、3年の最大の問題は実体経済を越える過度な円高であり、円高の是正が行われなければ日本の輸出産業や裾野の中小企業が壊滅的な打撃を受けるであろう。逆に1ドル90円から100円への円安、ドル高是正が図られれば輸出産業や裾野の中小企業の再起が図られ、景気は改善し、雇用も戻るであろう。景気や雇用回復のためには、産業を回復することが第一であろう。

 また消費増税を実施するとしても、景気へのマイナス要因を少なくするために企業税や地方事業税の引き下げの他、生前贈与税の引き下げ、公益事業団体への出資、拠出への更なる優遇税制を行うなど、企業活動や個人、団体活動を促進することが望まれる。

 一部で日本の消費税は欧米より低いとの評もあるようだが、消費税の外にガソリン税や暫定税率、自動車関係諸税や環境税、復興税、各種の公共手数料などが存在しているので、消費税増税を行うのであれば、これらを原則撤廃することも景気対策、生活支援になろう。

 しかし既存の制度や既得権や既得利益に立つ限り、これらの措置やコスト削減は困難であろう。

3、 原発依存からの脱却 VS 結論先送り

福島原発事故により原子力発電の安全性が問われ、自民党の結論を3年後とするとの先送り論以外は、ほとんど全ての政党が原発依存を低めることで一致している。

 争点は、直ちに原発ゼロとするから2030年以降にゼロとするなど、期間の問題となっている。理由は、原発ゼロとした場合の電気料金引き上げによる経済的影響である。

 しかし原発を日本の国土で継続するか否かは、経済や日常生活への影響などではなく、日本の国土で原発の安全性が保てるかどうかという国民の生存、近隣地域社会の存続という根本的な問題なのである。巨大地震が何時来るか、巨大津波が何時来るか、誰にも予測は出来ない。また巨大災害は待ってもくれない。

 地域住民の生命と健康の問題が掛かっている以上、国民から信託を受けた政府としては、安全が確認されなければ原則として原発は再開も存続もさせないということで仕方がないのではないか。電力コストの問題については、電力会社のコスト削減努力、競争原理の導入、地域間の電力融通、電力源の多様化など、多様な選択肢がある。また電力の節減努力も必要であろう。

 しかしこの選択も、既存の制度、既得権益に立脚している限り困難であろう。

4、 統治機構の選択― 中央統制型行財政 VS 主権在民の地方分権型統治

中央統制型統治か、主権在民に立脚した地方分権による統治かは、民主党が実現できなかった課題である。戦後の統制経済の時期を経て、50年以上にわたって構築された行・財政制度であるので、3年3ヶ月の政権交代で変えられるものでもない。

 “政治主導”という言葉がマスコミで踊り、民主党は官僚を使うのが下手であると旧政権与党や一部保守層が批判しているが、主権在民のもとで国民より信託された政権与党が政治を主導し、基本的に行財政当局がこれを誠実に執行することは当然のことであろう。しかし残念なことに、日本は行政当局もマスコミや伝統的な有識者も政党が交代する本格的な政権交代に不慣れであったため、政権が交代しているにも拘らず、予算の削減、優先度の変更、予算の組み換えなどを行政当局に迫って反発され、一部メデイアも制度擁護に回った。欧米のどの国でも政権交代が有り、方針も変わる。それが国民の選択だからである。日本の各分野、各層が政権交代、政策の転換に慣れる必要がありそうだ。もっとも政権運営に経験のない一部閣僚等が、政治主導の意味を誤解し、上から指示すれば官僚が従うような高圧的な態度を取り対立を増幅させたと見る向きもある。これが事実だとすると残念であるが、やはり人を動かすためには一定の信頼関係と説得努力が必要であろう。

 上記の問題の他、破綻状態の国民年金を含む社会保障制度の改革、TPPへの交渉参加(自由化の促進か農業保護か等)、憲法を改正し、米国との集団的安全保障の実施や国防軍の創設を容認するか、そして議会運営の改善など、今後の日本の進路を左右するような重要な課題が提示されている。しかし個々の問題で政党を評価しても余り意味がない。これらの問題は全て、既存の行・財政制度や既得権益に立脚して解決を図るのであれば、何を言っても大きな変化は望めないことは経験済みだ。

現在直面しているのは、戦後の統制経済を経て確立されて来た中央統制型の行・財政制度や議会制度、運営のあり方など、統治制度をどうして行くべきかという根本的な問題なのであろう。その判断は国民の選択に委ねられている。

 (2012.12.14.)(All Rights Reserved.)(不許無断引用)

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日本の選択―消費増税、景気対策、原発、統治機構―

2012-12-14 | Weblog

日本の選択―消費増税、景気対策、原発、統治機構―

 12月16日の総選挙にむけて、12の政党の論戦も終盤に入った。今回は戦後50年以上続いた自民党から政権交代を実現した民主党政権の3年3ヶ月間の実績が問われることになる。しかし政権交代を遂げたばかりの新政権が3年3ヶ月で個々の政策の全てを実現することは政党がどこであれ所詮困難なことは明らかであり、個々の実績を問うことはあまり意味がない。今回の総選挙における基本的な国民の選択は、どの政党を選ぶかではなく、日本の民主主義制度、従ってその下での統治機構、今後の制度設計をどうするかであり、非常に大切な選択を行わなくてはならない。争点となっている主要な問題に沿って選択肢を提示し、国民の選択に委ねたい。

1、 消費税増税の実施 VS 制度改革による抜本的コスト削減

消費税増税か否かが問われているようだが、消費税増税法案は8月に民主党の他、自民、公明、国民新党の賛成で可決されており、日本維新の会の石原代表も消費税増税に支持を表明しているので、この5党が支持する限り総選挙後の国会で2014年4月からの実施を止めることは困難であろう。法案実施上の条件は、経済情勢の好転であるが、日本の産業回復に最も関係する為替水準など、国際経済情勢が大きく影響するので、それを現在予想、判断することは難しい。

問われるべきことは消費税増税への賛否ではなく、破綻状態の国民年金や借金依存の国家財政を増税前に大胆なコスト削減など、どう改革するかであろう。

増税に賛成している5党なども、国家財政は福祉予算を中心として増税や公債発行をしなければ立ちいかないことは承知の上での増税であるので、そうであれば抜本的な行・財政改革と議員制度改革によりコストを削減しなければ国家財政の立て直しは困難であることは理解出来るであろう。

財務省も他省庁の横並びから、国民から抜本改革への信託を受けた政党、政権が方針を示さない限りなかなか抜本改革を行えないのも事実だ。もっとも、日本が厳しい財政の中で国難に遭遇しているわけであるので、行政当局も抜本的なコスト削減を図らないと行・財政の立て直しは図れないことを自覚し、抜本的コスト削減に取り組んで欲しいものだ。

2、 公共事業増加による景気対策 VS 円高是正や企業減税等の産業振興策

自・公両党が消費増税と建設国債の発行を前提として、年間10兆円から20兆円の公共事業により景気の回復を図るとしている。伝統的な景気対策であり、一定の効果は期待できる。しかし国民総生産への寄与は2%から4%程度と限定的である上、建設国債も国の借金であることには変わりがなく、将来世代が支払わなくてはならない。1990年半ばよりのバブル経済崩壊後、公共事業による景気対策が繰り返されたが、結果として公的債務は1、000兆円超に積み上がった。その利払いを含む公債費は毎年20兆円を超え、税収等の歳入の半分内外に達しており、借金のツケで毎年20兆円以上が消えている。

