慶喜

心意気
「明日迄の命の気持ちで、人生を!」
「不老不死の気持ちで、知識の習得を!」

「中華思想」「アヘン戦争」「海へ出る中国」

2023年05月02日 | 地政学
🌸「広い海」が欲しい.中国の地政学1

中国から見た世界
 ☆中国は、内陸も支配し太平洋に打ってでたい
 ☆中国が今の形になるまでには長い歴史がある
 *群雄割拠の春秋・戦国時代、秦の始皇帝が天下統一
 *その後、漢民族が主として中国大陸を支配しつづけた
 ☆漢民族による「中華思想」とは
 *自分たちは周辺の異民族よりはるかに優れていると考え
 *中国が世界の文化、政治の中心であり
 *他に優越している考える中華思想を元に
 *漢民族は周辺の異民族に対して上下関係を明確にする
 *冊封・朝貢体制を作り上げた
 ☆冊封とは
 *周辺民族から朝貢を受け、国王の称号や印綬を与える
 *周辺の異民族は漢民族に服属するという意味合いをもたせた
 ☆その後、中国は王朝が「争っては滅亡する」歴史を繰り返す
 *17世紀中ごろ明朝滅亡戦争で漢民族の明朝は滅亡した
 ☆満州人を中心とした清が興る
 *清による轄領、朝貢国等を含めた勢力
 *ロシア国境付近の黒竜江流域から
 *朝鮮、琉球、台湾、ベトナム、タイ、チベット等にまで及んだ
 *スベイン、オランダ、イギリス等との交易も盛んに行われた
 *銀が大量流入したことで清は、経済的繁栄も得た
 ☆清の勢力の広がりより考えると
 *清の皇帝がまず制圧したかったのは内陸部だった
 *内陸部以外の国々
 (朝鮮、琉球、台湾、ベトナム等沿岸部等、台湾を除いては朝貢国)
 *強い影響を及ぼす直轄領や問接続治領は、内陸へと広がっている
 ☆その後、中国は西欧列強による半植民地時代
 *日清戦争、辛亥革命、第一次、第二次世界大戦などを経て
 *現在の中国の形となる

アヘン戦争(イギリスに敗れ、香港を割譲)
 ☆明の滅亡後、周辺の異民族までも影響下に置いていた清
 ☆欧米列強の勢いなど関係ないかのようだった
 ☆18世紀半ばにイギリスの東インド会社による
 *中国貿易激増したあたりから、雲行きが怪しくなってくる
 ☆イギリスは、自国の工業製品をより多く売りつけるために
 *中国との自由貿易を求めていた
 *中華思想で、他国から「朝貢」されることに慣れきった清
 *強硬姿勢で、貿易に設けた制限を広げようとしなかった

 ☆アヘン戦争とは
 *イギリスと清の間で勃発し2年間続いた戦争
 ☆背景に、アジアに 大拠点を築きたいイギリスの野心があった
 *物資が豊かな清は輸入の必要があまりなく
 *その清を相手に継続的にうまい商売をするには
 *清国民を麻薬中毒にしてしまうくらいしか方法がなかった
 ☆清にアヘンの輸入量を増やすことで
 *清全土の市場を開放させ、重要な貿易港へ
 *自由なアクセスを手に入れることがイギリスの狙いだ
 *アヘンの輸出は、そのための布石だった

太平洋二分論(海へ出る中国)
 ☆中国の統治者には、大きな意識変革が起こった
 *これからは内陸ではなく海に打って出る方針へ変化した
 *中国は、かってのイギリスと今のアメリカが
 *海洋国家で世界覇権をとったように、内陸国家の性格を変えて
 *今こそ海へと進出し、覇権国家になろうとしている
 ☆習近平は、海に打って出た初の国家主席といえる
 *中国という内陸国家を海洋国家へとシフトさせようとしている
 ☆島国である日本にとっても
 *周囲の海の帰属問題、国家の安全保保障に直結する
 ☆日本を取り囲む海の帰属問題がどう動くか
 *日本のリーダーが動かしていくかを、注視しなければならない
 ☆中国の歴史を見ると
 *今どうしても海へと進出したい中国なりの事情が見えてくる
                     (敬称略)
⛳知識の向上目指し、記事を参考に自分のノートとしてブログに記載
⛳出典内容の共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介
 ☆記事内容ご指摘あれば、訂正・削除します
⛳私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
⛳投資は、自己責任、自己満足、自己判断で
⛳詳細は、出典原書・記事・番組・画像でご確認ください
⛳出典、『新地政学』






「中華思想」「アヘン戦争」「海へ出る中国」
『新地政学』記事他より画像引用)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 対話AIメガバンク活用検討 | トップ | 高齢者うつ、 辛い本人と見守... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

地政学」カテゴリの最新記事