道端鈴成

エッセイと書評など

初音ミクとヴォーカロイドの可能性:クラシック・ポップス・デジネッツ

2011年02月20日 | 言葉・芸術・デザイン
初音ミクはヤマハの音声合成ソフトを元に、北海道に本社のあるクリプトン・フューチャー・メディアが2007年8月末に販売したヴォーカロイド(アンドロイドなどと同様に、人造歌い手といった意味)である。初音は初めての音で、ミクは未来で、未来の初めての音といった意味になる。様々な楽器の音を合成するシンセサイザーは1980年代以降、PCでも簡便に使えるようになってきたが、その音声版といえる。

人間の音声が、歌として聴くにたえる合成の対象となると、単なる楽器音の合成にはとどまらない一連の効果が生ずる。声は性別や感情、性格などさまざな情報をつたえ、意見や考えという意味もあり、我々は声と人格を密接したものとして受け取る傾向があるからだ(Nassらの研究やジェインズのBicameral Mindsに関する議論など)。ヴォーカロイドという名称は、単なる音声シンセサイザーソフトをこえた、人格的な存在にも関わる製品であることを含意している。

CGを使ったヴァーチャル・アイドルの試みはこれまで色々あったがみんな失敗している。ヴォーカロイドがこれらと違うのは音声を基盤にしていることで、クリプトン・フューチャー・メディアでは声優の選択や音源のサンプリングにはかなりの時間をかけてやっているようだ。画像の方も、基本は提示しているが、ユーザーの自由な創作を許容している。異様に長い青緑の髪(Long Tailのもじりというわけではないだろうが、なんだか巫女っぽい感じもする。)などはトレードマークとして、あとは三次元CGのものから、よりギャク漫画チックな(なぜかネギを振り回している。「和ませる」の意味の古語「ねぐ」からきた禰宜と関係あるというわけではないだろうが。)ものまで様々である。クリプトン・フューチャー・メディアが成功したのは、音にこだわって、自由な制作のプラットフォームを提供した点にあるのだろう。初音ミクは、世界初のメジャーなヴァーチャル・アイドル歌手となった。

みくみく菌にご注意♪(マンガ版ミクが歌でヴォーカロイドの世界への案内とお願いをしている。左腕の01はクリプトンでの製造番号。)

2010年春には初音ミクなどのヴァーチャル・アイドル歌手の3DのCG映像を透明なスクリーンに提示し、ニコニコ動画などのネットでヒットした曲を、実際のバンドと観客の前で演奏するコンサートが開催されている。コンサートの様子はミクの日感謝祭 39's Giving DayProjectとして、DVDやCDになって発売されている。ほとんどの曲がYoutubeなどにアップされており、大多数の視聴者はネットやそこからのコピーで視聴しているようだ。Youtubeでのコメントなどを見ると、ほとんど世界中に熱心なファンがいることに驚かされる。アニメファンというだけでなく、既存のポップスに不満足で新しい音楽を求めている人もひきつけているようだ。

39's Giving Day 2nd OP Live

例えば、上の動画では最初が「裏表ラバーズ」でその後、初音ミクがバンドを紹介し、「パズル」、「Voice」、「1/6」とメドレーで歌われる。仕草や声などは完璧といってよいほど水準が高く、バンドや聴衆とシンクロしているさまは、歴史的といいたい感じがする。裏表ラバーズは人間の限界を超えた速さで歌われるが、恋の混乱と痛みをいたたまれないような速さで歌った歌として面白いし、「パズル」、「Voice」はゆったりとした感じで、「1/6」はやや生硬だが、それぞれ生活の場から立ち上がったつぶやきみたいな感じがあり、音楽産業の型にはまってつくられた既成の歌にはない魅力がある。

Double Lariat - Vocaloid - Hatsune Miku 39's Giving Day Concert

巡音ルカは、初音ミクよりすこし声の低いやや大人の感じがするヴォーカロイドである。"Double Lariat"も歌の標準的な定型をはなれた即物的な表現がアレゴリーとなっていて面白い。

World is Mine Live

「世界で一番のお姫様」で始まるWorld is Mineは、Youtubeで再生回数がすでに400万回を越えていて、曲の内容はより一般のポップスに近い。

こうしたヴォーカロイドの曲の多様性と、CGもあわせた完成度は、作詞、作曲、作画にきわめて多数のアマチュア職人が参加し、ネットを通じて共同し、作品をネットにアップし、視聴者によって選択されていくという過程によっている(「動画共有サイトにおける大規模協調的な創造活動の分析」)。テレビなどのように多数の興味をそこそこ満たすという作品供給時の隘路がないので、特異な規格外の作品でも自由にアップされ保存され、一部でも熱心な視聴者がいれば選ばれていく。初音ミクの長い青緑の髪が象徴するようなクールなLong tailの選択が可能になっている。

既存の曲についても、音楽のジャンルを自由に越えて歌われる。

初音ミクに はじめてのチュウ を歌わせてみた
Ievan Polkka
初音ミクが歌う「アヴェ・マリア」 05.シューベルト

さらには、祝詞やお経まである

【ミク・オリジナル】天津祝詞
歌って覚える般若心経

こうしたヴォーカロイドをハブにした領域を越えたゆるいつながりについては、プロの音楽家で注目している人もいる(5年間で激変したメジャーとネット)。ようするにLong tailでは個人の趣味、嗜好が反映されるが、これらがヴァーチャルなアイドル(偶像)を通じて、ゆるやかなつながりをも持ちうるということである。

Introducing the World's Next Rock Superstar(Lew Rockwell.com, 2010年8月9日)

Mike Rogersは上の記事で、初音ミクについて音楽におけるMusci3.0革命を導入する新しいスターだといって紹介している。Mike Rogersの記事は、自由と市場を志向するジャーナリストらしい生きの良い内容で、ヴォーカロイドの革命性の認識はおそらく正しい。ただ音楽進化に関する説明は不十分である。

望月(2010)は「ウェブ時代の音楽進化論」で、録音技術がポップスをもたらし、デジタル技術は新しいよりパーソナルで多様な音楽作りつつあり、それをFuture MusicつづめてFusicと呼ぼうと提案している。作曲家中心で複雑で長い曲が作られたクラシック、スター歌手中心でプロが多数の聴衆の獲得を競い曲を提供するポップスの時代に続く、アマチュア中心にデジタル技術を駆使しネットで音楽の共有を行っていくヒュージックの時代である。望月氏の議論は非常に面白く参考になるが、ヒュージックのネーミングは、はずしている感じがする。

0:土着(Indigenous) 地域地域で継承されてきた歌
1:クラシック(Classic) 記譜法にもとづく作曲家の高度に複雑な作品 
2:ポップス(Pops) 録音とマスメディアが生むアイドル歌手の数分の人気曲
3:デジネッツ(Diginets) デジタル化とネットの共同によるパーソナルで多様な小曲

デジネッツ、あるいはデジネット音楽は、Mike RogersのMusic3.0、望月(2010)が言うヒュージックに相当する。Mike Rogersが指摘するように、クラッシック音楽における作家主義をベートーベン、ポップスにおけるアイドル歌手をプレスリーで代表させるとすれば、デジネッツは初音ミクということになるだろう。望月(2010)はヴォーカロイドが日本を越えて広がるか懐疑的だが、声と人格のつながりの重要性から言って、より一般性をもつという議論もなりたつ。この辺、技術が文化に与える影響や声とエージェントの問題、媒体としての偶像の役割など検討すべき面白い問題が多い。また機会をあらためて論ずることにしたい。

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