 更に公的債務を増やすべきであろうか。

 ここ2、3年の最大の問題は実体経済を越える過度な円高であり、円高の是正が行われなければ日本の輸出産業や裾野の中小企業が壊滅的な打撃を受けるであろう。逆に1ドル90円から100円への円安、ドル高是正が図られれば輸出産業や裾野の中小企業の再起が図られ、景気は改善し、雇用も戻るであろう。景気や雇用回復のためには、産業を回復することが第一であろう。

 また消費増税を実施するとしても、景気へのマイナス要因を少なくするために企業税や地方事業税の引き下げの他、生前贈与税の引き下げ、公益事業団体への出資、拠出への更なる優遇税制を行うなど、企業活動や個人、団体活動を促進することが望まれる。

 一部で日本の消費税は欧米より低いとの評もあるようだが、消費税の外にガソリン税や暫定税率、自動車関係諸税や環境税、復興税、各種の公共手数料などが存在しているので、消費税増税を行うのであれば、これらを原則撤廃することも景気対策、生活支援になろう。

 しかし既存の制度や既得権や既得利益に立つ限り、これらの措置やコスト削減は困難であろう。

3、 原発依存からの脱却 VS 結論先送り

福島原発事故により原子力発電の安全性が問われ、自民党の結論を3年後とするとの先送り論以外は、ほとんど全ての政党が原発依存を低めることで一致している。

 争点は、直ちに原発ゼロとするから2030年以降にゼロとするなど、期間の問題となっている。理由は、原発ゼロとした場合の電気料金引き上げによる経済的影響である。

 しかし原発を日本の国土で継続するか否かは、経済や日常生活への影響などではなく、日本の国土で原発の安全性が保てるかどうかという国民の生存、近隣地域社会の存続という根本的な問題なのである。巨大地震が何時来るか、巨大津波が何時来るか、誰にも予測は出来ない。また巨大災害は待ってもくれない。

 地域住民の生命と健康の問題が掛かっている以上、国民から信託を受けた政府としては、安全が確認されなければ原則として原発は再開も存続もさせないということで仕方がないのではないか。電力コストの問題については、電力会社のコスト削減努力、競争原理の導入、地域間の電力融通、電力源の多様化など、多様な選択肢がある。また電力の節減努力も必要であろう。

 しかしこの選択も、既存の制度、既得権益に立脚している限り困難であろう。

4、 統治機構の選択― 中央統制型行財政 VS 主権在民の地方分権型統治

中央統制型統治か、主権在民に立脚した地方分権による統治かは、民主党が実現できなかった課題である。戦後の統制経済の時期を経て、50年以上にわたって構築された行・財政制度であるので、3年3ヶ月の政権交代で変えられるものでもない。

 “政治主導”という言葉がマスコミで踊り、民主党は官僚を使うのが下手であると旧政権与党や一部保守層が批判しているが、主権在民のもとで国民より信託された政権与党が政治を主導し、基本的に行財政当局がこれを誠実に執行することは当然のことであろう。しかし残念なことに、日本は行政当局もマスコミや伝統的な有識者も政党が交代する本格的な政権交代に不慣れであったため、政権が交代しているにも拘らず、予算の削減、優先度の変更、予算の組み換えなどを行政当局に迫って反発され、一部メデイアも制度擁護に回った。欧米のどの国でも政権交代が有り、方針も変わる。それが国民の選択だからである。日本の各分野、各層が政権交代、政策の転換に慣れる必要がありそうだ。もっとも政権運営に経験のない一部閣僚等が、政治主導の意味を誤解し、上から指示すれば官僚が従うような高圧的な態度を取り対立を増幅させたと見る向きもある。これが事実だとすると残念であるが、やはり人を動かすためには一定の信頼関係と説得努力が必要であろう。

 上記の問題の他、破綻状態の国民年金を含む社会保障制度の改革、TPPへの交渉参加(自由化の促進か農業保護か等)、憲法を改正し、米国との集団的安全保障の実施や国防軍の創設を容認するか、そして議会運営の改善など、今後の日本の進路を左右するような重要な課題が提示されている。しかし個々の問題で政党を評価しても余り意味がない。これらの問題は全て、既存の行・財政制度や既得権益に立脚して解決を図るのであれば、何を言っても大きな変化は望めないことは経験済みだ。

現在直面しているのは、戦後の統制経済を経て確立されて来た中央統制型の行・財政制度や議会制度、運営のあり方など、統治制度をどうして行くべきかという根本的な問題なのであろう。その判断は国民の選択に委ねられている。

 (2012.12.14.)(All Rights Reserved.)(不許無断引用)

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日本の選択―消費増税、景気対策、原発、統治機構―

2012-12-14 | Weblog

日本の選択―消費増税、景気対策、原発、統治機構―

 12月16日の総選挙にむけて、12の政党の論戦も終盤に入った。今回は戦後50年以上続いた自民党から政権交代を実現した民主党政権の3年3ヶ月間の実績が問われることになる。しかし政権交代を遂げたばかりの新政権が3年3ヶ月で個々の政策の全てを実現することは政党がどこであれ所詮困難なことは明らかであり、個々の実績を問うことはあまり意味がない。今回の総選挙における基本的な国民の選択は、どの政党を選ぶかではなく、日本の民主主義制度、従ってその下での統治機構、今後の制度設計をどうするかであり、非常に大切な選択を行わなくてはならない。争点となっている主要な問題に沿って選択肢を提示し、国民の選択に委ねたい。

1、 消費税増税の実施 VS 制度改革による抜本的コスト削減

消費税増税か否かが問われているようだが、消費税増税法案は8月に民主党の他、自民、公明、国民新党の賛成で可決されており、日本維新の会の石原代表も消費税増税に支持を表明しているので、この5党が支持する限り総選挙後の国会で2014年4月からの実施を止めることは困難であろう。法案実施上の条件は、経済情勢の好転であるが、日本の産業回復に最も関係する為替水準など、国際経済情勢が大きく影響するので、それを現在予想、判断することは難しい。

問われるべきことは消費税増税への賛否ではなく、破綻状態の国民年金や借金依存の国家財政を増税前に大胆なコスト削減など、どう改革するかであろう。

増税に賛成している5党なども、国家財政は福祉予算を中心として増税や公債発行をしなければ立ちいかないことは承知の上での増税であるので、そうであれば抜本的な行・財政改革と議員制度改革によりコストを削減しなければ国家財政の立て直しは困難であることは理解出来るであろう。

財務省も他省庁の横並びから、国民から抜本改革への信託を受けた政党、政権が方針を示さない限りなかなか抜本改革を行えないのも事実だ。もっとも、日本が厳しい財政の中で国難に遭遇しているわけであるので、行政当局も抜本的なコスト削減を図らないと行・財政の立て直しは図れないことを自覚し、抜本的コスト削減に取り組んで欲しいものだ。

