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その男は、静かに去った

2018年05月18日 | 雑記帳
 実話である。確か大学4年だった。ゴールデンウィークで帰省した折に、母親と二人で田起こし前の整備(石や異物等を除く作業)に出かけた。今はもう無いその田圃は、町の体育館の裏手に位置していた。ちょうどその日は、午後からその体育館内で有名な歌手たちが来てコンサートが行われることになっていた。


 昼近くになった頃だった。腰をかがめて作業していたら、カーン、カーンと何かを打つような音がする。何だろうとその方向に目を向けてみた。当時、体育館横の駐車場になっていた所は、私が居た田圃から道路を挟んで一段高い場所にあった。そこで一人の細身の男が、ゴルフクラブのようなものを振り回していた。


 どうやら小石をゴルフボールに見立てて、打ちっぱなしの練習をしているようだ。少し向きが違うので、家の田圃にはその石が入ってくることは無さそうだが、他家にとっては問題だろう。「おまえ、何してるんだ!」と口を開こうとしたとき、男がふとこちらに気づいたようだ。遠目に見えたその顔に見覚えがあった。


 ラフなシャツを着て、下半身はぴたっとフィットしたジーンズ。実物は画面で見るよりえらくスマ―トだなあと感じつつ、ここは農村に生きる者の意地を見せねばと、キッと睨みつけてやった。眼差しに同い年でありながらこの落差は何だ!という悲哀が…有るやなしや。数秒後、その男西城秀樹は静かにそこを去った。


 勝手に名づけた「21歳の対決」。職に就いた頃、中学生に話して大ウケした。今でもあの話は…と言われることがある。あの場所を去った男は、その後も順調なスター街道を歩み、病に倒れても復帰し、道を全うし、今本当に静かに姿を消してしまった。一瞬だけの一方的な邂逅であったが懐かしく思い出される。合掌。

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