内容の多くはブログでPeterが話していることや今まで記事になってきたことなどであまり目新しい内容とはいえません。
信息時報 何潤東:急需分身的人
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何潤東:大至急、分身を求む
何潤東はすごく忙しいとき、自分に三人の分身がいるということを想像したりする。
彼らは、何潤南、何潤西、何潤北という三兄弟で、何潤東の忙しさを分け合ってくれるのだ。
阿南は、《泡沫之夏》で、深い感情を示し、かつ、横暴な欧辰を演じる。;阿西は、新版《三国》を撮り、赤兎馬に乗って方天画戟を手に持ち、戦場で勇敢に殺しあうのだ。;阿北は、歌手としていろんなMVの中でロマンチックな恋愛物語を演じていく。
そうしてご本尊の阿東は、うまい具合にプロデューサーとなって、彼の夢である《泡沫之夏》を美しくロマンチックなトレンディドラマとして製作していく。
しかし、本当に彼一人が四人に分身できるチャンスをもらえるのならば、彼はもう一つの方法を作り上げる。
何潤東には、24時間両親に尽くし、マッサージやご飯作りをしてもらいたい;何潤南はプロデューサーをして、《泡沫之夏》を製作してもらう。何潤西には警察官になり、暴虐をなくし民衆を安心させたい、何潤北には、医学を学ばせ、医者となって負傷者を世話したい。
彼にはやりたいことが多すぎるのだ。
今は役者だが、3、4年のうちに監督をしたいと望んでいるし、5年以内には写真集を出したい。
恋愛となると、人生のテーマ曲だとしている。
もっとも肝心なことは、自分ひとりでは成立しないことであり、いつ相手を探して曲を奏でることができるか、何潤東、南、西、北の努力で完成するってことではない。
もしネットで“どんな超能力をいちばん欲しいか”という投票に参加するとしたら、何潤東は、きっと、差し迫って必要な分身の術をあげると確信する。
わたしたちが、彼が三人に分身するときをあげようとしたため、彼は思いがけず、分身した三人に、それぞれ違う仕事の手配をできるのだ。
役者の何潤東:爾冬升が彼を一人立ちさせてくれた。
北に八年漂い、足は凍傷となった。
役者の何潤東の最初の謎は、デビューの問題で、本来、彼の恩師は爾冬升だといえる。
当時テレビドラマの《玉観音》は、孫儷、佟大為を人気者にし、それに毛杰を演じた何潤東を同じく人気者にした。
それは、人々に、人気があまりない歌手の何潤東の印象を変えさせ、また何潤東の人生も変えた。
香港と台湾の俳優たちが自分の居場所に固執している間に、何潤東は“北をさまようこと(つまり内地の仕事に進出したこと)”8年の生活を始めていた。
内地の視聴者たちの多くは、何潤東は《玉観音》から芝居を始めたものとしているが、実際は、何潤東の演技の恩師は爾冬升だと彼は話す。
その年、爾冬升は《真心話》という映画を撮ろうとしていた。
ずっと新人を探していた彼は何潤東の一本の音楽テープ(MVかな?)を観て、悪くないと思い、何潤東を主演にすることを決めた。
モデルの何潤東は、ここから俳優の生活を始めることになった。
面白いのは、モデルとしてデビューした何潤東は現代的なイメージで、かつ、内地で人気がでた初めてのドラマ《玉観音》もファッショナブルなドラマだが、そのあとで、どどっとやってきたドラマはほとんどが時代劇ばかりだ。
《臥虎蔵龍》、《中華英雄》、《天下第一》、《少年楊家将》、一つのドラマが一つの時代劇へとつながっていき、《情定愛琴海》へと到ることになる。
韓国美女の蔡琳と共演した現代ドラマ《情定愛琴海》は上海とギリシアで撮影をした。
その画面の美しさ、当時何地のトレンディドラマの代表作とされた。
多くの人は、何潤東がギリシアへ行きそんなにきれいなところでロケできることをうらやましがる。
しかし、何潤東は、“きみにこっそり言うけど、ぼくは実はギリシアが好きじゃないんだ。そこの人たちはみな友好的ではなく、それに人をすぐ騙してお金をとりたがる。それに、アテネはかなり汚いんだ。”と語る。
しかし、当初サントリーニ島で撮影していたとき、ある日本当に蔡琳にたいして心がときめいた、とも言う。
