平安時代からあるお弁当的な食糧には諸説あるが、京の貴族たちの間で食糧持参で
狩りに出かけるときの携帯食糧となった説が有力で、鎌倉時代に中国から便道なるものが伝わり携帯食糧となった説などがある。しかし弁道は仏教の教えを伝える意味の言葉で、どうやら中国説は怪しい感じがあるし時代も遅い。お弁当という言葉を世に出したのは、織田信長が城普請の技術者・労働者などに振舞った、携帯食糧をお弁当と呼んだ記述が残っている。
▲オリジン弁当の「タルタルのり弁当」
▲海苔とご飯の間にかつ節醤油が挟まれている
そんなお弁当の代表格には、江戸時代の観劇などの合間に食べる弁当を
「幕の内弁当」と呼んで、これが江戸庶民にウケて今でも実力第一位となっている。さらにセンターに梅干しを乗っけた
「日の丸弁当」が、戦時中には質素倹約で大いに流行したようだ。梅干しの塩分と酸味は腐敗防止にも役立ったと聞く。
あとは
「富山のます寿司」や
「東京のチキン弁当」や
「崎陽軒シウマイ弁当」などが人気処だろう。昭和になれば更に、
ほっかほっか亭が開発した「のり弁当」と「しゃけ弁当」が食い込んできたようだが、鮭は国内での獲れ高が安定しておらず下火となって行く。あとは国民的人気の
「から揚げ弁当」をランクインさせれば、お弁当ベスト7ランキングとなるだろう。
のり弁当の登録商標は、開発したほっかほっか亭と、そこから枝分かれしたHottoMottoの2社にあるようで、のり弁当のブランド名が使えない各社は、オリジン弁当のように
「タルタルのり弁当@320円(税込)」などとお茶を濁しての販売となっている。タルタルのり弁当だけではお腹が空くので、ご飯と味噌汁をつけて「のり弁当定食」とした。
‥‥‥‥‥<切り取り線>‥‥‥‥‥
ご訪問して頂きありがとうです。
どなたさまもお気軽にコメント戴けると嬉しいです。
酔っ払いが「iPhone15 Pro」と「CANONカメラ」で撮影。
日本ブログ村「こだわり料理部門」に参戦しております。
バナーをクリック♪して頂くと感激です。
明日のブログ更新は午後15:00の予定です。
URLの不明な方はお邪魔する都合上お知らせください。