2、 公共事業増加による景気対策 VS 円高是正や企業減税等の産業振興策

自・公両党が消費増税と建設国債の発行を前提として、年間10兆円から20兆円の公共事業により景気の回復を図るとしている。伝統的な景気対策であり、一定の効果は期待できる。しかし国民総生産への寄与は2%から4%程度と限定的である上、建設国債も国の借金であることには変わりがなく、将来世代が支払わなくてはならない。1990年半ばよりのバブル経済崩壊後、公共事業による景気対策が繰り返されたが、結果として公的債務は1、000兆円超に積み上がった。その利払いを含む公債費は毎年20兆円を超え、税収等の歳入の半分内外に達しており、借金のツケで毎年20兆円以上が消えている。

 更に公的債務を増やすべきであろうか。

 ここ2、3年の最大の問題は実体経済を越える過度な円高であり、円高の是正が行われなければ日本の輸出産業や裾野の中小企業が壊滅的な打撃を受けるであろう。逆に1ドル90円から100円への円安、ドル高是正が図られれば輸出産業や裾野の中小企業の再起が図られ、景気は改善し、雇用も戻るであろう。景気や雇用回復のためには、産業を回復することが第一であろう。

 また消費増税を実施するとしても、景気へのマイナス要因を少なくするために企業税や地方事業税の引き下げの他、生前贈与税の引き下げ、公益事業団体への出資、拠出への更なる優遇税制を行うなど、企業活動や個人、団体活動を促進することが望まれる。

 一部で日本の消費税は欧米より低いとの評もあるようだが、消費税の外にガソリン税や暫定税率、自動車関係諸税や環境税、復興税、各種の公共手数料などが存在しているので、消費税増税を行うのであれば、これらを原則撤廃することも景気対策、生活支援になろう。

 しかし既存の制度や既得権や既得利益に立つ限り、これらの措置やコスト削減は困難であろう。

3、 原発依存からの脱却 VS 結論先送り

福島原発事故により原子力発電の安全性が問われ、自民党の結論を3年後とするとの先送り論以外は、ほとんど全ての政党が原発依存を低めることで一致している。

 争点は、直ちに原発ゼロとするから2030年以降にゼロとするなど、期間の問題となっている。理由は、原発ゼロとした場合の電気料金引き上げによる経済的影響である。

 しかし原発を日本の国土で継続するか否かは、経済や日常生活への影響などではなく、日本の国土で原発の安全性が保てるかどうかという国民の生存、近隣地域社会の存続という根本的な問題なのである。巨大地震が何時来るか、巨大津波が何時来るか、誰にも予測は出来ない。また巨大災害は待ってもくれない。

 地域住民の生命と健康の問題が掛かっている以上、国民から信託を受けた政府としては、安全が確認されなければ原則として原発は再開も存続もさせないということで仕方がないのではないか。電力コストの問題については、電力会社のコスト削減努力、競争原理の導入、地域間の電力融通、電力源の多様化など、多様な選択肢がある。また電力の節減努力も必要であろう。

 しかしこの選択も、既存の制度、既得権益に立脚している限り困難であろう。

4、 統治機構の選択― 中央統制型行財政 VS 主権在民の地方分権型統治

中央統制型統治か、主権在民に立脚した地方分権による統治かは、民主党が実現できなかった課題である。戦後の統制経済の時期を経て、50年以上にわたって構築された行・財政制度であるので、3年3ヶ月の政権交代で変えられるものでもない。

 “政治主導”という言葉がマスコミで踊り、民主党は官僚を使うのが下手であると旧政権与党や一部保守層が批判しているが、主権在民のもとで国民より信託された政権与党が政治を主導し、基本的に行財政当局がこれを誠実に執行することは当然のことであろう。しかし残念なことに、日本は行政当局もマスコミや伝統的な有識者も政党が交代する本格的な政権交代に不慣れであったため、政権が交代しているにも拘らず、予算の削減、優先度の変更、予算の組み換えなどを行政当局に迫って反発され、一部メデイアも制度擁護に回った。欧米のどの国でも政権交代が有り、方針も変わる。それが国民の選択だからである。日本の各分野、各層が政権交代、政策の転換に慣れる必要がありそうだ。もっとも政権運営に経験のない一部閣僚等が、政治主導の意味を誤解し、上から指示すれば官僚が従うような高圧的な態度を取り対立を増幅させたと見る向きもある。これが事実だとすると残念であるが、やはり人を動かすためには一定の信頼関係と説得努力が必要であろう。

 上記の問題の他、破綻状態の国民年金を含む社会保障制度の改革、TPPへの交渉参加(自由化の促進か農業保護か等)、憲法を改正し、米国との集団的安全保障の実施や国防軍の創設を容認するか、そして議会運営の改善など、今後の日本の進路を左右するような重要な課題が提示されている。しかし個々の問題で政党を評価しても余り意味がない。これらの問題は全て、既存の行・財政制度や既得権益に立脚して解決を図るのであれば、何を言っても大きな変化は望めないことは経験済みだ。

現在直面しているのは、戦後の統制経済を経て確立されて来た中央統制型の行・財政制度や議会制度、運営のあり方など、統治制度をどうして行くべきかという根本的な問題なのであろう。その判断は国民の選択に委ねられている。

 (2012.12.14.)(All Rights Reserved.)(不許無断引用)

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日本の選択―消費増税、景気対策、原発、統治機構―

2012-12-14 | Weblog

日本の選択―消費増税、景気対策、原発、統治機構―

 12月16日の総選挙にむけて、12の政党の論戦も終盤に入った。今回は戦後50年以上続いた自民党から政権交代を実現した民主党政権の3年3ヶ月間の実績が問われることになる。しかし政権交代を遂げたばかりの新政権が3年3ヶ月で個々の政策の全てを実現することは政党がどこであれ所詮困難なことは明らかであり、個々の実績を問うことはあまり意味がない。今回の総選挙における基本的な国民の選択は、どの政党を選ぶかではなく、日本の民主主義制度、従ってその下での統治機構、今後の制度設計をどうするかであり、非常に大切な選択を行わなくてはならない。争点となっている主要な問題に沿って選択肢を提示し、国民の選択に委ねたい。

1、 消費税増税の実施 VS 制度改革による抜本的コスト削減

消費税増税か否かが問われているようだが、消費税増税法案は8月に民主党の他、自民、公明、国民新党の賛成で可決されており、日本維新の会の石原代表も消費税増税に支持を表明しているので、この5党が支持する限り総選挙後の国会で2014年4月からの実施を止めることは困難であろう。法案実施上の条件は、経済情勢の好転であるが、日本の産業回復に最も関係する為替水準など、国際経済情勢が大きく影響するので、それを現在予想、判断することは難しい。

問われるべきことは消費税増税への賛否ではなく、破綻状態の国民年金や借金依存の国家財政を増税前に大胆なコスト削減など、どう改革するかであろう。

増税に賛成している5党なども、国家財政は福祉予算を中心として増税や公債発行をしなければ立ちいかないことは承知の上での増税であるので、そうであれば抜本的な行・財政改革と議員制度改革によりコストを削減しなければ国家財政の立て直しは困難であることは理解出来るであろう。

