小学校に入ったころの話です。
1~2年のころって、あいさつがだるくて嫌だったんです。
まあ、1年生のはじめのころは仕方ないと言えば仕方ないんですけど、それが毎日だと、ちょっと気持ち悪くなってくる。
たとえば、朝だと「せーんーせーいー、おーはーよーうーごーざーいーまーすぅ」。
なんというか、合わせることが目的で挨拶でも何でもないような感じでね。
そんなことを昨日思いだしていたんです。
そしたら、ツイッターでこんなのが流れてきました。
賛否両論?とある小学校の朝礼の様子が色々すごい(100秒)
「うわ、これは、あかん。。。。」というのが感想ですが。
自分の小学生当時を思い出して、この中の子供だったとしたら、絶対耐えられないと思いましたね。
こういうクラスってどうなんだろう。
同調圧力とか異常に高そうだけど。
みんなと一緒じゃないといじめられそうな気がしない?
自分の話に戻りますが、小学3年生になった時、挨拶の仕方が変わったんです。
「おはようございます」
みんなで合わせないでいいから普通に言うように、って言われました。
すごく気が楽でしたね。
最初は、どのタイミングで言うかなやんだりしてばらけるんですが、だんだん慣れて「おはようございます」がだいたいそろうんですよね。
といっても、そもそも合わせなくていいから、無理しなくていいし、自然にそうなるんです。
そもそも挨拶だから、挨拶することが重要で、合わせることではないわけです。
まあ、当然、中学・高校では、小学1年生とは挨拶の仕方が違うわけだから、いつかどこかでこういう形に変わるんですが、ぼくはこの小3のタイミングはよかったと思っています。


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ちょっと話がそれますが、公明党の言う平和ほど胡散臭いものはありません。創価学会はいつも「勝利」を語ってるようです。大量の敗者を生じさせたいに違いありません。
どこまで息の詰まるような世界にしたいのかしらん。
ヤキューブが髪型まで強制されて延々と奇声あげつづけてるのと同質ですね。教育に良いわけないです。
因みに、私の地元強豪校のキュージは夜中に寮を抜け出してわいせつ事件やらかして捕まりました。元プロは強盗殺人で服役中です。
それが、ごく普通のコミュニケーションをとれない人間の行く末。
だからおかしな指導がまかり通ってしまうんでしょうかね。
そういう一派があるんですか。
ある種の「指導力」があるとは思いますが、この子どもたちの将来にプラスになるかと言うと、甚だ疑問です。
ただ、思考停止した人のほうが住み易い社会なら、いいのかもしれないですが。
あ、そういえば確かに・・・
あのテンションの高さを見ると、悪魔つき・・・
私は、その空気がある所へは行った事がないため、一派と書いてしまいましたが、セクト、カルトとかありますもんね。ちょっと、唐突でした。すみません。
ヤフにペンテコステ派の人がいた気がしますが、そんな感じには見えませんでしたけど。ペンテコステ派の中でも、ちょっとちがうのですかね。
YouTubeの動画を観ていたのですが、やはり倒れ込んでいる方々が・・・貼り付けるのは控えます。音楽とダンス云々という事を伺っていたのですが、所謂ゴスペル(私的にバプテストが思い浮かぶのですが)とも違います。
TV伝道というと、これまで福音派で知られていた人達がいたのですが、世代交代という感じな中で、出てきた人のようです。仰るとおり聖霊派ヤフーでも以前からいらっしゃったようですね。その辺りは、Stravinspyさんの方が以前からご覧になっていたのではないかと拝察いたします。
全般に昨年あたりからトピを作っている人達を拝見していてもそのようです。「聖霊様」と書いていますし。聖霊刷新運動とか、カトリック、日本基督教団でもいろいろあるんですが、実のところややこしくて私には何が何だかわかっていません。
聖霊派については、プロテスタントという括り(こういうのもどうかとは思いますが)とは違って、第三の波とか新興プロテスタントという位置づけにしている見方があるようです。そして今、急激に信徒が増えている教派なのだそうです。中南米とか、これまでカトリック信徒が多かったのが最近ペンテコステ派が増えているという話を耳にしますし。どちらかというと、信徒さんといっても若い人達が多いようです。所謂、プロテスタントは高齢の方が多いようでして、私自身拝見している限り、70代、80代以上の方の方が半分、あるいは上回っているようなんです。音楽について少し触れましたが、個人的になんだかんだと言ってもパイプオルガンとか、ゴスペルだったら米国で聴いたものをやはり聴いていたいです、疲れていると、尚更なのですが・・・。ざっと、こんな感じです。失礼、不備がありましたならお許しください。
自分を忘れたいんだろうか。
思考停止してぶっ壊れたいと言うか。
ゴスペル歌うのなんかも、あんまり宗教と言う感じではなくて、不思議な世界ですけど、キリスト教の幅の広さなのかもしれないですね。
また、倒れ込むというのは、どういう状態でそうなるのか私にもわかりかねますが、思考停止という事、いろいろ考えさせられます。多分、その人達にとっては生きがいなのかも知れません。ヤフーを見ていて思ったのは、財産分与の事とかまで何でも神様、聖霊様がお決めになったという類の事を書く人を見かけたりするのですが、その領域の違いを感じたりします。・・・今一つ上手く言葉になっていないですね。すみません。
「地方の政治の役割は、住民にプライドを持ってもらうことです。田舎にいても何もない、というような自虐史観が蔓延している。だから、特に子どもたちは誇りを取り戻すのがすごく大事です。それには、大人が背中を見せることです。かっこいい大人になりたいと思わせる。」
「http://www.excite.co.jp/News/economy_clm/20140526/President_12619.html」