“その日、太陽が西に傾いたとき、ドラマを撮り終わり、一台の小さなバイクを借りた。蔡琳がこの島を全部見たいと言い出したので、ぼくは彼女を乗せることにしたんだ。当時、恋愛をしていないときだったので、そんなにロマンチックな状況のもと、彼女に本当に心がときめいたよ。でもどうしようもない、ちょうどそのとき彼女は結婚しがばかりだ。これはドラマを撮っているだけだ、ただ恋愛ドラマのワンシーンなんだ、と思い込むことにした。”
実際、何潤東はデビューして以来のここまで、恋の噂が少ない。
彼には二度の噂だけしかない。
最初は、上海の女性主人公、路易と彼が(コマーシャルを?)撮ったときに突然噂が出た。
もう一つは、《泡沫之夏》の準備のとき、大Sに片思いしているという噂だ。
路易については、かつて広州でイメージキャラクターとしてある有名ブランドの仕事をしたとき、記者たちに取り囲まれてこの問題を問われた。
親切な何潤東は仕方なく話したものだ。:“これはもう二度と聞かないでくれませんか?何もありません。わたしもあれこれ言いたくないし、相手は学生(女生とは女子学生?それとも女性?)です。”
大Sとなると、何潤東は、ただ“敬慕”しているだけだ、片思いしているわけではないと言う。
彼はかつて広州のメディアにコラムを書いていたが、そのうちの一編に大Sのことを書いていた。
彼女の芝居をほめた後、当時司会をしていた《娯楽百分百》のときと比べてずいぶん成熟していると認めた。
後に、藍正龍共演の《中華英雄》を撮り、それから大Sと共演の《夜半歌声》を撮った。
何潤東はコラムの仲で自分と彼女の縁が深いことを感嘆していた。
トレンディドラマの俳優の多くは、よく次のような弁解をする。
“実際、トレンディドラマでも演技することを求められている。”
何潤東もこのように語る。
彼の論拠は:“木村拓哉の演技は、誰でも認めている。しかし彼もトレンディドラマを演じていますよ。”
何潤東は何地で8年間ドラマを撮り、大部分の作品はみな資金豊かな大作だ。
だれもがみな彼は運がいいと思っている。
何潤東は苦笑して:“玉観音》の後、次に受けた内地のドラマは、テレビドラマ版《臥虎蔵龍》だ。当時ドラマ撮影の条件は本当にたいしたものではなかった。12月、北京では暖房がなく、昔の服装の長靴は、普通、底が厚いものになっている。でも、ぼくの服装は違っていた。ぼくの靴は布となっていた。真冬の感覚は生足が地面を踏んでいるようだった。”
そのころはまだ新人だし、始めての内地のドラマ撮影だ。
何潤東は、むやみに要求をする勇気はなく、無理やり我慢した、と笑って話した。
撮影は3カ月だったが、
“あの3カ月間というものは、ぬくもったということがなく、撮影はすごく寒く、部屋に戻っても寒くて、眠るときにはベストのダウンジャケットを身につけていたものさ。”
三ヵ月後、何潤東の足の指は凍って悪くなり、身体のあちこちも凍傷となっていた。:“今でも足の指は少し感覚が麻痺しているんだよ。”
でも彼は楽観的だ。
“こんな経験をして、それ以降ドラマを撮ったとき、どんな条件でもどんなに苦しくても、ぼくは“ああ、あれに比べればまし。”と思えるようになった。
歌手何潤西:ぼくが歌手をするのは、俳優がついでにするのではない。だれかぼくが歌手だったことを覚えていますか?何潤東が音楽にかんして演技のような素質を持ってないという人もいる。
だから、歌手として非常に努力しても、名声はあまり高まらず、俳優の道は非常に順風満帆だ。
電話でこのことを何潤東に尋ねてみた。
今年ニューアルバムを出す予定の彼は断固として否定した。:“ぼくはこう言うべきだと思う、歌手をするのは俳優で成功してついでにやるのではない。”
“分かってくれ、歌手をするとき、ぼくらも、努力して、いい歌を探しているんだ。しかし、努力しても、必ず良い歌を探し当てるとはいえない。芝居のほうでは、ぼくは確かにラッキーだった。いい役にめぐり合ってきたよ。”
実際、何潤東の歌手生活の始まりはうまくいった。
当初、カナダから台北に戻ってきた何潤東はモデルとして社会に出て、陽光、百通りのタイプは、彼が、当時台湾地区の潜在的な新人の一人と認めさせていた
歌手をするのも順当なことだった。
しかし、ファンが彼のそばに近づく機会をもったとき、本当の彼を見ることができた、内気な性格の彼はこのような接触にあまり慣れていなかった。