財務省も他省庁の横並びから、国民から抜本改革への信託を受けた政党、政権が方針を示さない限りなかなか抜本改革を行えないのも事実だ。もっとも、日本が厳しい財政の中で国難に遭遇しているわけであるので、行政当局も抜本的なコスト削減を図らないと行・財政の立て直しは図れないことを自覚し、抜本的コスト削減に取り組んで欲しいものだ。

2、 公共事業増加による景気対策 VS 円高是正や企業減税等の産業振興策

自・公両党が消費増税と建設国債の発行を前提として、年間10兆円から20兆円の公共事業により景気の回復を図るとしている。伝統的な景気対策であり、一定の効果は期待できる。しかし国民総生産への寄与は2%から4%程度と限定的である上、建設国債も国の借金であることには変わりがなく、将来世代が支払わなくてはならない。1990年半ばよりのバブル経済崩壊後、公共事業による景気対策が繰り返されたが、結果として公的債務は1、000兆円超に積み上がった。その利払いを含む公債費は毎年20兆円を超え、税収等の歳入の半分内外に達しており、借金のツケで毎年20兆円以上が消えている。

 更に公的債務を増やすべきであろうか。

 ここ2、3年の最大の問題は実体経済を越える過度な円高であり、円高の是正が行われなければ日本の輸出産業や裾野の中小企業が壊滅的な打撃を受けるであろう。逆に1ドル90円から100円への円安、ドル高是正が図られれば輸出産業や裾野の中小企業の再起が図られ、景気は改善し、雇用も戻るであろう。景気や雇用回復のためには、産業を回復することが第一であろう。

 また消費増税を実施するとしても、景気へのマイナス要因を少なくするために企業税や地方事業税の引き下げの他、生前贈与税の引き下げ、公益事業団体への出資、拠出への更なる優遇税制を行うなど、企業活動や個人、団体活動を促進することが望まれる。

 一部で日本の消費税は欧米より低いとの評もあるようだが、消費税の外にガソリン税や暫定税率、自動車関係諸税や環境税、復興税、各種の公共手数料などが存在しているので、消費税増税を行うのであれば、これらを原則撤廃することも景気対策、生活支援になろう。

 しかし既存の制度や既得権や既得利益に立つ限り、これらの措置やコスト削減は困難であろう。

3、 原発依存からの脱却 VS 結論先送り

福島原発事故により原子力発電の安全性が問われ、自民党の結論を3年後とするとの先送り論以外は、ほとんど全ての政党が原発依存を低めることで一致している。

 争点は、直ちに原発ゼロとするから2030年以降にゼロとするなど、期間の問題となっている。理由は、原発ゼロとした場合の電気料金引き上げによる経済的影響である。

 しかし原発を日本の国土で継続するか否かは、経済や日常生活への影響などではなく、日本の国土で原発の安全性が保てるかどうかという国民の生存、近隣地域社会の存続という根本的な問題なのである。巨大地震が何時来るか、巨大津波が何時来るか、誰にも予測は出来ない。また巨大災害は待ってもくれない。

 地域住民の生命と健康の問題が掛かっている以上、国民から信託を受けた政府としては、安全が確認されなければ原則として原発は再開も存続もさせないということで仕方がないのではないか。電力コストの問題については、電力会社のコスト削減努力、競争原理の導入、地域間の電力融通、電力源の多様化など、多様な選択肢がある。また電力の節減努力も必要であろう。

 しかしこの選択も、既存の制度、既得権益に立脚している限り困難であろう。

4、 統治機構の選択― 中央統制型行財政 VS 主権在民の地方分権型統治

中央統制型統治か、主権在民に立脚した地方分権による統治かは、民主党が実現できなかった課題である。戦後の統制経済の時期を経て、50年以上にわたって構築された行・財政制度であるので、3年3ヶ月の政権交代で変えられるものでもない。

 “政治主導”という言葉がマスコミで踊り、民主党は官僚を使うのが下手であると旧政権与党や一部保守層が批判しているが、主権在民のもとで国民より信託された政権与党が政治を主導し、基本的に行財政当局がこれを誠実に執行することは当然のことであろう。しかし残念なことに、日本は行政当局もマスコミや伝統的な有識者も政党が交代する本格的な政権交代に不慣れであったため、政権が交代しているにも拘らず、予算の削減、優先度の変更、予算の組み換えなどを行政当局に迫って反発され、一部メデイアも制度擁護に回った。欧米のどの国でも政権交代が有り、方針も変わる。それが国民の選択だからである。日本の各分野、各層が政権交代、政策の転換に慣れる必要がありそうだ。もっとも政権運営に経験のない一部閣僚等が、政治主導の意味を誤解し、上から指示すれば官僚が従うような高圧的な態度を取り対立を増幅させたと見る向きもある。これが事実だとすると残念であるが、やはり人を動かすためには一定の信頼関係と説得努力が必要であろう。

 上記の問題の他、破綻状態の国民年金を含む社会保障制度の改革、TPPへの交渉参加(自由化の促進か農業保護か等)、憲法を改正し、米国との集団的安全保障の実施や国防軍の創設を容認するか、そして議会運営の改善など、今後の日本の進路を左右するような重要な課題が提示されている。しかし個々の問題で政党を評価しても余り意味がない。これらの問題は全て、既存の行・財政制度や既得権益に立脚して解決を図るのであれば、何を言っても大きな変化は望めないことは経験済みだ。

現在直面しているのは、戦後の統制経済を経て確立されて来た中央統制型の行・財政制度や議会制度、運営のあり方など、統治制度をどうして行くべきかという根本的な問題なのであろう。その判断は国民の選択に委ねられている。

 (2012.12.14.)(All Rights Reserved.)(不許無断引用)

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日本の選択―消費増税、景気対策、原発、統治機構―

2012-12-14 | Weblog

日本の選択―消費増税、景気対策、原発、統治機構―

 12月16日の総選挙にむけて、12の政党の論戦も終盤に入った。今回は戦後50年以上続いた自民党から政権交代を実現した民主党政権の3年3ヶ月間の実績が問われることになる。しかし政権交代を遂げたばかりの新政権が3年3ヶ月で個々の政策の全てを実現することは政党がどこであれ所詮困難なことは明らかであり、個々の実績を問うことはあまり意味がない。今回の総選挙における基本的な国民の選択は、どの政党を選ぶかではなく、日本の民主主義制度、従ってその下での統治機構、今後の制度設計をどうするかであり、非常に大切な選択を行わなくてはならない。争点となっている主要な問題に沿って選択肢を提示し、国民の選択に委ねたい。

1、 消費税増税の実施 VS 制度改革による抜本的コスト削減

消費税増税か否かが問われているようだが、消費税増税法案は8月に民主党の他、自民、公明、国民新党の賛成で可決されており、日本維新の会の石原代表も消費税増税に支持を表明しているので、この5党が支持する限り総選挙後の国会で2014年4月からの実施を止めることは困難であろう。法案実施上の条件は、経済情勢の好転であるが、日本の産業回復に最も関係する為替水準など、国際経済情勢が大きく影響するので、それを現在予想、判断することは難しい。

