今日で八月も終わりだなと思う。
聴いていたラジオに届いたお便りに
暑いのはいやだけれど夏が終わるのは寂しい
という内容のものがあった。
その通りだなと思う。
猛暑はいやだけれどまた来年もよい夏を
というようなことをDJが言っていた。
そうであるといいなと思う。
ラジオで今日は一般的には夏休みの最後の日ということで
夏休みの宿題ということを男性のゲストと話していた。
男性ゲストが僕は要領をかますタイプだったので
提出日に提出せず、友達に写させてもらったり
いろいろ工夫してました、というようなことを言っていた。
すると女性のDJは
「私は提出日を知っていながらその日に出さないなんてことが
できない人だったので出してましたけれど
出さないでなんとかなるならそれが賢明です」と応じていた。
まあそうかもしれない。
僕が小学生の頃は「夏の友」という
学校に出入りする業者が作った問題集が
宿題としてあてがわれることが多かった。
僕はこの問題集が嫌いで、夏休みのおわりごろに
一気にやって適当に提出していた。
僕の記憶では日記形式になっている問題集で
毎日一定のペースでやっていけば
ちょうど夏休みの間に終わるように編集されていた
問題集だったけれど、そんな真面目なやりかたは
したことがなかった。
高校の頃、数学で黄色チャートが自習用に配布されていて
これが夏休みの宿題になったことがある。
一学期に習った範囲のチャートの例題と類題をすべて
やって提出するという宿題だった。
チャートは例題と類題だけでもかなりの量になる。
夏休みにまったく宿題をしなかった。
二学期になって学校に出ていって隣の席のyy さんに聞くと
宿題はやってきたと言っていた。
ちょっとノートを見せてもらった。
確かにしっかりとノートに問題を解いてある。
「すまんけど写させて」と僕は言った。
yy さんは写させてくれた。
家に帰ってくると一目散にyyさんのノートを写して
翌日に数学のG 先生に提出した。
一週間くらいたったある日、数学のG先生は授業で言った。
「この中には少なくとも二三人は友達のノートを写して
宿題を提出したものがおる。
こちらもプロやからね。同じところで同じ間違いを
複数の生徒がしていれば、ちゃんとわかるんだよ」と。
その言葉を聞いたとき僕はしまったと思った。
yyさんのノートをただ機械的に写しただけで
間違いなどチェックしなかった。
僕以外にyyさんのノートを写した人も
同じだったようだ。
しかし、僕以外にyyさんのノートを写した子がいることは
そのときはじめて知った。
そういうことだけ生き馬の目を抜くような生徒が多い
高校だった。
あとで職員室に呼ばれてG先生にお説教を
食らうものと思っていたけれど
それはなく教室で宿題を写して提出した生徒がいることを
先生は指摘しただけだった。
しかし、これは成績に響くだろうと思った。
しかし二学期が終わってみると、通知表には
定期考査でとった点数にまったく見合った成績が記載されていた。
いやあ、G先生、宿題のことは教室で一言かましただけで
あとはおとがめなしにしてくれてよかったとあのときは
しみじみと思った。
大変熱心に授業をなさる先生で
黒板に数式をぎっしり書いて
「上の段と下の段の式の正負を比較すると
これだけいっぺんに文字と数が消えますね。
はい、ありがたき幸せ」といいながら
余計な文字と数値を黒板から消していかれる
様が今でも目に浮かぶ。
いい先生だったなと思う。
今時、ありがたき幸せという言葉を教室で使う
先生ってそんなにいないと思う。
G先生は旧制教育を受けた世代の先生だった。
ラジオでは夏の終わりということで
井上陽水さんと玉置浩二さんがコンビを組んで
ヒットした夏の終わりのハーモニーを流した。
歌詞の一節
二人だけの恋のハーモニー
のハーモニーというところを
陽水さんと玉置さんで本当にきれいにハモって
