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「蟹工船」日本丸から、21世紀の小林多喜二への手紙。

小林多喜二を通じて、現代の反貧困と反戦の表象を考えるブログ。命日の2月20日前後には、秋田、小樽、中野、大阪などで集う。

小林多喜二の南小樽

2010-03-14 10:02:11 | 多喜二と地域ー北海道、東北、東京、関西
小林多喜二の小樽


小樽は都会だと思う。
多喜二が生きていた時代のことだ。

新興都市空間として、東京・阿佐ヶ谷などより都市空間としてはモダンな空間だっただろう。

だから、多喜二が上京して目にした東京の景色は、それほどのインパクトをもたなかったのではないかと思う。

多喜二は時代の先端に、つぎはぎだらけのスーツを着て立っていたと思う。

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