問われるべきことは消費税増税への賛否ではなく、破綻状態の国民年金や借金依存の国家財政を増税前に大胆なコスト削減など、どう改革するかであろう。

増税に賛成している5党なども、国家財政は福祉予算を中心として増税や公債発行をしなければ立ちいかないことは承知の上での増税であるので、そうであれば抜本的な行・財政改革と議員制度改革によりコストを削減しなければ国家財政の立て直しは困難であることは理解出来るであろう。

財務省も他省庁の横並びから、国民から抜本改革への信託を受けた政党、政権が方針を示さない限りなかなか抜本改革を行えないのも事実だ。もっとも、日本が厳しい財政の中で国難に遭遇しているわけであるので、行政当局も抜本的なコスト削減を図らないと行・財政の立て直しは図れないことを自覚し、抜本的コスト削減に取り組んで欲しいものだ。

2、 公共事業増加による景気対策 VS 円高是正や企業減税等の産業振興策

自・公両党が消費増税と建設国債の発行を前提として、年間10兆円から20兆円の公共事業により景気の回復を図るとしている。伝統的な景気対策であり、一定の効果は期待できる。しかし国民総生産への寄与は2%から4%程度と限定的である上、建設国債も国の借金であることには変わりがなく、将来世代が支払わなくてはならない。1990年半ばよりのバブル経済崩壊後、公共事業による景気対策が繰り返されたが、結果として公的債務は1、000兆円超に積み上がった。その利払いを含む公債費は毎年20兆円を超え、税収等の歳入の半分内外に達しており、借金のツケで毎年20兆円以上が消えている。

 更に公的債務を増やすべきであろうか。

 ここ2、3年の最大の問題は実体経済を越える過度な円高であり、円高の是正が行われなければ日本の輸出産業や裾野の中小企業が壊滅的な打撃を受けるであろう。逆に1ドル90円から100円への円安、ドル高是正が図られれば輸出産業や裾野の中小企業の再起が図られ、景気は改善し、雇用も戻るであろう。景気や雇用回復のためには、産業を回復することが第一であろう。

 また消費増税を実施するとしても、景気へのマイナス要因を少なくするために企業税や地方事業税の引き下げの他、生前贈与税の引き下げ、公益事業団体への出資、拠出への更なる優遇税制を行うなど、企業活動や個人、団体活動を促進することが望まれる。

 一部で日本の消費税は欧米より低いとの評もあるようだが、消費税の外にガソリン税や暫定税率、自動車関係諸税や環境税、復興税、各種の公共手数料などが存在しているので、消費税増税を行うのであれば、これらを原則撤廃することも景気対策、生活支援になろう。

 しかし既存の制度や既得権や既得利益に立つ限り、これらの措置やコスト削減は困難であろう。

3、 原発依存からの脱却 VS 結論先送り

福島原発事故により原子力発電の安全性が問われ、自民党の結論を3年後とするとの先送り論以外は、ほとんど全ての政党が原発依存を低めることで一致している。

 争点は、直ちに原発ゼロとするから2030年以降にゼロとするなど、期間の問題となっている。理由は、原発ゼロとした場合の電気料金引き上げによる経済的影響である。

 しかし原発を日本の国土で継続するか否かは、経済や日常生活への影響などではなく、日本の国土で原発の安全性が保てるかどうかという国民の生存、近隣地域社会の存続という根本的な問題なのである。巨大地震が何時来るか、巨大津波が何時来るか、誰にも予測は出来ない。また巨大災害は待ってもくれない。

 地域住民の生命と健康の問題が掛かっている以上、国民から信託を受けた政府としては、安全が確認されなければ原則として原発は再開も存続もさせないということで仕方がないのではないか。電力コストの問題については、電力会社のコスト削減努力、競争原理の導入、地域間の電力融通、電力源の多様化など、多様な選択肢がある。また電力の節減努力も必要であろう。

 しかしこの選択も、既存の制度、既得権益に立脚している限り困難であろう。

4、 統治機構の選択― 中央統制型行財政 VS 主権在民の地方分権型統治

中央統制型統治か、主権在民に立脚した地方分権による統治かは、民主党が実現できなかった課題である。戦後の統制経済の時期を経て、50年以上にわたって構築された行・財政制度であるので、3年3ヶ月の政権交代で変えられるものでもない。

 “政治主導”という言葉がマスコミで踊り、民主党は官僚を使うのが下手であると旧政権与党や一部保守層が批判しているが、主権在民のもとで国民より信託された政権与党が政治を主導し、基本的に行財政当局がこれを誠実に執行することは当然のことであろう。しかし残念なことに、日本は行政当局もマスコミや伝統的な有識者も政党が交代する本格的な政権交代に不慣れであったため、政権が交代しているにも拘らず、予算の削減、優先度の変更、予算の組み換えなどを行政当局に迫って反発され、一部メデイアも制度擁護に回った。欧米のどの国でも政権交代が有り、方針も変わる。それが国民の選択だからである。日本の各分野、各層が政権交代、政策の転換に慣れる必要がありそうだ。もっとも政権運営に経験のない一部閣僚等が、政治主導の意味を誤解し、上から指示すれば官僚が従うような高圧的な態度を取り対立を増幅させたと見る向きもある。これが事実だとすると残念であるが、やはり人を動かすためには一定の信頼関係と説得努力が必要であろう。

 上記の問題の他、破綻状態の国民年金を含む社会保障制度の改革、TPPへの交渉参加(自由化の促進か農業保護か等)、憲法を改正し、米国との集団的安全保障の実施や国防軍の創設を容認するか、そして議会運営の改善など、今後の日本の進路を左右するような重要な課題が提示されている。しかし個々の問題で政党を評価しても余り意味がない。これらの問題は全て、既存の行・財政制度や既得権益に立脚して解決を図るのであれば、何を言っても大きな変化は望めないことは経験済みだ。

現在直面しているのは、戦後の統制経済を経て確立されて来た中央統制型の行・財政制度や議会制度、運営のあり方など、統治制度をどうして行くべきかという根本的な問題なのであろう。その判断は国民の選択に委ねられている。

 (2012.12.14.)(All Rights Reserved.)(不許無断引用)

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日本の選択―消費増税、景気対策、原発、統治機構―

2012-12-14 | Weblog

日本の選択―消費増税、景気対策、原発、統治機構―

 12月16日の総選挙にむけて、12の政党の論戦も終盤に入った。今回は戦後50年以上続いた自民党から政権交代を実現した民主党政権の3年3ヶ月間の実績が問われることになる。しかし政権交代を遂げたばかりの新政権が3年3ヶ月で個々の政策の全てを実現することは政党がどこであれ所詮困難なことは明らかであり、個々の実績を問うことはあまり意味がない。今回の総選挙における基本的な国民の選択は、どの政党を選ぶかではなく、日本の民主主義制度、従ってその下での統治機構、今後の制度設計をどうするかであり、非常に大切な選択を行わなくてはならない。争点となっている主要な問題に沿って選択肢を提示し、国民の選択に委ねたい。

