は・ひ・ふ・へ・ほー日記  ~ ho diary ~

最愛何潤東、趣味はピーター・ホーというミーハーファンが、ひたすらピーターのことを語るPeterHo溺愛日記

父子改め、今日からは兄弟

2008-06-04 02:05:28 | 何潤東

被災地に入ってのボランティア活動は、やはり二人を大きく変容させたようですね。

泉州晩報 何潤東沈建宏解除“父子関係”

最在乎的何潤東 沈建宏臭老,何潤東断父子関係!!

台海網  何潤東和乾兒子“分道揚鑣”

陽光在線 何潤東和乾兒子“分道揚鑣” ま、おんなじものですよね。


廈門網 何潤東昨日在廈宣與沈建宏不再當“父子”改兄弟相稱
相変わらずチャン・ナラのことを聞かれています。
記者が彼とチャン・ナラの長年にわたる噂を尋ねると、Peterは真面目な顔をし、“あれはでたらめだ。”と答えています。

TOM娯楽 何潤東與沈建宏“決裂”昔日父子変兄弟(図)

華商網 何潤東乾兒子変乾弟
マネージャーさんは、これは会社の意思だと言っていますね。
こんなに大きな義理の息子がいると思われたくないということらしいです。

幾日か前、四川で救援活動をしたばかりの何潤東と沈建宏は、昨日(6/2)、厦門へやって来て、広告写真の撮影をした。
今回の被災地救援の旅は、二人の心を激しく打った。
何潤東は記者に語った。
彼は今度の救援の旅で団結の力というものを知った。
沈建宏は大きな困難、災害を前にして勇気(パワー?)が生まれたと言う。
長年続けてきた“父子関係”を解除した、と二人は厳かに宣言した。

疲れたなんて言わず、物資を運搬した

昨日、厦門の空は土砂が舞い、どんよりとして小雨が絶え間なく降っていた。
被災者たちと一緒に本当に困難で苦しく忘れ難い日々を過ごしたあとで、何潤東と師弟の沈建宏は言葉少なになったようだ。
以前二人が一緒に仕事をしていたときに必ず起こっていた戯れ笑う声や騒ぐ声が、今、彼らが広告写真を撮る場所には聞こえてこない。
何潤東は記者に教えた。
四川に行った最初の日、彼は建宏と重慶で街頭募金をした。
そこにいた人たちは彼をすごく感動させた。
収入の多い少ないに関係なく、みな自分の持てるだけ寄付をし、また、歩けずに友だちから支えられてステージに上がりお金を投じてくれたお年寄りもいた。
翌日、
彼らはまた彭州へ行き、中国紅十字会が震災救援物資を運ぶのを手伝った。
彼らは自分たちの手で積荷を降ろした。
水や衣料品、また靴などあらゆるものを降ろして、それらを求めている被災者たちに分配した。
衣料品と身の回り品が入っている荷は一つ400数斤の重さだが、でも辛く苦しいといった者はなく、みんなで奪い合ってやった。
何潤東は語る。
そのとき、彼はこう思った。
救援物資は必ず自分で運ばなくてはいけない、なぜなら、それがみんなの団結力を生み出すパワーとなるからだ、そして、みんなが被災地のために更なることをする行動力を推進するからだ。
彼は、被災地の人たちが、強くたくましく起ち上がり、早く心の傷を癒すことができますようにと願っている。

“PK”グループの成立

何潤東、沈建宏の二人とも、あまり語らない、だが、記者は彼らのことばの端々から探りあててわかった。
二人は今や、“父子関係”を解消し、正式に“良い兄弟”となった、かつ、新たに“PK”グループを作ったのだ。
何潤東は記者に教えてくれた。
彼と沈建宏の義理の父子関係はずいぶん長い間続いた。
“乾爹(お父さん)”と呼ばれるため、彼は“美人を抱いて帰る”チャンスをたくさん失ってきた。
ここに話が及ぶと、彼は沈建宏に顔を向けて言った。
“きみのせいでぼくはもう長く恋人もいないんだよ。”

このへん、Peterのユーモア炸裂でイイよね!

何潤東は記者に向かって、しかつめらしく語った。
彼と沈建宏はもう“父子関係”ではない。
当初は、二人を比較すると、自分のほうがちょっと大人だったし、建宏はわずか11歳という幼さだった、そこで“義理の息子”という形にしたんだ。
今では、建宏も大きく成長した、もしまた“父子”だと言おうものなら、人はぼくをもう50過ぎだと思い、こんなふうに皮(シワ?)を引き延ばしてるって考えるよ。

建宏はこの日以降、Peterを乾爹改め“皮哥”と呼ぶと言っています。(笑)
間違っているかもしれませんが、英語名のPeterの発音“皮”と“靠拉皮才這麼年輕(皮を延ばしてやっとこんなに若くなっている)”というPeterのジョーク、二つの“皮”をかけたということでしょうか?

“建宏ももう独立すべきときだ”と彼は考えている。
二人は今や兄弟だ。
建宏は記者に向かい、このように語った。
彼と何潤東は、また“PK”グループを作って、曲を発表することもある。
“PK”グループ名の由来は、二人の英語名PeterとKrisからきている。

母親の愛情に歌を捧げる

記者はまた、何潤東が最近新曲を游鴻明と共作して歌い、それを6月12日に発表すると、耳にした。
この歌は、救援ソングではなく、素晴らしい母親の愛情を賛美した歌である。
5.12四川大地震の中で、母親は自分の子どもを守るために不幸にも自分自身が犠牲となってしまった。
救援隊が赤ちゃんを発見したとき、彼女のそばの携帯電話に一つのメッセージがあった。
これはその母親が残したものだ。
彼女は、子どもが成長した後も、“ママはあなたを永遠に愛している”ということを忘れないでと願ったのだ。
この人は素晴らしい母親だ、この歌は彼女のために作られたものだ、と何潤東は言った。

…ヘボな訳をしながら、涙があふれてきちゃいました。
きっと素晴らしい歌が出来上がっているでしょう。
「一封信」のような曲になっているといいなあ…。

騰訊娯楽 何潤東攜劉芸進行愛心義賣粉絲苦等三小時(図)
なるほど~えらくきれいなお姉さんたちに囲まれていると思ったら、劉芸という女優さんだったんですね。
“小群主”って、“プチプリンセス”つまり可愛いお姫さま、というような呼び名でしょうかしら?
文章は、Peterの活動の内容より、“小群主”のことが多いようです。

動画 中国網

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