なんとなく、漠然と、これまで本棚を作ってきた延長として、何か新しいことができないかと考えていた。
――我が家では部屋々々の壁の14面に本棚を作り、それでもまだまるまる一部屋の4面を本棚で埋めたいと思っているが、ちょっと面白いアイデアを追求したいと考えているので、しばらく小休止している。
当然のことではあるが、本棚にずらりと本が並んでいると、どの本棚も同じような「風景」に見えて、いささか退屈な気分になる。
そこで、何か気分転換ができないかと考えていたところ、先月だったか、NHKのアートシーンで、ジョゼフ・コーネルの〝箱〟が紹介されていたのを見て、そういえば、2年ほど前の日記でも、自分がコーネルのような方向性を模索していたことを思い出した。
あのときはただ「考えた」だけで終わってしまったが、今回はすぐにでも行動に移りたい気分だった。現場に入っているあいだも、もどかしいくらいの気持ちで、やっと時間が自由になると、まずわたしはダリの作品集からいくつか好きな作品をプリントアウトして、それをベニヤ板に貼り付けた。
《十字架の聖ヨハネのキリスト》に枠を作り、キリストの下方に木片を二ヵ所で取り付けただけで、手が止まってしまった。
次にわたしは、《たそがれ時の隔世遺伝》をベニヤ板に貼り、さらに8コマの写真やイラストをネットから探し出してレイアウトした。――このオブジェは意外な出来映えだった。例によって写真ではよく分からないが、このオブジェの存在感は、ひどく強烈で、しかもダリの絵の、農民夫婦を包む黄昏の幻覚的な色彩が、本棚の片隅に立てかけてあるだけで独特の雰囲気を醸し出している。
どちらのオブジェも、材料費はかぎりなくゼロに近い。コマを見切る「棚板」が厚すぎるし、切り口も荒いのが難点だが、こういう無骨な手作り感が嫌いではない。
しかし、もう少し洗練したものにすることが必要だとも感じたので、まず枠と棚板の材質について思案した。枠も棚板も最大で9㎜までとし、切断面が綺麗に仕上がる素材といえば、MDFボードくらいしか思い浮かばない。MDFは水に弱いし、曲がりやすいという欠点があり、しかも厚み部分にビスやネイルなどが効きにくいので、どうかとも思ったが、ともかく試行してみることにした。そして「標本」風の3点の作品を最初に制作した。
これ以降、プリントアウトした画像をベニヤ板にプレスして、乾いてから透明のニスを、重ね塗りすることにした。そして枠や棚板も、水性ペイントを塗ることにした。
蝶々のオブジェは、これまでのところ2点しか作っていないが、おそらく今後も作ることになるだろう。「標本箱」で同じようなものを買うとなると、意外に高額になるが、このイミテーションならコストは驚くほど安く納まる。逆に「本物」ではないということが、何かしらの面白味につながるかもしれない。
ただ、手間はかかる。1コマのサイズが縦横6㎝前後、合計で最大20コマまでのオブジェは、それよりも大きなオブジェに比して、かえって面倒臭く、狂いが生じやすいような気がする。
また「蝶々」のように縦横に画像を整然と並べる必要のある場合は、用紙をプリントアウトする前の段階で、枠の厚み、棚板の厚みを計算しながらレイアウトしなければならないが、これがなかなか計算通りにはいかない。紙と木材の「誤差」は必ずつきまとう。
下の写真のオブジェは、まず縦横にコマ取りしたものを、2点の蝶々と同時に制作し、それを知り合いの女性にプレゼントさせていただくことにしたので、その右側に大きな写真を配置して、横長に合体させてから、大枠で囲んだ。
この大枠は、厚さ15㎜の杉板で、これも加工がしやすい。MDFの厚さは6.5㎜である。
さて、こうして見てくると、「棚のオブジェ」のアイデアとは、大枠の中を縦横に仕切って「標本」風に仕上げることかと思われるかもしれないが、そうではない。標本風はひとつの重要なアイデアではあるが、それだけではない。