1、 消費税増税の実施 VS 制度改革による抜本的コスト削減

消費税増税か否かが問われているようだが、消費税増税法案は8月に民主党の他、自民、公明、国民新党の賛成で可決されており、日本維新の会の石原代表も消費税増税に支持を表明しているので、この5党が支持する限り総選挙後の国会で2014年4月からの実施を止めることは困難であろう。法案実施上の条件は、経済情勢の好転であるが、日本の産業回復に最も関係する為替水準など、国際経済情勢が大きく影響するので、それを現在予想、判断することは難しい。

問われるべきことは消費税増税への賛否ではなく、破綻状態の国民年金や借金依存の国家財政を増税前に大胆なコスト削減など、どう改革するかであろう。

増税に賛成している5党なども、国家財政は福祉予算を中心として増税や公債発行をしなければ立ちいかないことは承知の上での増税であるので、そうであれば抜本的な行・財政改革と議員制度改革によりコストを削減しなければ国家財政の立て直しは困難であることは理解出来るであろう。

財務省も他省庁の横並びから、国民から抜本改革への信託を受けた政党、政権が方針を示さない限りなかなか抜本改革を行えないのも事実だ。もっとも、日本が厳しい財政の中で国難に遭遇しているわけであるので、行政当局も抜本的なコスト削減を図らないと行・財政の立て直しは図れないことを自覚し、抜本的コスト削減に取り組んで欲しいものだ。

2、 公共事業増加による景気対策 VS 円高是正や企業減税等の産業振興策

自・公両党が消費増税と建設国債の発行を前提として、年間10兆円から20兆円の公共事業により景気の回復を図るとしている。伝統的な景気対策であり、一定の効果は期待できる。しかし国民総生産への寄与は2%から4%程度と限定的である上、建設国債も国の借金であることには変わりがなく、将来世代が支払わなくてはならない。1990年半ばよりのバブル経済崩壊後、公共事業による景気対策が繰り返されたが、結果として公的債務は1、000兆円超に積み上がった。その利払いを含む公債費は毎年20兆円を超え、税収等の歳入の半分内外に達しており、借金のツケで毎年20兆円以上が消えている。

 更に公的債務を増やすべきであろうか。

 ここ2、3年の最大の問題は実体経済を越える過度な円高であり、円高の是正が行われなければ日本の輸出産業や裾野の中小企業が壊滅的な打撃を受けるであろう。逆に1ドル90円から100円への円安、ドル高是正が図られれば輸出産業や裾野の中小企業の再起が図られ、景気は改善し、雇用も戻るであろう。景気や雇用回復のためには、産業を回復することが第一であろう。

 また消費増税を実施するとしても、景気へのマイナス要因を少なくするために企業税や地方事業税の引き下げの他、生前贈与税の引き下げ、公益事業団体への出資、拠出への更なる優遇税制を行うなど、企業活動や個人、団体活動を促進することが望まれる。

 一部で日本の消費税は欧米より低いとの評もあるようだが、消費税の外にガソリン税や暫定税率、自動車関係諸税や環境税、復興税、各種の公共手数料などが存在しているので、消費税増税を行うのであれば、これらを原則撤廃することも景気対策、生活支援になろう。

 しかし既存の制度や既得権や既得利益に立つ限り、これらの措置やコスト削減は困難であろう。

3、 原発依存からの脱却 VS 結論先送り

福島原発事故により原子力発電の安全性が問われ、自民党の結論を3年後とするとの先送り論以外は、ほとんど全ての政党が原発依存を低めることで一致している。

 争点は、直ちに原発ゼロとするから2030年以降にゼロとするなど、期間の問題となっている。理由は、原発ゼロとした場合の電気料金引き上げによる経済的影響である。

 しかし原発を日本の国土で継続するか否かは、経済や日常生活への影響などではなく、日本の国土で原発の安全性が保てるかどうかという国民の生存、近隣地域社会の存続という根本的な問題なのである。巨大地震が何時来るか、巨大津波が何時来るか、誰にも予測は出来ない。また巨大災害は待ってもくれない。

 地域住民の生命と健康の問題が掛かっている以上、国民から信託を受けた政府としては、安全が確認されなければ原則として原発は再開も存続もさせないということで仕方がないのではないか。電力コストの問題については、電力会社のコスト削減努力、競争原理の導入、地域間の電力融通、電力源の多様化など、多様な選択肢がある。また電力の節減努力も必要であろう。

 しかしこの選択も、既存の制度、既得権益に立脚している限り困難であろう。

4、 統治機構の選択― 中央統制型行財政 VS 主権在民の地方分権型統治

中央統制型統治か、主権在民に立脚した地方分権による統治かは、民主党が実現できなかった課題である。戦後の統制経済の時期を経て、50年以上にわたって構築された行・財政制度であるので、3年3ヶ月の政権交代で変えられるものでもない。

 “政治主導”という言葉がマスコミで踊り、民主党は官僚を使うのが下手であると旧政権与党や一部保守層が批判しているが、主権在民のもとで国民より信託された政権与党が政治を主導し、基本的に行財政当局がこれを誠実に執行することは当然のことであろう。しかし残念なことに、日本は行政当局もマスコミや伝統的な有識者も政党が交代する本格的な政権交代に不慣れであったため、政権が交代しているにも拘らず、予算の削減、優先度の変更、予算の組み換えなどを行政当局に迫って反発され、一部メデイアも制度擁護に回った。欧米のどの国でも政権交代が有り、方針も変わる。それが国民の選択だからである。日本の各分野、各層が政権交代、政策の転換に慣れる必要がありそうだ。もっとも政権運営に経験のない一部閣僚等が、政治主導の意味を誤解し、上から指示すれば官僚が従うような高圧的な態度を取り対立を増幅させたと見る向きもある。これが事実だとすると残念であるが、やはり人を動かすためには一定の信頼関係と説得努力が必要であろう。

 上記の問題の他、破綻状態の国民年金を含む社会保障制度の改革、TPPへの交渉参加(自由化の促進か農業保護か等)、憲法を改正し、米国との集団的安全保障の実施や国防軍の創設を容認するか、そして議会運営の改善など、今後の日本の進路を左右するような重要な課題が提示されている。しかし個々の問題で政党を評価しても余り意味がない。これらの問題は全て、既存の行・財政制度や既得権益に立脚して解決を図るのであれば、何を言っても大きな変化は望めないことは経験済みだ。

現在直面しているのは、戦後の統制経済を経て確立されて来た中央統制型の行・財政制度や議会制度、運営のあり方など、統治制度をどうして行くべきかという根本的な問題なのであろう。その判断は国民の選択に委ねられている。

 (2012.12.14.)(All Rights Reserved.)(不許無断引用)

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日本の選択―消費増税、景気対策、原発、統治機構―

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日本の選択―消費増税、景気対策、原発、統治機構―

 12月16日の総選挙にむけて、12の政党の論戦も終盤に入った。今回は戦後50年以上続いた自民党から政権交代を実現した民主党政権の3年3ヶ月間の実績が問われることになる。しかし政権交代を遂げたばかりの新政権が3年3ヶ月で個々の政策の全てを実現することは政党がどこであれ所詮困難なことは明らかであり、個々の実績を問うことはあまり意味がない。今回の総選挙における基本的な国民の選択は、どの政党を選ぶかではなく、日本の民主主義制度、従ってその下での統治機構、今後の制度設計をどうするかであり、非常に大切な選択を行わなくてはならない。争点となっている主要な問題に沿って選択肢を提示し、国民の選択に委ねたい。

