特にこれと言ったコンセプトのないブログ 2015年10月意識低い系を宣言。

私の辞書に努力と継続と言う文字は無い。
1999年人類滅亡を信じて生きてきたが
その後も惰性で日々を送っている。

エアコンつきジープ

2008年10月31日 | フィリピン
私のように地方都市からマニラに上京してきた田舎者には、エアコンつきのJeepが珍しく感じる。

もうすぐこの街を離れることになるが、今さりげない光景として眺めている高層ビルが懐かしく感じることになるかもしれない。

ξ ギリシャ文字クサイを使いましょう!

2008年10月30日 | フィリピン
2008年10月30日 (木)
08:27得に何かがあるわけでもないのだが、坦々と日々が過ぎてしまうというありがちなパターンにはまっている。考えてみればそうなるもの当然だ。何しろ、自分が主体となって行動していることが少ないからだ。皆無に等しいといっても過言ではない。Makatiの職場に通うこと自体もなんだかこれがある種のルーティーンになっているからそうしてるだけで、そこで行われる行為そのものについて意義を見出しているわけでもないのだ。何はともあれ、今月も残り僅かで終わることになる。間もなくすると、今年も後僅かで終わるといっている自分の姿が今から想像できてしまうのがなんともいえない今の状況を反映しているようである。

ところで、ギリシャ文字に臭いというのがあるの世間に広める使命があったのにすっかり忘れていた。ξ←小文字 大文字は、漢字の三ににています。日本語でくさいとタイプして変換するとでてきます。

使用例文
ドリアンはξですね。でも変換を間違えるとドリアン白菜ね。になりますのでご注意を!!

バスの車窓から見かけた全裸の男

2008年10月27日 | フィリピン
タイトルの通りなのですが、完全に全裸です。ポイ捨てされたタバコを拾って吸っていたので、ジャイナ教の裸行派ではないでしょう。あまりにも堂々としていたためあまり違和感はありませんでしたが、やはり周りの人は唖然という感じで注目していました。不思議と体は汚れていなかったので、健康優良児が大人になったようで不快な印象はありませんでした。

持ち物のは口に銜えたタバコ以外何もありませんでした。簡素な暮らしを実践している人を見たという感じだった。

損失

2008年10月25日 | フィリピン
2008年10月25日 (土)
10:03世界的株安で当然中国の株価も低下している。フィリピンにいる間ほったらかしにしてあった、中国株の投資信託も今頃紙くずのような値段になっているに違いない。こうなったら、更に5年間放置しておくしかないのかもしれない。
現地採用としてここで半年働いて60万円チョイの給与所得を得て、その10倍以上の金額を投資という名のマネーゲームで損失してしまった。なんだか、低賃金で働くの馬鹿らしくなってしまった

生活費

2008年10月24日 | フィリピン
フィリピンでの物価、日本から来る人や、日本からの送金を受け取っている人にとっては、円高の関係で相対的に割安になっているはずだ。

フィリピンに現金の手持ちがある場合、その財産を日本円に換算するのはやめておいたほうが無難だ。といっても、難しい計算をするわけでないので、すぐにわかってしまう。私の場合、軽く何百万が消えてなくなったような気になっている。

もっとも、何年か前、一万円がP3700だったころ、手持ちの財産が円換算で増えたと思ったこともある。

今思うとまったくのぬか喜び、まあ外貨預金で損をしたような感覚だ。


ランボー ビルマ編? 耳が痛い名台詞

2008年10月23日 | フィリピン
2008年10月23日 (木)
08:32Live for nothing or Die for something 先日DVDで観たビルマを舞台にした映画ランボーの最新版の中で、主人公が言っていた。

今の自分は明らかに前者である。まあ、これがありのままの自分の姿であると納得しているので、わざわざミンダナオの反政府と関わったり、パキスタンやアフガニスタンに危険を冒してまで出かけたいとも思わない。しかし、日本が危機になっても後者のような行動をしないような気がしてならない、というのも自分には、祖国という感情が希薄だからだ、帰属意識は皆無に等しい。祖国が無いので、祖国の危機などありえないのである。

スペインのフランコ政権と戦うために自ら義勇兵として参戦した勇者とはどえらい差である。考え方を変えれば平和ボケしているということなのかもしれないが、なにはともあれビルマの軍事政権下で基本的人権はどの程度保障されているかが気になってしまった。あの映画内の状況は相当現実からかけ離れていれば良いと思うのだが。

搾取社会

2008年10月21日 | フィリピン
マニラでのフィリピン人の生活は楽ではない。4年生の大学を卒業して手取り給与は、P10,000約2万円、個室を借りればP2,500、この国では交通費支給はしないのでそれも全て自腹、勤務先まで少し距離があれば、一日P60くらいの出費になるので、一月P1,500は必要、食事代にP3,000。これだけで残額はP2,500、光熱費、携帯電話代やその他諸々も当然必要なので、殆ど余らないのだ。しかも、多くの会社でサービス残業が当然のように行われているのだ。

やっぱり、搾取社会。

そのまま貧困とは?

