(飲んで、乗り過ごして、あれ・・・?@高尾駅)
神海から先の新線区間。深い谷を刻む根尾谷に沿って、トンネル&鉄橋&トンネル&鉄橋でストレートに樽見を目指すその途中、根尾川に沿った僅かな明かり区間の途中にある高尾駅。この「集落の位置と合わない高い位置にある森の中の小駅」というのは、いかにも「昭和の鉄建公団線の設計だなあ」ともいうべきバリアフリーのなさという感じがします。この時代の鉄建公団線、例えて言うならA市とB市をなるべく真っすぐトンネルと鉄橋で結んで連絡させることに重きを置いていて、その通過途中にある小駅についての利便性は特に考慮されていないのが特徴。なので、駅の名前になっている集落が駅から平気で2kmくらい離れてたり、主要国道から細道をたどった先の山の中にあったり、およそ地元の普段使いに馴染まない場所に設定されていたりするんですよね・・・
高尾駅前にある村の鎮守さま。ここにも立派な桜の古木。小さな神楽殿のようなステージを持つこの神社、高尾神社というらしい。高尾駅なんてーと、新宿とか吉祥寺で飲んだ酔客が電車を乗り過ごして連れて行かれた先、なんて雰囲気もありますが、こんなところまで連れてこられたら大変だ(笑)。淡墨桜対応の増結2連が、新しいお客さんを取りに本巣方面へ戻っていく。桜ダイヤでは、基本増便される列車は本巣~樽見間を快速運転するので、樽見での折り返し時間などもかなりタイト。神海~樽見間の新線区間には交換設備のある駅が1つもないので、こういう事になってしまうのだが。
高尾から水鳥駅に向かっては、根尾谷断層の上を築堤と高架橋で越えて行く。断層の周辺は公園として整備されていて、断層の上には「地震断層観察館」が建っている。植え込まれた桜がちょうど見ごろであった。「根尾谷断層」と言えば、明治24年(1891年)の濃尾地震によって生まれた日本最大の地震断層。地学の分野では世界レベルで有名な断層なので、教科書などにも載ってますから興味ない人でもその名前くらいは見たことがあるでしょう。濃尾地震の規模は、M8.0という内陸の直下型地震の規模では未曽有のもので、その被害の状況は岐阜県のホームページに詳しいが、死者が7,000人以上、西濃・中濃・尾西地域を中心に岐阜市や大垣町、笠松町その他での家屋の倒壊や火災による都市機能喪失。そして東海道線の長良川と揖斐川の橋梁が破壊されるなど、黎明期の鉄道路線にも壊滅的な被害をもたらしました。正月の能登地震では珠洲市で2m規模の断層が地上に露出したそうだけど、この濃尾地震によって根尾谷の地表に出現した断層崖の高さは、この地震断層観察館がある水鳥断層でなんと高低差最大6m。能登地震のM7.6は沿岸部に沿った海中の断層帯のズレなので、地震の構成自体の違いはあるものの、M8.0の破壊力というモノを発災130年の後にも伝え続けています。最近・・・というか、1995年の阪神大震災以降の日本は長期的な地震の活動期に入っていて、確実に太平洋プレートないしはフィリピン海プレートから押し込まれた力の大きな「ひずみ」がしわ寄せとなって様々な場所で大きな内陸地震を引き起こしている。太平洋プレートからの押し込みは2011年の東日本大震災で一定の開放があったのだと思うけど、南海トラフもいつ起こってもおかしくありませんからねえ。先日も高知・南予でM6規模の大きな地震が発生したばかりですが。
対岸の国道は、根尾の淡墨桜を見に行く車で大渋滞。淡墨桜って、結構な山奥にあると勝手に思っていたのだが、樽見駅から歩いて15分くらいなんだってね。今回は渋滞に巻き込まれるのが嫌だったんで行かなかったけど、駅から15分くらいなら十分徒歩圏内だと思うのは都会の感覚だろうか。逆に地方に行くと完全なる車社会なので、5分で歩けるところもクルマで行ってしまうとこはあるようだけど。お出かけは、早くて確実な樽見鉄道をご利用くださいというところ。桜のトンネルを潜って樽見を目指すモレラ号、今日は年イチの稼ぎ時。花見を楽しめるのも、平穏な日常があってこそ。地震のみならず、豪雨や水害によって常にどこかで災害が発生している日本の国だからこそ、常在防災の必要性を痛感しますね。
築堤を往く列車に、花見の人影が揺れて。
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