“ただ馬鹿笑いするだけだ。どうやるかも分かってなかったんだ。それから、みんなは、広告のイメージとあまりに違うと感じる。ああ、真実の姿はこんなもんだと思ってしまう。だれもがすっかり失望してしまうんだ。”
最も惨めな出来事は、サイン会だったという。
“そのころレコード会社が台湾のあちこちでサイン会をするべきだって言ったんだ。それぞれのレコードショップのそばでやるんだ。父が舞台の仕事をしていたため、ぼくがサイン会をすると聞いて興奮し、舞台を手掛けてやると言った。でも知っているだろ、レコード会社の車がぼくをその場所に連れて行ったとき、あるレコードショップではそこにいたのは二人だけだった。それなのに、父は、すごく立派な舞台を作り上げていた。‘ああ、なんて皮肉なんだ!’と思ったよ。その場所に車でいったときぼくは何も知らず、降りなくちゃいけないけど、降りたくなかった。本当にきまり悪くて泣きたかった。”
しかし、ドラマを撮り続けファンの数も安定してきて、何潤東の歌手生活も好転の兆しがある。
彼の主演したドラマで、主題歌を彼が歌う。
これらの曲もファンから受け入れられた。
今年、何潤東はニューアルバムを出す準備をしている。
毎月一曲ずつ発表する計画で、すでに4~5曲を録音している。
しかし、《泡沫之夏》のプロデューサーをしているため、アルバムはもっと後に出すことになるかもしれないと言う。
彼は自分のMVの監督をできる時間が空くのを待っている。
プロデューサー何潤南:最終的な目標は監督をすることだ
2009年、何潤東が最も注目しているのは、初めてプロデューサーとなることだ。
何潤東は頭がいっぱいになるほど忙しくて、分身の“何潤南”に助けに来てほしい。
《泡沫之夏》の製作は始めは順調だった。
大S、黄暁明、何潤東たちがドラマクランクインのためによいスタートをきった。
しかし、撮影二ヵ月後、黄暁明がいつまでも遅れて、ドラマ撮影に参加せず、200万の支出超過と伝えられている。
これについて何潤東は語った。:“200万超過というのは嘘だけど、費用がすでに上限までかかっていることは確かだ。”
“公事にかこつけて私腹をこやしている”、つまり、プロデューサーの身分を使って、自分が演じる男性主役欧辰が大Sと演じるベッドシーンを増やした、といううわさに関して、彼は、そんなことはないという。
“激しいシーンは、黄暁明と大Sのだ。!ぼくと大Sのベッドシーンと黄暁明と大Sのベッドシーンの数はそんなに違わないって。”
《泡沫之夏》に話が及ぶと、何潤東の身分は自然とプロデューサーへと変わっていく。
どうしてプロデューサーをしなければならないのか?
彼は笑って答えた。
“最終目標は監督をすることなんだ。ぼくは大学で美術を学んでいたから、自分自身を表現する方法を考える。このように長く俳優をしてきて、ぼくにも表現したいものが生まれてきた、そこで、監督をしたいと思うようになったんだ。先にプロデューサーをするのは、この機会を通して、ドラマの製作の流れをちょっと知っておく機会になると思うんだ。どのように投資家とわかりあい、どのように俳優とうまくやっていくか。市場はどんなものを求めているかを知る。どんな表現方法を受け入れるかなどなどをね。”
プロデューサーをしようとして、何潤東は作品を探し始めた。
最初は日本や韓国の漫画を探していた。
“日本の会社がぼくが探していることを知って、彼らがどのような漫画の版権があるかを話してくれた。でも、きみは知っているだろう、ぼくや大S、黄暁明はもう子どもじゃない。あまりに誇張がひどい漫画はぼくらには似合わない。それからぼくに《泡沫之夏》をぼくに勧めてくれた人がいた。”
何潤東が撮りたいものは、感情を深く表しているトレンディドラマだ、恋愛以外のテーマもいくらか探している。
プロデューサーをして、とても仕事が忙しく細々とした煩わしいことがあると言う。
“テレビ局と投資の話をしなくてはいけない、監督、俳優を探さなくてはいけない、どんなドラマを撮るのか確定して、シナリオを探し、出演俳優たちのスケジュールを調整する……。”
乙女座の何潤東はパーフェクトを求めるが、そこまではありえない。
プロデューサーの出会う最もばつが悪いことは何ですか?
