多喜二拘束事件、思い起こして 伊勢崎で講演など
「朝日新聞」2010年8月22日
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プロレタリア作家の小林多喜二=1931年ごろ東京で撮影 |
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旧菊池邸の前に立つ長谷田直之さん。多喜二らはこの庭で拘束された=伊勢崎市北千木町 |
「蟹工船」で知られるプロレタリア作家小林多喜二(1903~33)が思想弾圧が厳しくなっていた1931(昭和6)年、伊勢崎署に拘束され、詰めかけた民衆の力で釈放された。舞台となった伊勢崎市などで、事件を思い起こすイベントが行われる。今年4月に亡くなった作家井上ひさしさんが多喜二を描いた戯曲「組曲虐殺」に関する講演をメーンに、来月まで随時開催される。
イベント「伊勢崎・多喜二祭」を主催する同実行委員会によると、事件は同年9月6日に起こった。多喜二は、プロレタリア作家中野重治らとともに、旧茂呂村在住の菊池敏清ら左派青年に文芸講演会の講師として招かれ来県。現在の伊勢崎市北千木町にある菊池邸に20~30人ほどの青年らと集まっていたところ、トラックで乗り付けた伊勢崎署員にほぼ全員拘束された。
これを知らされた講演会の聴衆らは、500人ともいわれる人数で署に詰めかけ、署員と乱闘。署員全員が署から退去する事態となり、当局側が翌日多喜二らを釈放した。
治安維持法のもと思想が厳しく取り締まられていた当時、当局が民衆に屈することはほとんどなく、講演会主催者の1人で拘束もされた菊池邦作(故人)も「戦争前としては常識上ちょっと想像もできないような珍しい事件」と回想している。
「多喜二祭」は、多喜二没後75年となった2008年に初めて開催。今年は、当時の司法省の内部資料のうち、事件を記した部分も、証言や当時の記事とともに冊子にまとめた。実行委の塾講師、長谷田直之さん(54)は「この史料で、語り継がれていただけの事件の真実がさらにはっきりした」と話す。
事件に合わせ来月5日にあるメーンの講演会は、井上ひさしさんの最後の戯曲となった「組曲虐殺」について、30年以上多喜二文学を研究し、ひさしさんの友人だったフェリス女学院大の島村輝教授(日本近現代文学)が話す。
戯曲の中で多喜二は「あとにつづくものを信じて走れ」と歌う。長谷田さんは「全国的にも知られていないこの事件を知ってもらい、残していきたい」と話す。(木下こゆる)