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 フェニックスは、エジプトの神話に出てくる霊鳥だ。数百年生きると焼け死んで、また生まれ変わる不死の象徴だ。

 「巨大な不死鳥」と名付けられた高速増殖炉「スーパーフェニックス」を見たのは二十数年前だった。フランス・リヨン近郊のローヌ川沿いの町である。高速増殖炉は、理論上は、使った核燃料よりも多くの核燃料を生むという。職員の説明には、核技術の最先端に居るとの誇りが強く感じられた。

 世界唯一の実証炉だったその「不死鳥」は、後に冷却材のナトリウム漏れなどで運転が止まった。98年には廃炉と決まる。その報には、世界有数の原発推進国での変化が感じられた。

 福井県にある高速増殖原型炉「もんじゅ」の設置許可をめぐる上告審で、最高裁が、国の許可を無効とした二審判決を破棄した。逆転敗訴した住民側が提訴したのは85年だった。提訴からこれまで、20年もの歳月を要した。そして判決は大きな幅で揺れ続けた。住民側には、受け入れがたい思いが、強いだろう。

 判決は「設置の安全審査に見過ごせないミスはなく、許可は違法ではない」と述べた。しかし、設置許可が違法でなかったと認定したことと「もんじゅ」が正常に運転できるかどうかは別の問題だ。

 「不死鳥」にしろ、文殊菩薩(ぼさつ)にちなんだという「もんじゅ」にしろ、設置者の命名の思いは、わからないではない。しかし、その現場で日々仕事に取り組んでいるのは生身の人間だ。核エネルギーの制御という、未知なことの多い極めて困難な試みには、常に慎重さと謙虚さが求められる。

 世界で唯一の高速増殖原型炉(文殊)に課せられた使命は重大である。フランスは断念して、次の技術である核融合へ進もうとしている。どちらにしても日本の世界への原子力技術への貢献は必須である。

高速増殖炉の恐怖―「もんじゅ」差止訴訟

緑風出版

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 僕らの仲間が一人増えた。待望の女性だ。Nさんが、いてくれることで周りが明るくなるから嬉しい。大阪生まれの大阪育ちだから、口は達者である。でも、やるときにはやるという、根性ももっている。パソコンに向かって、ドリームウィーバーを理解されている姿は、真剣そのものである。そもそもNさんが車いす生活になった原因は、ぎっくり腰である。職場で、カメラのレンズが入った箱を、何気なく持ち上げたときに、「ギク」ときたのである。病院に行くまでもなくその場でその痛みは治ったのであるが、数日後、友達とバトミントンをしていると、左腕が異常にいたいので、病院で精密検査をしてもらった。その原因が、腕ではなく、腰にあることが解った。椎間板がずれていたのである。早速手術をしてもらい、腰の痛みは消えたのであるが、やっかいなことに、20年後にその痛みが再発したのである。病院で手術をしたのはよいが、失敗してしまって、現在のような車いす生活になってしまったという。「腹立たしい事ですなあ。」

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 今日何気なく新聞を広げていると、大臣自らJR西日本に赴いて、査察をしたとあった。さすが公明党出身の北川大臣のやることは凄いし、すばやいし、要領を得ている。公明党は民衆と共に戦い、民衆と共に死んでいく党であるから、僕らが応援するのである。北川大臣の行動を見ていると、それが伺える。

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洗顔後のモチモチ感がイイ!
肌が「みっちり」して、水分で満たされている感じがしてサイコ~♪適度なハリとツヤもいいかな。飲み忘れた日は、なんだか自分がしぼんでるみたい…。自己満足でも飲み続けたいです!

近藤多恵子さん/32歳

初めてのコラーゲン系サプリでした。肌のしっとり感、毛穴への効果は感じられました!
1日2回、大さじ1杯あるいはティースプーン2~3杯をコーヒーや紅茶に入れて飲んでいました。 飲み始めて2・3日くらいで、体中がしっとりしてきてハリが出てきました。値段も安いので是非、お勧めです。

浅利美智代さん/36歳

マイクロコラー100を飲むようになってから、友人たちに合うたびに「若くなったね」と言われます。シワも目立たなくなり、顔全体が明るくなった感じがします。

小宮山房江さん/53歳

飲み始めてからすぐにお肌がしっとりと潤う感じがありました。ハリも出てきたのか、毎日のお化粧のノリも断然ラクに!今ではお化粧が楽しみになっています。

川上佳子さん/42歳


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 明治4年の初夏、岩倉具視(旧500円札の人)ら高官が集まり、開国日本の服装はどうあるべきか激しく論じた。和服派は「衣服まで外国をまねるのは愚か」と訴えたが、洋服派が「外国との交際に欠かせない」と説き伏せた。世にいう「洋服大評定」である。

 あの時もし洋服派が敗れていたら、と夢想してみる。よもや衣冠束帯や羽織はかまが現代まで続くようなことはあるまい。だが亜熱帯に近いこの国で、真夏にネクタイを締める人口は今よりはるかに少なかったはずだ。

 大評定から130余年、戦時下を除くと国会や省庁ではずっとネクタイ着用が基本とされた。だが、来月からは閣僚や官僚たちがネクタイなしの勤務を始める。地球温暖化対策の一つという。

 音頭を取る小池百合子環境相は「日本の男性は過剰包装。ネクタイで暑さに耐える我慢大会をやってきた」と言う。必要に迫られてネクタイを着けてきた身には、あれこれ異論もあるだろう。

 それにしてもネクタイ業界は音なしの構えだ。「不満はあるが、業界にはいま政治にもの申す余力がない。どう生き残るかで精いっぱいですから」と東京ネクタイ協同組合理事長の小堀剛さん(70)は話す。石油危機ではノーネクタイを勧めた通産省にすかさず抗議したが、それも今はむかし。ネクタイ離れが進み、格安の中国産が流れ込んで、戦前から続いた老舗(しにせ)が次々倒れた。

 環境省は来月5日、財界人らをモデルに夏服ショーを開く。政官界から民間へ。意気込みはわかるが、あまり政府に宣伝されると逆にネクタイを着けたくなる天(あま)の邪鬼(じゃく)もいる。

 私は病気のせいもあり、夏の暑さは耐え切れないほどだ。会社に行ってた時は、しょうがないからネクタイを絞めて、出勤していたが、すぐに暑くなって外していた。私はノーネクタイ大賛成である。自宅に帰ると、直ぐにランニング姿になる。



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