このプレゼント用のオブジェを仕上げながら、同時に、再び2点ほど、ダリ作品をモチーフにしたものを作成した。《ポルト・リガトの聖母》と《目覚めの一瞬前に柘榴の周りを蜜蜂が飛びまわったことによって引き起こされた夢》である。どちらのオブジェも、画像を貼った板を見ながら、テーブルソーやスライド丸ノコで材料を加工し、着色し、組立てた。
ダリ作品を見ながら、というのがわたしにとっては重要なのだが、加工するアイデアはなんら必然的なものではない。必然的でなくてもいいが、安易であってはいけない、と考えている。
わたしが意図しているのは、棚の中の空間的な非日常性と、その幻想的な奥行きと拡がり、そして飛躍である。スチームパンクのガジェットは魅力的ではあるが、安易に流れたくはない。
次のページの写真では《ポルト・リガトの聖母》と《目覚めの一瞬前に柘榴の周りを蜜蜂が飛びまわったことによって引き起こされた夢》の2点を並べてみた。立体感があって、部屋の中でも非常に気にかかる存在物になっている。やはり写真では魅力が充分に伝えられない。
ダリの作品をテーマにして、まだ多くのオブジェを作ることになるだろう。もちろんダリを〝冒瀆〟しているとは思わないし、作品の魅力を否定する結果になるとも思っていない。むしろこれは直情的なダリへのオマージュなのである。
これらのオブジェはコストを抑えることが大前提になっているが、もしも予算が潤沢にあれば、非常に質の高い作品を作ることができるだろう。銘木といわれるような材料を使用し、塗装に充分な工程を組んで、高級な塗料を使えば、間違いなく、それに応じた結果が得られるだろう。その場合には、著作権などにも配慮しなければならないだろう。
本棚を作るよりは軽作業なので、疲れることもなく、遊び感覚で没頭できる。作っているときのことを思い出してみても、充実した楽しい気分で集中していたことしか記憶に残っていない。
「棚のアーティストになりたい」と何度も思ったほどである。
棚のオブジェ____1
棚のオブジェ____2
棚のオブジェ____3
――我が家では部屋々々の壁の14面に本棚を作り、それでもまだまるまる一部屋の4面を本棚で埋めたいと思っているが、ちょっと面白いアイデアを追求したいと考えているので、しばらく小休止している。
当然のことではあるが、本棚にずらりと本が並んでいると、どの本棚も同じような「風景」に見えて、いささか退屈な気分になる。
そこで、何か気分転換ができないかと考えていたところ、先月だったか、NHKのアートシーンで、ジョゼフ・コーネルの〝箱〟が紹介されていたのを見て、そういえば、2年ほど前の日記でも、自分がコーネルのような方向性を模索していたことを思い出した。
あのときはただ「考えた」だけで終わってしまったが、今回はすぐにでも行動に移りたい気分だった。現場に入っているあいだも、もどかしいくらいの気持ちで、やっと時間が自由になると、まずわたしはダリの作品集からいくつか好きな作品をプリントアウトして、それをベニヤ板に貼り付けた。
《十字架の聖ヨハネのキリスト》に枠を作り、キリストの下方に木片を二ヵ所で取り付けただけで、手が止まってしまった。
次にわたしは、《たそがれ時の隔世遺伝》をベニヤ板に貼り、さらに8コマの写真やイラストをネットから探し出してレイアウトした。――このオブジェは意外な出来映えだった。例によって写真ではよく分からないが、このオブジェの存在感は、ひどく強烈で、しかもダリの絵の、農民夫婦を包む黄昏の幻覚的な色彩が、本棚の片隅に立てかけてあるだけで独特の雰囲気を醸し出している。
どちらのオブジェも、材料費はかぎりなくゼロに近い。コマを見切る「棚板」が厚すぎるし、切り口も荒いのが難点だが、こういう無骨な手作り感が嫌いではない。