美しい歌だなと思う。
聴いていたラジオに届いたお便りに
暑いのはいやだけれど夏が終わるのは寂しい
という内容のものがあった。
その通りだなと思う。
猛暑はいやだけれどまた来年もよい夏を
というようなことをDJが言っていた。
そうであるといいなと思う。
ラジオで今日は一般的には夏休みの最後の日ということで
夏休みの宿題ということを男性のゲストと話していた。
男性ゲストが僕は要領をかますタイプだったので
提出日に提出せず、友達に写させてもらったり
いろいろ工夫してました、というようなことを言っていた。
すると女性のDJは
「私は提出日を知っていながらその日に出さないなんてことが
できない人だったので出してましたけれど
出さないでなんとかなるならそれが賢明です」と応じていた。
まあそうかもしれない。
僕が小学生の頃は「夏の友」という
学校に出入りする業者が作った問題集が
宿題としてあてがわれることが多かった。
僕はこの問題集が嫌いで、夏休みのおわりごろに
一気にやって適当に提出していた。
僕の記憶では日記形式になっている問題集で
毎日一定のペースでやっていけば
ちょうど夏休みの間に終わるように編集されていた
問題集だったけれど、そんな真面目なやりかたは
したことがなかった。
高校の頃、数学で黄色チャートが自習用に配布されていて
これが夏休みの宿題になったことがある。
一学期に習った範囲のチャートの例題と類題をすべて
やって提出するという宿題だった。
チャートは例題と類題だけでもかなりの量になる。
夏休みにまったく宿題をしなかった。
二学期になって学校に出ていって隣の席のyy さんに聞くと
宿題はやってきたと言っていた。
ちょっとノートを見せてもらった。
確かにしっかりとノートに問題を解いてある。
「すまんけど写させて」と僕は言った。
yy さんは写させてくれた。
家に帰ってくると一目散にyyさんのノートを写して
翌日に数学のG 先生に提出した。
一週間くらいたったある日、数学のG先生は授業で言った。
「この中には少なくとも二三人は友達のノートを写して
宿題を提出したものがおる。
こちらもプロやからね。同じところで同じ間違いを
複数の生徒がしていれば、ちゃんとわかるんだよ」と。
その言葉を聞いたとき僕はしまったと思った。
yyさんのノートをただ機械的に写しただけで
間違いなどチェックしなかった。
僕以外にyyさんのノートを写した人も
同じだったようだ。
しかし、僕以外にyyさんのノートを写した子がいることは
そのときはじめて知った。
そういうことだけ生き馬の目を抜くような生徒が多い
高校だった。
あとで職員室に呼ばれてG先生にお説教を
食らうものと思っていたけれど
それはなく教室で宿題を写して提出した生徒がいることを
先生は指摘しただけだった。
しかし、これは成績に響くだろうと思った。
しかし二学期が終わってみると、通知表には
定期考査でとった点数にまったく見合った成績が記載されていた。
いやあ、G先生、宿題のことは教室で一言かましただけで
あとはおとがめなしにしてくれてよかったとあのときは
しみじみと思った。
大変熱心に授業をなさる先生で
黒板に数式をぎっしり書いて
「上の段と下の段の式の正負を比較すると
これだけいっぺんに文字と数が消えますね。
はい、ありがたき幸せ」といいながら
余計な文字と数値を黒板から消していかれる
様が今でも目に浮かぶ。
いい先生だったなと思う。
今時、ありがたき幸せという言葉を教室で使う
先生ってそんなにいないと思う。
G先生は旧制教育を受けた世代の先生だった。
ラジオでは夏の終わりということで
井上陽水さんと玉置浩二さんがコンビを組んで
ヒットした夏の終わりのハーモニーを流した。
歌詞の一節
二人だけの恋のハーモニー
のハーモニーというところを
陽水さんと玉置さんで本当にきれいにハモって
美しい歌だなと思う。