答えは:“他の俳優に気軽に休暇をとらせず、自分だけ休暇をとって《三国》を撮りに行くことを頼まなきゃいけないことだ。”
新版《三国》では、何潤東は呂布を演じている。
《泡沫之夏》では何潤東は男性主役の欧辰を演じる。
結局、《三国》撮影へ行き、何潤東は言う。:“《泡沫之夏》撮影からすぐに横店へ行き《三国》撮影に換わる。演技でぼくは‘豹蝉、きみはどこにいるの?’と言わなくてはいけない。ぼくはいつも言っていた、‘夏沫、きみはどこにいるの?’切り替えることが出来ないんだ!!ぼくの‘CPU’はもうすぐ駄目になってしまうよ。”
カメラマン何潤北:時間を捻出して写真集を出す
もし分身がいるなら、“何潤北”には、カメラマンをさせる。
大学で美術を学んだ何潤東が撮影マニアであるのはとても自然なことだ。
初め《情定愛琴海》を撮っていたとき、時報記者が取材に来た。
その日、撮影がなかった何潤東は、カメラをつかんで、まわりを撮影し、まるでスチールカメラマンのようだった。
何潤東の官網では彼が撮った作品を見ることができる。
楊丞琳もいるし、その他に共演したスターたちもいる。
しかし、撮影された人たちはみな、いつもとはちょっと違う感じを見せている。
写真を撮るのが好きな彼は、時間さえあれば、カメラレンズを周囲の人にあわせている。
何潤東は、彼がこれまで撮影してきた写真を一冊の写真集にして出してくれる出版社を探していると言う。
しかし、《泡沫之夏》撮影が忙しいため、この計画はちょっとお預けとなる。
記者の手記
優秀な乙女座
多くの人は、乙女座と聞くと怖れる、彼らがけちをつけたがることを知っているのだ。
くどくど言ってはまたグズグズして、人と付き合っても愉快ではなく、人間関係は“本当に麻麻だ(麻麻って?)”
しかし、何潤東は例外で優秀な“乙女”らしく、特によく人を助ける。
陳怡蓉がデビューしたばかりのとき、何潤東はいつもこの妹分をあちこちに連れていき宣伝してやっていた。
ドラマを撮影するときにもこの“尻尾(つまりタミーちゃんのことかな)”を連れているので、内地の市場が開けた彼が《少年四大名捕》を撮影するとき、この妹分を出演者として押し込んだのだ。
それから、彼が所属する会社は邱澤と契約した、陳怡蓉はだんだんと一人立ちし、そこで、何潤東は、広州の宣伝のときに、また“尻尾”を交換し、邱澤を帯同してビスケットのCMを撮った。
更に、そのあと、沈建宏が十数歳でデビューしたとき、彼を義理の息子にした。
多くの人たちがうらやましがり、上司の阿BENに言った。:“あなたの会社の何潤東は本当に値打ちものだ。”
いつも連れている後輩たち以外にも、何潤東が芸能界での人付き合いがうまいことはよく知られている。
彼のブログでは彭于晏のブログをリンクしている。
彼のブログを閲覧した人は、すぐに彭于晏のブログを探し当てることができる。
彼と共演した俳優は、蔡琳、張娜拉などみな良い友だちとなる。
でも、彼の古い友人たちは更に多くみな芸能界と関係ない。
その中の一人が台風の日結婚したが、何潤東は、彼がカメラマンに撮影を頼んでいないことを知って、すぐさま車を運転し、一台の長距離ズームレンズを買ってきて、また戻ってきて、カメラを持った。
花で飾りつけた車を持ってきたが、台風のせいで台車が雨で折られ、また帰って車を交換した。
このように友だちにも、本当に“値打ちがつけられない”くらいの人物なのだ。
文章に出てきたPeterの好友である彭于晏はそれまでの所属会社と契約のことで係争中、裁判となっているんですが、もう契約は切れているので、新しい事務所で仕事を始めると記者会見を開いた模様です。
彼はこの半年まともに仕事をしていません。
昨年、《DNAがアイラブユー》の舞台挨拶に来てそれからしばらくして表舞台から姿を消しています。
Peterの大切な友だちポンちゃんはいつも明るい笑顔だったのに、記事の画像では難しい顔しか見せていません。
気になります、きっとPeterも気になっているはずです。
なんとか早く解決して、元の笑顔をファンたちに見せて欲しいものです。
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大Sも相変わらずの売れっ子ぶりですねえ。
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陳好が記者に語った。
最近彼女は電視版《三国演義》を撮るのに忙しくしているが、彼女はその中で美女豹蝉を演じている。
そのドラマについて語った陳好は、彼女の相手役として共演シーンが多い二人の俳優をあげた――董卓に扮する呂曉禾と、呂布に扮する何潤東だ。
“呂さんはどんな悪人にも見えない、慈悲深くて、たとえ化粧してしまった後で見ても、やっぱり慈悲深くて優しい……でも、ドラマに入ると、彼は全く違う人になる。恥ずかしがらずに骨級(?)の役者を演じる。”
何潤東について、彼女はこう言う。
“香港と台湾の俳優が《三国》のようなドラマを演じているが、文化や演技の仕方にはずいぶん隔たりがある。でも、彼はいちずに努力して克服し、非常に謙虚に監督に教えを請う。唯一の問題は彼の普通話がいささかまずいことです。”
あ~~やっぱり?
ということは、Peterの願いどおりにはいきそうにないってことですかねえ。
やはり吹き替えられそうだな、こりゃあ…。