1、 消費税増税の実施 VS 制度改革による抜本的コスト削減

消費税増税か否かが問われているようだが、消費税増税法案は8月に民主党の他、自民、公明、国民新党の賛成で可決されており、日本維新の会の石原代表も消費税増税に支持を表明しているので、この5党が支持する限り総選挙後の国会で2014年4月からの実施を止めることは困難であろう。法案実施上の条件は、経済情勢の好転であるが、日本の産業回復に最も関係する為替水準など、国際経済情勢が大きく影響するので、それを現在予想、判断することは難しい。

問われるべきことは消費税増税への賛否ではなく、破綻状態の国民年金や借金依存の国家財政を増税前に大胆なコスト削減など、どう改革するかであろう。

増税に賛成している5党なども、国家財政は福祉予算を中心として増税や公債発行をしなければ立ちいかないことは承知の上での増税であるので、そうであれば抜本的な行・財政改革と議員制度改革によりコストを削減しなければ国家財政の立て直しは困難であることは理解出来るであろう。

財務省も他省庁の横並びから、国民から抜本改革への信託を受けた政党、政権が方針を示さない限りなかなか抜本改革を行えないのも事実だ。もっとも、日本が厳しい財政の中で国難に遭遇しているわけであるので、行政当局も抜本的なコスト削減を図らないと行・財政の立て直しは図れないことを自覚し、抜本的コスト削減に取り組んで欲しいものだ。

2、 公共事業増加による景気対策 VS 円高是正や企業減税等の産業振興策

自・公両党が消費増税と建設国債の発行を前提として、年間10兆円から20兆円の公共事業により景気の回復を図るとしている。伝統的な景気対策であり、一定の効果は期待できる。しかし国民総生産への寄与は2%から4%程度と限定的である上、建設国債も国の借金であることには変わりがなく、将来世代が支払わなくてはならない。1990年半ばよりのバブル経済崩壊後、公共事業による景気対策が繰り返されたが、結果として公的債務は1、000兆円超に積み上がった。その利払いを含む公債費は毎年20兆円を超え、税収等の歳入の半分内外に達しており、借金のツケで毎年20兆円以上が消えている。

 更に公的債務を増やすべきであろうか。

 ここ2、3年の最大の問題は実体経済を越える過度な円高であり、円高の是正が行われなければ日本の輸出産業や裾野の中小企業が壊滅的な打撃を受けるであろう。逆に1ドル90円から100円への円安、ドル高是正が図られれば輸出産業や裾野の中小企業の再起が図られ、景気は改善し、雇用も戻るであろう。景気や雇用回復のためには、産業を回復することが第一であろう。

 また消費増税を実施するとしても、景気へのマイナス要因を少なくするために企業税や地方事業税の引き下げの他、生前贈与税の引き下げ、公益事業団体への出資、拠出への更なる優遇税制を行うなど、企業活動や個人、団体活動を促進することが望まれる。

 一部で日本の消費税は欧米より低いとの評もあるようだが、消費税の外にガソリン税や暫定税率、自動車関係諸税や環境税、復興税、各種の公共手数料などが存在しているので、消費税増税を行うのであれば、これらを原則撤廃することも景気対策、生活支援になろう。

 しかし既存の制度や既得権や既得利益に立つ限り、これらの措置やコスト削減は困難であろう。

3、 原発依存からの脱却 VS 結論先送り

福島原発事故により原子力発電の安全性が問われ、自民党の結論を3年後とするとの先送り論以外は、ほとんど全ての政党が原発依存を低めることで一致している。

 争点は、直ちに原発ゼロとするから2030年以降にゼロとするなど、期間の問題となっている。理由は、原発ゼロとした場合の電気料金引き上げによる経済的影響である。

 しかし原発を日本の国土で継続するか否かは、経済や日常生活への影響などではなく、日本の国土で原発の安全性が保てるかどうかという国民の生存、近隣地域社会の存続という根本的な問題なのである。巨大地震が何時来るか、巨大津波が何時来るか、誰にも予測は出来ない。また巨大災害は待ってもくれない。

 地域住民の生命と健康の問題が掛かっている以上、国民から信託を受けた政府としては、安全が確認されなければ原則として原発は再開も存続もさせないということで仕方がないのではないか。電力コストの問題については、電力会社のコスト削減努力、競争原理の導入、地域間の電力融通、電力源の多様化など、多様な選択肢がある。また電力の節減努力も必要であろう。

 しかしこの選択も、既存の制度、既得権益に立脚している限り困難であろう。

4、 統治機構の選択― 中央統制型行財政 VS 主権在民の地方分権型統治

中央統制型統治か、主権在民に立脚した地方分権による統治かは、民主党が実現できなかった課題である。戦後の統制経済の時期を経て、50年以上にわたって構築された行・財政制度であるので、3年3ヶ月の政権交代で変えられるものでもない。

 “政治主導”という言葉がマスコミで踊り、民主党は官僚を使うのが下手であると旧政権与党や一部保守層が批判しているが、主権在民のもとで国民より信託された政権与党が政治を主導し、基本的に行財政当局がこれを誠実に執行することは当然のことであろう。しかし残念なことに、日本は行政当局もマスコミや伝統的な有識者も政党が交代する本格的な政権交代に不慣れであったため、政権が交代しているにも拘らず、予算の削減、優先度の変更、予算の組み換えなどを行政当局に迫って反発され、一部メデイアも制度擁護に回った。欧米のどの国でも政権交代が有り、方針も変わる。それが国民の選択だからである。日本の各分野、各層が政権交代、政策の転換に慣れる必要がありそうだ。もっとも政権運営に経験のない一部閣僚等が、政治主導の意味を誤解し、上から指示すれば官僚が従うような高圧的な態度を取り対立を増幅させたと見る向きもある。これが事実だとすると残念であるが、やはり人を動かすためには一定の信頼関係と説得努力が必要であろう。

 上記の問題の他、破綻状態の国民年金を含む社会保障制度の改革、TPPへの交渉参加(自由化の促進か農業保護か等)、憲法を改正し、米国との集団的安全保障の実施や国防軍の創設を容認するか、そして議会運営の改善など、今後の日本の進路を左右するような重要な課題が提示されている。しかし個々の問題で政党を評価しても余り意味がない。これらの問題は全て、既存の行・財政制度や既得権益に立脚して解決を図るのであれば、何を言っても大きな変化は望めないことは経験済みだ。

現在直面しているのは、戦後の統制経済を経て確立されて来た中央統制型の行・財政制度や議会制度、運営のあり方など、統治制度をどうして行くべきかという根本的な問題なのであろう。その判断は国民の選択に委ねられている。

 (2012.12.14.)(All Rights Reserved.)(不許無断引用)

