ゲゲゲの女房
2010年/日本
謎だらけの夫婦
総合 20点
ストーリー 0点
キャスト 0点
演出 0点
ビジュアル 0点
音楽 0点
正直に言うならば、結局、何を描きたかったのかさっぱり分らなかった。例えば、主人公の武良茂は軍人恩給の全てを自分の母に与えてしまっている。税務署員が茂の家を調べに来た理由も軍人恩給を受けているにも関わらず、申告が少なすぎるからであろうが、茂は軍人恩給を‘放棄’している理由を決して語ろうとしない。安井庄治が餓死で死んだということを聞いた時、茂は安井が本当に食べ物が無くて餓死したのか、あるいは彼が意図的に決死の覚悟で食事をしなかったのか確かめようとしない。
そのような茂の元に嫁いできた武良布枝の行動も奇妙なものである。2階にある出版社から降りてきた時、上から雑誌が落ちてくるのであるが、布枝は決して上を見ようとしないし、結局、最後まで布枝が何を基準に柱時計の時間を合わせていたのか分らない。それとも‘ゲゲゲの女房’の不気味さを表現しようとしているのだろうか?
今の風景の中で昭和30年代を演じることをコンセプトとして、‘異化効果’を狙っているらしいが、余りにも演出と脚本が酷いために、ただ手抜きをしているようにしか見えない。
実は責任回避?星野盟友・田淵「打撃コーチ」解任のカラクリ(夕刊フジ) - goo ニュース
楽天打撃コーチ重すぎる看板、外野守備→補佐そして総責任者(夕刊フジ) - goo ニュース
極度の貧打でパ・リーグ最下位に沈んでいる楽天の星野仙一監督に対して「もともと不振を
極めている打撃陣を、本西コーチがたったひとりで担当することになったのは責任が重すぎ
ませんか?」という疑問を抱くのは極めて真っ当であるが、その疑問に対する星野の答えは
「なんちゅう質問をしとるんや! (田淵)ヘッドだってなんだって、みんなでアドバイスする
やろ」、「おれは打撃コーチは打撃だけ、走塁コーチは走塁だけを教えるというようなセクト
主義は嫌い。投手の立場からみると、『好調だった去年と不振の今年とでは、ここが違っとる
ぞ』ということがわかるケースだってある。選手をよくしようという気持ちは一緒なんやから、
みんなで気付いたことをどんどん言っていけばいい」というものであるが、全く疑問の答えに
なっていない。セクト主義が嫌いであるならば、田淵幸一は引き続きヘッドコーチだけでは
なくて打撃コーチも兼任させなければ話が合わない。そもそも星野仙一が昔からの親友で
ある田淵幸一をコーチに招いている事がセクト主義そのもので、“学生運動”の延長である。