羽花山人日記

徒然なるままに

対話

2024-06-07 20:44:29 | 日記

対     話

昨日の朝日新聞9面の「福島季評」に、安東量子さんの『成田闘争にみる雪解けの底流』と題する文が載っていた。

安東さんは作家で福島についての対話の場を企画・運営する「福島ダイアログ」というNPO法人の理事長である。

半年前のこの欄に、成田空港問題の話し合いによる解決について書いたところ、空港反対闘争の当事者の一人から、「成田空港 空港と大地への歴史館」への招待を受けたという。

安東さんは、対立する問題があったとき対話による解決の方が暴力や圧制によるよりもましなことはわかっているのになかなかそうならないのは、関係者が対話をする気にさせることが必要なのだが、それが最も難しいからだという。そして、自身の活動でその気になってもらえなかった時の無力感を痛感している。

安東さんは、あれだけ激しかった成田闘争で、対話に応じる気になった双方の動機は何だったかを知りたくて、招待に応じることにした。

成田では、空港公団側の板橋さんと反対運動側の石毛さんが歴史館を案内してくれた。

板橋さんによれば、公団と国には空港拡張工事を安全に進めたいという動機があり、対話から解決に至った背景には関係者の中に成田問題は本当にこれでよかったのかという悔悟の気持ちが底流としてあったという。

石毛さんは、闘いのやり方を「実力」から「言葉」変えたが和解する気持ちはなかった。しかし、想定外の和解に至ったのは、国が謝罪し、用地取得などに強制手段はとらないと約束したからだという。

安東さんは、守りたいものがある人をないがしろにしたまま、「ポイント・オブ・ノーリターン」を踏み越えることによって対立は激化すると、自身の経験を踏まえていう。

わたしはこの記事を読んで、30年以上前に読んだ宇沢弘文著『「成田」とは何かー戦後日本の悲劇―』(岩波新書1991年)を思い出し、書棚から引っ張り出してぱらぱらとめくってみた。

東京大学名誉教授で世界的に著名な経済学者の宇沢さんは、学識経験者として成田問題をめぐる公開シンポジウムとそれに続く円卓会議に加わって、まとめ役の一翼を担った。この著書には、学識経験者とし招請を受けてから承諾するまでの苦悩と、関係者との対話を通じて問題の本質を掘り下げていく過程が記されている。

第一回のシンポジウムが開かれるところで本は終わっているが、「良心の書」としてわたしは感銘を受けた。安東さんの対話に関して言われたことが裏打ちされている。

わたし自身も労働争議に関係し、対話(団交と称していたが)を通して事態の転換を得たことを経験している。その時感じたことは、相互を対話する相手として認識し、方向性について共通の認識を持っていたことが前提になっていたということである。

世界には対話に至る過程や展望すら望めない事態がいくつもあり、暗澹とした気持ちになる。しかし、やはりそこに希望をつないで行きたい。

 

STOP WAR!

コメント (3)
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