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日本の選択―消費増税、景気対策、原発、統治機構―

2012-12-14 | Weblog

日本の選択―消費増税、景気対策、原発、統治機構―

 12月16日の総選挙にむけて、12の政党の論戦も終盤に入った。今回は戦後50年以上続いた自民党から政権交代を実現した民主党政権の3年3ヶ月間の実績が問われることになる。しかし政権交代を遂げたばかりの新政権が3年3ヶ月で個々の政策の全てを実現することは政党がどこであれ所詮困難なことは明らかであり、個々の実績を問うことはあまり意味がない。今回の総選挙における基本的な国民の選択は、どの政党を選ぶかではなく、日本の民主主義制度、従ってその下での統治機構、今後の制度設計をどうするかであり、非常に大切な選択を行わなくてはならない。争点となっている主要な問題に沿って選択肢を提示し、国民の選択に委ねたい。

1、 消費税増税の実施 VS 制度改革による抜本的コスト削減

消費税増税か否かが問われているようだが、消費税増税法案は8月に民主党の他、自民、公明、国民新党の賛成で可決されており、日本維新の会の石原代表も消費税増税に支持を表明しているので、この5党が支持する限り総選挙後の国会で2014年4月からの実施を止めることは困難であろう。法案実施上の条件は、経済情勢の好転であるが、日本の産業回復に最も関係する為替水準など、国際経済情勢が大きく影響するので、それを現在予想、判断することは難しい。

問われるべきことは消費税増税への賛否ではなく、破綻状態の国民年金や借金依存の国家財政を増税前に大胆なコスト削減など、どう改革するかであろう。

増税に賛成している5党なども、国家財政は福祉予算を中心として増税や公債発行をしなければ立ちいかないことは承知の上での増税であるので、そうであれば抜本的な行・財政改革と議員制度改革によりコストを削減しなければ国家財政の立て直しは困難であることは理解出来るであろう。

財務省も他省庁の横並びから、国民から抜本改革への信託を受けた政党、政権が方針を示さない限りなかなか抜本改革を行えないのも事実だ。もっとも、日本が厳しい財政の中で国難に遭遇しているわけであるので、行政当局も抜本的なコスト削減を図らないと行・財政の立て直しは図れないことを自覚し、抜本的コスト削減に取り組んで欲しいものだ。

2、 公共事業増加による景気対策 VS 円高是正や企業減税等の産業振興策

自・公両党が消費増税と建設国債の発行を前提として、年間10兆円から20兆円の公共事業により景気の回復を図るとしている。伝統的な景気対策であり、一定の効果は期待できる。しかし国民総生産への寄与は2%から4%程度と限定的である上、建設国債も国の借金であることには変わりがなく、将来世代が支払わなくてはならない。1990年半ばよりのバブル経済崩壊後、公共事業による景気対策が繰り返されたが、結果として公的債務は1、000兆円超に積み上がった。その利払いを含む公債費は毎年20兆円を超え、税収等の歳入の半分内外に達しており、借金のツケで毎年20兆円以上が消えている。

 更に公的債務を増やすべきであろうか。

 ここ2、3年の最大の問題は実体経済を越える過度な円高であり、円高の是正が行われなければ日本の輸出産業や裾野の中小企業が壊滅的な打撃を受けるであろう。逆に1ドル90円から100円への円安、ドル高是正が図られれば輸出産業や裾野の中小企業の再起が図られ、景気は改善し、雇用も戻るであろう。景気や雇用回復のためには、産業を回復することが第一であろう。

 また消費増税を実施するとしても、景気へのマイナス要因を少なくするために企業税や地方事業税の引き下げの他、生前贈与税の引き下げ、公益事業団体への出資、拠出への更なる優遇税制を行うなど、企業活動や個人、団体活動を促進することが望まれる。

 一部で日本の消費税は欧米より低いとの評もあるようだが、消費税の外にガソリン税や暫定税率、自動車関係諸税や環境税、復興税、各種の公共手数料などが存在しているので、消費税増税を行うのであれば、これらを原則撤廃することも景気対策、生活支援になろう。

 しかし既存の制度や既得権や既得利益に立つ限り、これらの措置やコスト削減は困難であろう。

3、 原発依存からの脱却 VS 結論先送り

福島原発事故により原子力発電の安全性が問われ、自民党の結論を3年後とするとの先送り論以外は、ほとんど全ての政党が原発依存を低めることで一致している。

 争点は、直ちに原発ゼロとするから2030年以降にゼロとするなど、期間の問題となっている。理由は、原発ゼロとした場合の電気料金引き上げによる経済的影響である。

 しかし原発を日本の国土で継続するか否かは、経済や日常生活への影響などではなく、日本の国土で原発の安全性が保てるかどうかという国民の生存、近隣地域社会の存続という根本的な問題なのである。巨大地震が何時来るか、巨大津波が何時来るか、誰にも予測は出来ない。また巨大災害は待ってもくれない。

 地域住民の生命と健康の問題が掛かっている以上、国民から信託を受けた政府としては、安全が確認されなければ原則として原発は再開も存続もさせないということで仕方がないのではないか。電力コストの問題については、電力会社のコスト削減努力、競争原理の導入、地域間の電力融通、電力源の多様化など、多様な選択肢がある。また電力の節減努力も必要であろう。

 しかしこの選択も、既存の制度、既得権益に立脚している限り困難であろう。

4、 統治機構の選択― 中央統制型行財政 VS 主権在民の地方分権型統治

中央統制型統治か、主権在民に立脚した地方分権による統治かは、民主党が実現できなかった課題である。戦後の統制経済の時期を経て、50年以上にわたって構築された行・財政制度であるので、3年3ヶ月の政権交代で変えられるものでもない。

 “政治主導”という言葉がマスコミで踊り、民主党は官僚を使うのが下手であると旧政権与党や一部保守層が批判しているが、主権在民のもとで国民より信託された政権与党が政治を主導し、基本的に行財政当局がこれを誠実に執行することは当然のことであろう。しかし残念なことに、日本は行政当局もマスコミや伝統的な有識者も政党が交代する本格的な政権交代に不慣れであったため、政権が交代しているにも拘らず、予算の削減、優先度の変更、予算の組み換えなどを行政当局に迫って反発され、一部メデイアも制度擁護に回った。欧米のどの国でも政権交代が有り、方針も変わる。それが国民の選択だからである。日本の各分野、各層が政権交代、政策の転換に慣れる必要がありそうだ。もっとも政権運営に経験のない一部閣僚等が、政治主導の意味を誤解し、上から指示すれば官僚が従うような高圧的な態度を取り対立を増幅させたと見る向きもある。これが事実だとすると残念であるが、やはり人を動かすためには一定の信頼関係と説得努力が必要であろう。

 上記の問題の他、破綻状態の国民年金を含む社会保障制度の改革、TPPへの交渉参加(自由化の促進か農業保護か等)、憲法を改正し、米国との集団的安全保障の実施や国防軍の創設を容認するか、そして議会運営の改善など、今後の日本の進路を左右するような重要な課題が提示されている。しかし個々の問題で政党を評価しても余り意味がない。これらの問題は全て、既存の行・財政制度や既得権益に立脚して解決を図るのであれば、何を言っても大きな変化は望めないことは経験済みだ。

現在直面しているのは、戦後の統制経済を経て確立されて来た中央統制型の行・財政制度や議会制度、運営のあり方など、統治制度をどうして行くべきかという根本的な問題なのであろう。その判断は国民の選択に委ねられている。

 (2012.12.14.)(All Rights Reserved.)(不許無断引用)

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