人生晴れたり曇ったり

「辛酸を嘗めた私の闘病日記」2年半の闘病生活の峠を越え、その後の元気な日常を画像を加えながら不定期ですが書いています。

重い腰を上げますか?

2022年09月07日 | 冊子(人生晴れたり曇ったり)

ようこそ

「重い腰を上げますか」と書きましたが、腰が痛くて重い訳ではありません。久しぶりに投函したと言う意味です。

健康で穏やかな日々を過ごしていると、7年前のガン治療の記憶が薄れてきます。その位の時間が経過した。

辛かった闘病生活も今は昔。当時は、その日その日を生きるのが精いっぱいの時もあり、まさかこんなにも元気に長く生きる事は想像もしていなかった。

好きだったゴルフは出来ない体にはなったが、その代わりに老後資金が増えたと思うようにしている。二つが同時に達成されるのが一番だが、無理な話である。これで十分に満足している。

そんな訳で今では、掛りつけ医に月に1度、兵庫医科大が3か月に1度、豊岡病院は年に1度の検診となっている。同年代の健常者の人とさほど変わりは無い。ありがたい事であるが、やはり今でも「ガン」と言う字を見つけると、やはり目を止めて見入っている自分が居る事に気づかされる。

しかし、「ガン」は、一度治療を受けたからと言って、免疫が出来る訳では無く、経験者でない人と同じ位の確率で、また罹患する可能性のある厄介な病である。また、コロナと違い拡大したり縮小したりも無く、安定的に毎年約38万人が新たに罹患しているので、死者もコロナの比ではない。ただ、感染症でないところが少し違うが、恐ろしい病で有る事には違いない。

私は最初に告知されたガンが「膀胱がん」であったので、少しはビックリしたが、大きな動揺はしなかった。生存率も高いガンである為だ。次に受けた告知は「前立腺がん」で、これも大きな動揺は無かったと記憶しているが、立て続けに告知されたので、「またか」との思いはあった。

2度目の術後は流石に生死をさまような辛さは味わった。「もう、死んだ方がましだ」とも思える辛さであった。治療用のの点滴を何度も抜こうと考えた事もあった。

ようやく退院も近づいたある日の最終検査で、またも別の場所に腫瘍らしき物が見つかり、半年間の経過観察を経て生体検査をすることになり、右の脇腹を手術して腫瘍を検査してもらった結果、3度目の告知となる「悪性胸膜中脾腫」との事。

流石にこのガンは生存率も極めて低く、考える事は「死」ばかりの生活から「うつ病」を患い検査する事に。その後、病院を豊岡病院から兵庫医科大学病院へと変更した。変更したと言うより紹介された。

初めて行った兵庫医科大の主治医の先生から「手術をしますか?しませんか?」との問いに、「次回までに考えておきます。」としか言いようが無かった。説明の中での術後の生活について「寝たきりで、酸素吸入器が必要になる可能性が60%」と言う言葉を聞いていたので、帰りの車の中では妻に「もう手術はしない」と伝えた。

それと言うのも、何の不自由も無く、痛くも痒くも無く、普通に生活していたので、「この状態が何時まで続くかは分からなかったが、その時が来たら、それはそれで受け入れるしかない」と言う気持ちだった。2度目の術後が辛過ぎた事あっただろう。

結果的には、手術をしてもらい、こうして現在は穏やかで楽しく過ごしている。感謝感謝感謝である。

もう、これらも遠い昔話になりかけているが、感謝の気持ちは変わらない。ありがとうございました。

と言う事で重い腰を上げて、久しぶりに投函しました。「便りが無いのは元気な証拠」です。

お大事に

また、お会いしましょう。お気を付けて

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