塩哲の色即是空

私の日常の活動状況を飾り気なく、素のままで表現する。

東京の坂道巡り 胸突き八丁

2007-01-29 07:52:28 | 坂道
 再び菊坂下へ戻り、菊坂を進む。
すぐ左手に「胸突坂」が見えてくる。
名前の通り、胸突き八丁の急な坂だ。
この坂の沿道には旅館も多く、今まで数多くの旅人や
修学旅行の学生が利用していることだろう。
 坂を上りきると、いにしえの面影が漂い、
今にも昔の文人が歩いて出てきそうな雰囲気である。


東京の坂道巡り 菊坂下の右、新坂

2007-01-29 07:48:15 | 坂道
 菊坂下から言問い通りを直進し、
50~60m進んだ右に「新坂」がある。
この坂も急勾配で、坂下にはクスノキがあり、
通行人を出迎えてくれる。
 坂上には石川啄木ゆかりの宿、旅館・太栄館がある。
啄木は、3階の三畳半の部屋で小説「鳥影」を
書き下ろしている。また、この部屋から富士山が
よく見えたといわれている。

東京の坂道巡り 本郷界隈、菊坂

2007-01-29 07:42:08 | 坂道
 東京の坂道巡り第3弾は、文京区本郷界隈(1月27日)を訪れた。
都営地下鉄・三田線の春日駅北口を下車し、春日通西方の交差点から
言問い通りに入り、菊坂下を目指す。
 「菊坂」は江戸時代最も長い坂道として有名で、本郷通までの
緩やかな上りが700mほど続く。この菊坂の左右の沿道には
明治・大正・昭和と当時の文人墨客が数多く居住していた
まさに文教の街であった。
 樋口一葉、宮沢賢治、田宮虎彦、坪内逍遙、尾崎紅葉、島崎藤村、
二葉亭四迷、宇野浩二、金田一京助、野間宏、広津和郎、玉川一郎等、
数え上げたら切りがない。
 この菊坂、当時は名前の通り辺り一帯が菊畑で、秋には辺り一面、
菊の香りが漂っていたのだろう。なんとものどかな風景が想像出来る。
 現在も昔の面影を残しながら、商店街が続く。