2008年10月20日 | フィリピン
今朝、いつものようにチャンネル25で毎朝放映されている、ドイツ系テレビ局で製作されたニュース番組でインドの特集をしていた。最近ではインドの経済がかなり発展しているという話をよく耳にするので、インドもだいぶ変わっているのかと思いきや、その実態は経済の発展とは、富を所有する資本家が富を蓄積をするだけで、貧しき大衆はそれこそ自分が訪れた今から20年前の生活と全く同じような暮らしを強いられていた。

死本主義に不可欠なものは、浪費と貧困。

クリスマスのイルミネーション

2008年10月18日 | フィリピン
2008年10月18日 (土)

08:23結局、雇用主側の諸般の事情で今月まで仕事をすることになった。

通勤途中にRCBCビルの脇を通るのだが、今朝クリスマス用のイルミネーションの飾り付け作業が始まっていた。たしかに、もうすぐクリスマスである。そういえば自分も以前東京福生市の米軍基地に面した通りの街路樹にクリスマス用のイルミネーションを設置したことがある。Bacolodのような地方都市では、それほど大規模で派手なイルミネーションは見られなかったが、Makatiのような都会ならそれなりにきらびやかな雰囲気を味わえるのではないだろうか。

さてさて、今年のクリスマスは何処で何をしていることやら???いまだに予想ができない...。

新語 “ チュニート ” を提言します。

2008年10月17日 | フィリピン
最近知ったことなのだが、フィリピンに滞在している間に “ニート” という言葉が生まれているようだ。日本に帰った場合自分もこういうカテゴリーに分類されるのかと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。具体的に文献に明言してあったわけではないが、この新しい言葉の範疇に自分を組み込むには年齢的に無理があるようだからだ。

そこで無理に自分を既存のカテゴリーに組み込むのではなく、自分から新たなカテゴリーを提言しそれを自己のアイデンティーにすることにした。そこで必要になるのはまずわかりやすいネーミングと概要ということになる。名称は “チュニート” 定義は極めて単純に言うと中高年版ニートである。

そんなわけで今日からこのブログは、チュニートを考えることも新たなテーマに加えることにする。特にメンバー募集をしているわけではありませんが、私もチュートかも??という人はコメント大歓迎です。

久々の路上観察日記!

2008年10月15日 | フィリピン
今朝も例によって徒歩で通勤した。道すがらの歩道で貧しい人が多いこの国でも、貧しさが際立ってしまうほどの汚い身なりをした3人家族を見た。こういう身なりをしているからといって彼らを哀れんだり、同情しようというわけではない。ただ、4歳くらいの子どもが、パンツも履かずにいたので、この家族の姿が目に入ったのだ。正直なところ、何をしているか察しが着いたので、それを確認したくは無かったのだが、目を閉じて歩くわけにも行かないので結果としてその様子が視界に片鱗に混入してしまった。何をしていたかはあえてここでは書かないが、小さな子どもを抱えて路上生活をしていると予期せぬ事態が起こるので大変だと思った。

自分自身が中産階級以下の家庭に生まれ育ち、今ある意味それ以下の生活に落ち込んでいる現実同様、こういう人々が今いる状態から脱するのは容易ではないだろう。ただ、今自分自身が苦労をしてまで今の状態から脱したいと思っていないように、こういう人々もまた、現状を享受しているのかもしれない。

記憶、思い出等々

2008年10月14日 | フィリピン
悲しい別れと悲しくない別れ。別れとは前者のことだと思う。悲しくもない別れは別れと呼ぶには不適切だ。別れの予感に悲しさを感じたのなら、それは別れの始まりだ。悲しいという感情が良い思い出へと変容するには、時間が必要だ。それの経過だけが唯一の解決策なのかもしれない、少なくとも出会いが無ければ別れも無い。出会いがあるということはその当事者がお互いの存在を認め合いその時間を共有したことがあったのだ。幸いにも人間には忘却という機能も備わっている。もちろん完全に消し去ることはできないし、またそうする必要もないのだ。

最近思うのだが生きるということは、こうやって記憶を積み重ね、塗り替えていくことの連鎖なのだではないだろうかとうことだ。もし今から数年後に、あの頃何をしてたのか良く覚えていないということになるとしたら、それはそれで何も無かったという記憶であるのだろうが、やはり何か思い出せて、たとえそれが感傷的な気分を引き出し、時には嫌な気分になったとしても、単純な日々を繰り返すだけの何もなかったような日々を思い出すよりははるかに素晴らしいのではないだろうか。

気まぐれ

2008年10月13日 | フィリピン
土曜日、SMメガモールに行った。楽器店で売られているピアノでショパンの別れの歌を弾いている人がいた。とっても上手だったので、こんな風にピアノが弾けたらいいなと思った。ちなみに最近、人を羨ましいと思うことは楽器の演奏の技量についてだけだ。これから暇になるのでピアノでも買って練習しようかなどとも考えたが、日本でカシオのキーボードを買って殆ど使わずに売却してしまったことを思い出し、辞めておいた方がいいと思いなおした。

秋の風

2008年10月11日 | フィリピン
個人的に今一番のニュースは為替相場が$1=約¥100になってしまったことである。
このニュースと関連があるかは不明だが、今月に入ってから月日の経過に加速がついている。こう年末が近づいているということだろう。そういえば、今朝ここMakatiの街にも秋を彷彿させる爽やかな風がそよいでいた。普段は土曜日だというのに出勤している自分の姿に物悲しさを感じるのだが、今朝はこの風のおかげで快適に歩くことができた。

そういえば、昨日初めてFXという公共交通機関を利用した。10人くらい乗れるバンで室内はエアコンが効いていた。料金はP14といくらかジープより割高だがその分かなり快適だった。なるほど、通勤帰宅ラッシュの時にこれを利用するために列を作って順番を待っている人がいたわけだ。

セブパシフィック

2008年10月10日 | フィリピン
今から一ヵ月後には仕事をしていない。暇な生活に再び回帰するのだが、なるようにしかならないと思っている。日本に帰って運転免許証の更新をすること以外には、特にこれといって具体的な予定はない。最近セブパシフィックが他社と比べて大幅に安い値段で大阪便を運行し始めたので、それに乗って帰国することも考えている。でも、機内食も映画もないので退屈しそうである。