読書備忘((26) 市橋伯一
『増えるものたちの進化生物学』筑摩書房(電子書籍) 2023年
わたしなりにこの著書を一言で言い表すならば,「進化論的人生論」である。
著者は東京大学教授で,進化生物学者である。「私たちは何で生きているのだろう」という,著者自身の疑問に,科学的に答えようとして,この本を書いたという。
「科学的に」というと,「そうなっているからそうなのだろう」という答えが返ってくる気分になるが,この本もその例外ではなさそうな気がする。しかし,進化論的に見た人間の本能あるいは性質を抽出し,「だからそうなのだ」と解き明かす努力は大いに認めよう。
著者は生物(生命体)とは。増殖する有機体であると定義する。増殖をばねに変化し,進化する。そして,生物の増殖戦略を「多産多死」と「少産少死」の両極端とするスペクトラムの中に位置づける。
多産多死の極端に位置するのがバクテリアであり,われわれ人間は少産少死の極端に位置している。
少産少死に近づくにつれて,生物の体は大きくなり,複雑になる。増殖に要する時間は長くなり,長寿となる。長生きして子を残すことが増殖の上で有利になり,命を大切にするという性質が生ずる。そして,子を大切に育てるという愛情が生まれる。有性生殖であれば,パートナーに対する愛情も生ずる。
著者はここで重要な指摘をしている。現生人類が現在的な文化を築き始めたのは,高々1万年の単位であり,進化の速度を考えれば,「わたしたちの体には,それに比べれば圧倒的な長さで続いた狩猟採集社会の心が詰まっている」というのだ。
現生人類は群れをつくり,共同生活することによって進化してきた。狩猟採集社会の規範はわれわれの体の中に,進化的に獲得してきた性質として残っている。お互いの協力関係,集団構成員の平等性,思いやりなどの社会的規範を守る倫理性が,そこから生じてくる。
ヒトは,知能(科学技術)によって進化の速度以上に,群れを大きくし,協力関係を複雑にしてきた。他者への依存は圧倒的に増加し,長命になることによって他者との接触は増加し,悩みも生じる。
こうした悩みの多くは,「増えて遺伝するものの末裔」に必然的に生じるものであり,それは進化的に解決できるものではなく,環境や文化を改変・開発してきた知能・学習によって対処すべきものとなっている。
論考を省略して著者の結論をいえば,「人間が生きていることには目的や使命はないが,価値と生きがいはある」ということになる。そして,人間らしい進化のあり方として,ドーキンスらが提唱した「ミーム(模倣子)」との共存による文化的な創造を提唱している。
著者の述べている最後の楽観論には,やや抵抗があるものの,一つの考え方として知っておく価値はあると考える。
学校の騒音
昨日の朝日新聞1,2面に児童や学校での騒音の近隣住民への影響についての記事が載っていた。わたしの友人の一人が,その中にわが母校松本深志高校の話が出ているのを教えてくれてた。
高校に寄せられる音についての苦情をきっかけに,2017年に生徒,学校,地域でつくるフォーラム「鼎談深志」を発足させた。生徒は16年に住民がどんな音に不快感をもっているかについてヒアリングとアンケートを実施し,鼎談深志発足後は生徒が毎月ニュースレターを発行し,どの部活がいつ音を出すかを住民に示している。クリスマスコンサートでは住民に聴いてもらうなど,交流を深めている。
その結果,住民は同じ音を聴いても感じ方がちがってきて,うるさいといっていた人も,「今日は頑張っているな」というようになったという。
「後輩なかなかやるな」と感心すると同時に,かつて在学していたころコンパなどで高歌放吟してもなにもなかった時代は過ぎたのかと,感慨を覚えた。
稲穂の波
稲穂が頭を垂れてきた。近代品種は一番上の止葉が直立しているので,
黄金の波が隠れてしまう。
STOP WAR!