人生晴れたり曇ったり

「辛酸を嘗めた私の闘病日記」2年半の闘病生活の峠を越え、その後の元気な日常を画像を加えながら不定期ですが書いています。

峠越え

2020年03月18日 | 冊子(人生晴れたり曇ったり)

ようこそ

丁度、今から5年前、私は頻尿で苦しんでいた。2時間と我慢する事が出来ずにトイレに駆け込む生活を余儀なくされていた。仕事柄、車で配達をする事も多く、公衆トイレを探すのに苦労した事を思い出す。その当時に私は60歳を迎え様としていた。「年のせいだろう」との思いから受診はしなかった。

しかし、ある日から夜中に頻度に目が覚めて、1時間おきにトイレに駆け込むようになり、ようやく重い腰を上げて、掛かりつけ医を受診すると、すぐに総合病院を紹介され、翌日早速に受診すると検査が始まった。出た結果は「膀胱がんです」との事。生まれて初めての「ガン告知」であった。ガンの告知と言う言葉は知っていたが、「まさか自分が」との思いであった。

早速に次回の手術の予定を組まれ、病院から妻に連絡を入れると「えっ」との事で絶句している。重苦しい思いのまま病院を後にした。「これからどうなるのだろう」「命は大丈夫なのだろうか」そんな心境であった。

その後も次々とガンに襲われる事になるのだか、始まりはここからであった。

先日、予定されていた豊岡病院の泌尿器科を受診した。丁度5年目の節目の検診であった。造影剤の点滴を受けCT検査、尿検査、血液検査などの検査を終了し、主治医の先生の問診が始まった。

結果は、「転移や再発も無く、異常は見当たりません」との事で、無事を告げられ、胸をなでおろした。「5年が経過しましたので、今後再発や転移に発展する可能性は、少ないと思います。今後は、人口膀胱の腸管膀胱の異常はあるかも知れませんが、」との事であった。

主治医の先生も今では、豊岡病院の副院長として責任ある立場になられている。私のその後の悪性胸膜中皮腫の発見の恩人の先生でもある。

昔話に花が咲き「大きな手術でしたが、よく回復されましたね」と労いの言葉を頂いた。

節目の5年生存を向かえ、ほっとした爽やかな気持ちの一日となった。「先生、お世話になり、ありがとうございました」

そして、多くの皆さん「ありがとうございました」

では又ね

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一大事

2020年03月05日 | 冊子(人生晴れたり曇ったり)

ようこそ

もう半年ほど、毎日隣町の京丹後市峰山町に給食の配達に出かけている。

市内に入り、一軒目の取引先に無事給食を納品して、2件目の大口先の会社へ配達に向かった。何時も通りの工程である。

その途中で事件と言うよりは、事故である。2トンの冷凍車で配達しているのだが、左前輪から異音が聞こえたので、トラックを止めて左前輪を見ると、パンクして、少しバーストを起こしていた。タイヤ交換をしようとスペアタイヤを確認し、足でけって見ると空気圧も有りそうだったので、作業に取り掛かろうとしたが、有ろうことか作業道具やジャッキが積んでいないではないか。

2件目の大口先までは、通常では10分ほどの距離だが、歩いて運べる距離では無い。時間も決められているので、冷や汗ものだ。

仕方なく、ハザードランプを点けながら、時速10キロ程度で左端に寄せながら、恐る恐る走行し、何とか目的地には到着し、無事に給食弁当50食程を納品する事が出来た。

配達先の人にお願いし、タイヤ交換の工具一式を借りる事が出来て、無事にタイヤ交換も終了。皆さんご親切にありがとうございました。お陰様で、ここから先の配達も無事に終了。

当然の事ながら、タイヤはボロボロ。古いタイヤだったので、まぁ仕方がない。峰山の配達も全て無事に終了し帰社した。

私も大病を患ったが、今では、この程度の仕事や作業は難なくこなせるまでに回復している。ありがたい事である。

夕方には、掛かりつけ医に定期健診に出かけたが、血圧も異常なしで、何時もの薬を処方してもらい、今日はこれで退社となった。

私は良いのだが、先日の同級生の彼は、相変わらずの意識不明で、山場を向かえている。私の会社の仕入れ先に彼の長男が勤務していて、納品の担当者に聞くと、やはり昏睡状態だと言う。明暗が分かれてしまっているが、何とか踏みとどまって欲しい。一緒に闘病生活や入退院をして、励まし合った仲なのに辛い知らせだ。奥さまの携帯も繋がらない状態である。

辛いだろうが、奇跡が起きる事を願っている。

では又ね

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