原題:『裸の重役』
監督:千葉泰樹
脚本:井手俊郎
撮影:西垣六郎
出演:森繁久彌/星由里子/村瀬幸子/団令子/草笛光子/児玉清/宮口精二/松村達雄/東野英治郎
1964年/日本
一見リメイクには見えない2作品について
『生きている画像』(1948年)の16年後に撮られた作品が本作である。昭和10年頃と昭和39年という時代設定も、画家と商事会社の取締役という主人公の立場がまるっきり違い、さらには原作も脚本も違う人が担っているにも関わらず、2つの作品には共通項が多すぎる。
最初に気になったシーンは、日高孝四郎が50歳の誕生日祝いとして小杉社長から贈られる、武者小路実篤直筆らしい「天に星 地に花 人に学あり」と書かれた挿絵が入った色紙である。社長室で受け取ったその色紙は日高の家で開かれる誕生日会のシーンで応接間の壁に飾られているところをもう一度アップで映される。それほど物語の内容とは深い関係がなさそうな色紙が2度も映される意味を考えてみたのである。
『生きている画像』の主人公の瓢人先生も本作の主人公の日高孝四郎も独身で、瓢人先生の弟子の田西麦太も、日高の一人娘の啓子の恋人である奥田恒夫も出来が悪く、瓢人先生は麦太の結婚に、日高は啓子の結婚に悩まされる。麦太の妻になった青貝美砂子が病床に伏せ、日高の部下の浜中平吉の妻も病床に伏せっている。
そうなると逆に違いが気になってくる。違いとはつまり改善を意味するからである。瓢人先生は麦太の結婚に反対する以外には基本的に良い人なのであるが、日高は優秀な社員で優秀であるが故に奥田や浜中の無能さを見るのが我慢できない。ところがそんな日高もスランプに見舞われてノイローゼに陥り、そんな時に昼間は事務の仕事をしながら夜にはコールガールをしている小西咲子と出会い、救われることになるのである。つまり奥田のような訳の分からない男を好きになる啓子と同じ身振りを日高自身が演じてしまうのである。ここに瓢人先生には無かった日高の深い人間味が感じられ、さらに無能だった奥田や浜中が転職した先の上野機械製作所で頭角を現すというストーリー展開により現実味を感じられるのである。
ところで主役を演じた森繁久彌は公開当時本当に50歳なのであるが、若く見えるか老けて見えるかは微妙なところである。