塩哲の色即是空

私の日常の活動状況を飾り気なく、素のままで表現する。

街を巡る 東京の名水_3 烏森泉

2009-12-31 05:26:13 | 街巡り_09
 天祖神社を後に東急東横線のガードをくぐり、「烏森稲荷」を目指
す。
 この社は、福寿寺の境内に祀ってあった稲荷をこの地に移したとい
う説と、宿山の稲荷講の信者が新橋の烏森稲荷へ参拝に行った時、狐
が白馬になって後をつけてきたことで祀ったと二つの説話が伝わって
いる。創建年は不明だが、歴史を感じさせる。
 お堂の左側に手水舎があり、大谷石の塀に取り付けられた狐の口か
ら水が流れていた。これが「烏森泉」、柄杓で水を受け止め口に含ん
でみたら、甘露、甘露だった。
(目黒区上目黒3-39-14)
烏森稲荷

街を巡る 東京の名水_3 天祖神社

2009-12-30 05:00:17 | 街巡り_09
 続いて上目黒へ向かう途中、駒沢通りから長い参道の奥に社が見
えた。「天祖神社」である。古くから“伊勢森”と呼ばれるこの地
に天照大神を祭神として祀り、創建年は不明であるが、境内には鬱
蒼とした樹木が茂り歴史を感じさせる。
 境内左隅に「庚申塔」が見られた。左側の碑は宝永5年(1708)
の名が刻まれ、講中九名の名前が彫られていた。また、右側の碑は
享保元年(1716)とあり、「これより、町さき四辻、大道、九品
仏通、右せたがい道、左ふどう道」と彫られていた道標だ。
(目黒区上目黒2-32-15)
天祖神社  庚申塔

街を巡る 東京の名水_3 浄桂院の湧き水

2009-12-29 07:59:39 | 街巡り_09
 中目黒八幡を後に駒沢通りに出て西へ。仕事等でこの通りは利用
するが、「祐天寺」(目黒区中目黒5-24-53)は通りから眺める
だけだった。門をくぐり境内へ。大きな仁王門が出迎えてくれる。
この門は綱吉の息女・竹姫の寄進建立となる。
 享保3年(1718)、増上寺36世住持の祐天上人の弟子である祐
海により廟堂を建立、将軍家の熱い支持のあった寺だ。
 祐天寺の西隣に「浄桂院」が在る。この寺の門を入ると直ぐ右側
に大きな鉢が置いてあり、竹の筒から湧き水が流れていた。ただし、
鉢の中を覗くと金魚が泳ぎ回っていたが、杓でしたたり落ちる水を
受け止め口に含んでみた。地下水だろうか。
 境内は広くないものの、奥には枯山水が拝見できた。
(目黒区中目黒5-24-48)
石標  祐天寺仁王門

街を巡る 東京の名水_3 神泉

2009-12-28 06:25:39 | 街巡り_09
 羅漢寺川跡の湧き水の場所から大きく移動し、中目黒へ入る。3
丁目にある「中目黒八幡神社」へ。寛文時代に創建されたこの社は、
江戸の頃幕府が八幡信仰を奨励した典型的なモデルである。
 長い参道を登っていくと右側に注連縄が張られた一角があり、そ
の岩穴から湧き水がほとばしり、この水が「神泉」と呼ばれている。
神々しい名の湧き水で、口に含んでみたら甘露だった。ペットボト
ル持参の参拝者が多いという。
(目黒区中目黒3-10-5)
中目黒八幡神社  手水舎

街を巡る 東京の名水_3 羅漢寺川跡の湧き水

2009-12-27 03:43:27 | 街巡り_09
 目黒不動尊の東側に「五百羅漢寺」があるが、以前、羅漢寺の名
がつく目黒川の支流があり、現在ではその川はなく暗渠となってい
る。不動尊から暗渠の上を遡っていくと、勢いよく湧き水の出てい
るところがあった。
 高い崖の最低層に湧き出る水がパイプを通して流れ出ている。と
てもきれいな水なので少し口に含んでみたが、とても軟らかな味が
した。この近くに三折坂があった。
(目黒区下目黒4-22辺り)
羅漢寺川跡  三折川

街を巡る 東京の名水_3 本居長世碑の湧き水

2009-12-26 03:51:00 | 街巡り_09
 目黒不動の広い境内の西側に本居長世(1885~1945)の石碑
がある。本居は童謡作曲家で、“七つの子”や“赤い靴”“青い目
の人形““汽車ポッポ”などの作曲者として有名。
 その碑の脇に湧き水場所があるのだが、伺った時は水気で濡れ
ていたものの、水は湧き出していなかった。
 この碑の西側に「腰立不動尊」の小さな祠があった。
(目黒区下目黒3-20-26)
腰立不動像

街を巡る 東京の名水_3 本殿手水舎

2009-12-25 06:23:47 | 街巡り_09
 本殿手前左側に手水舎がある。こちらも龍のオブジェの口から勢
いよく水がほとばしっていた。目黒不動はどこにでも水に触れられ
るところである。
 女坂を下り、精霊堂を覗いてみると左右に奇妙な姿の石像仏が安
置されていた。よく見るとこの2体は閻魔像だった。そっと手を併
せておいた。
(目黒区下目黒3-20-26)
石像仏_1  石像仏_2

街を巡る 東京の名水_3 女坂の御神水

2009-12-24 06:27:15 | 街巡り_09
 本殿へ登る坂は、正面の男坂と右側につけられた女坂がある。こ
の女坂のスロープ左壁面に鯱のオブジェがあり、その口から勢いよ
く水が流れ出ていた。この水を「女坂の御神水」という。本殿へ登
るには先ほどの男坂から登った。
 慈覚大師は唐の長安を訪れた時、清竜寺の不動明王を拝し、帰国
後に堂宇を建てた。この不動霊場は、熊本・木原不動尊、千葉・成
田不動尊とあわせて日本三大不動のひとつに数えられている。
 本殿を参った後は、女坂から下ってみた。
(目黒区下目黒3-20-26)
目黒不動尊本殿

街を巡る 東京の名水_3 独鈷の瀧

2009-12-23 03:20:52 | 街巡り_09
 仁王門をくぐると真っ先に目につくのが、本殿へ登る石段左側の
瀧泉。「独鈷の滝」(とっこのたき)だ。この水を龍御神水という。
 この瀧は、龍泉寺を開いた慈覚大師が堂塔建設の敷地を占うため
自分が持っていた法具・独鈷を投げたところ、落ちたところから瀧
泉が湧き出し命名されたと伝えられている。
 この瀧はこれまで干ばつ等の天変地異があっても、現在まで涸れ
ることなく湧き出ている。以前は、この瀧で不動行者の修行場とし
て利用されていた。
(目黒区下目黒3-20-26)
独鈷の瀧_2

街を巡る 東京の名水_3 目黒不動尊

2009-12-22 06:22:43 | 街巡り_09
 ここまで来れば数歩歩けば目黒区、商店街の続く参道を過ぎれば
通称“目黒不動尊”と呼ばれ親しまれている「泰叡山 龍泉寺」に
続く。
 大同3年(808)、慈覚大師が開創し、不動明王を本尊とする。
江戸時代は有名な行楽地として門前町は大いに賑わった。また、五
色不動(目黒、目白、目赤、目黄、目青)のひとつとして多くの
信仰を集める。
 目黒不動に伺うと真っ先に目につくのが「仁王門」。享保20年
(1735)の建立、両脇には仁王像、背面には持国天と増長天の2
像が安置され、どちらも運慶の作と伝えられている。
(目黒区下目黒3-20-26)