しかし、もう少し洗練したものにすることが必要だとも感じたので、まず枠と棚板の材質について思案した。枠も棚板も最大で9㎜までとし、切断面が綺麗に仕上がる素材といえば、MDFボードくらいしか思い浮かばない。MDFは水に弱いし、曲がりやすいという欠点があり、しかも厚み部分にビスやネイルなどが効きにくいので、どうかとも思ったが、ともかく試行してみることにした。そして「標本」風の3点の作品を最初に制作した。
これ以降、プリントアウトした画像をベニヤ板にプレスして、乾いてから透明のニスを、重ね塗りすることにした。そして枠や棚板も、水性ペイントを塗ることにした。
蝶々のオブジェは、これまでのところ2点しか作っていないが、おそらく今後も作ることになるだろう。「標本箱」で同じようなものを買うとなると、意外に高額になるが、このイミテーションならコストは驚くほど安く納まる。逆に「本物」ではないということが、何かしらの面白味につながるかもしれない。
ただ、手間はかかる。1コマのサイズが縦横6㎝前後、合計で最大20コマまでのオブジェは、それよりも大きなオブジェに比して、かえって面倒臭く、狂いが生じやすいような気がする。
また「蝶々」のように縦横に画像を整然と並べる必要のある場合は、用紙をプリントアウトする前の段階で、枠の厚み、棚板の厚みを計算しながらレイアウトしなければならないが、これがなかなか計算通りにはいかない。紙と木材の「誤差」は必ずつきまとう。
下の写真のオブジェは、まず縦横にコマ取りしたものを、2点の蝶々と同時に制作し、それを知り合いの女性にプレゼントさせていただくことにしたので、その右側に大きな写真を配置して、横長に合体させてから、大枠で囲んだ。
この大枠は、厚さ15㎜の杉板で、これも加工がしやすい。MDFの厚さは6.5㎜である。
さて、こうして見てくると、「棚のオブジェ」のアイデアとは、大枠の中を縦横に仕切って「標本」風に仕上げることかと思われるかもしれないが、そうではない。標本風はひとつの重要なアイデアではあるが、それだけではない。
このプレゼント用のオブジェを仕上げながら、同時に、再び2点ほど、ダリ作品をモチーフにしたものを作成した。《ポルト・リガトの聖母》と《目覚めの一瞬前に柘榴の周りを蜜蜂が飛びまわったことによって引き起こされた夢》である。どちらのオブジェも、画像を貼った板を見ながら、テーブルソーやスライド丸ノコで材料を加工し、着色し、組立てた。
ダリ作品を見ながら、というのがわたしにとっては重要なのだが、加工するアイデアはなんら必然的なものではない。必然的でなくてもいいが、安易であってはいけない、と考えている。
わたしが意図しているのは、棚の中の空間的な非日常性と、その幻想的な奥行きと拡がり、そして飛躍である。スチームパンクのガジェットは魅力的ではあるが、安易に流れたくはない。
次のページの写真では《ポルト・リガトの聖母》と《目覚めの一瞬前に柘榴の周りを蜜蜂が飛びまわったことによって引き起こされた夢》の2点を並べてみた。立体感があって、部屋の中でも非常に気にかかる存在物になっている。やはり写真では魅力が充分に伝えられない。
ダリの作品をテーマにして、まだ多くのオブジェを作ることになるだろう。もちろんダリを〝冒瀆〟しているとは思わないし、作品の魅力を否定する結果になるとも思っていない。むしろこれは直情的なダリへのオマージュなのである。
これらのオブジェはコストを抑えることが大前提になっているが、もしも予算が潤沢にあれば、非常に質の高い作品を作ることができるだろう。銘木といわれるような材料を使用し、塗装に充分な工程を組んで、高級な塗料を使えば、間違いなく、それに応じた結果が得られるだろう。その場合には、著作権などにも配慮しなければならないだろう。
本棚を作るよりは軽作業なので、疲れることもなく、遊び感覚で没頭できる。作っているときのことを思い出してみても、充実した楽しい気分で集中していたことしか記憶に残っていない。
「棚のアーティストになりたい」と何度も思ったほどである。
棚のオブジェ____1
棚のオブジェ____2
棚のオブジェ____3