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佇む記憶を取りだしてみる

2013年09月22日 | 読書
 『空の冒険』(吉田修一 集英社文庫)

 好きな作家を5人選べと言われれば,吉田修一は必ず入るなあ。
 きっかけは,あの『悪人』だった。そのあと遡って文庫になった作品は全部読んでいると思う。
 この文庫はANAの機内誌に連載していた短編小説とエッセイをまとめた第二集だ。中にはああこれは目にしたと思う作品もあった。

 さて,収められた作品を読み進めていくと,ある意味あまりの「事件」のなさに肩すかしをくらったような感覚になる。
 しかし,そうした坦々な展開が心に沁みることもあるなあ,そこが作家の腕かあ,と感心させられた。


 そして,だんだんとこれは人の心や身体に佇む記憶とは,どんなものなのかを考えさせられる作品集だなと感じた。

 例えば,洗濯代行サービスの店で働いている女性は,母親に叱られたときに洗濯物をたたませられたことをずっと記憶している。

 例えば,主人公の女友達は,自分が亡くなった母親と近い年齢になり,子どもの頃に母親の親友がトラブルを抱えて自宅に泊まりにきていつの間にかいなくなってしまったことを,母の死に際して真っ先に思い出す。

 毎日,過ぎ去っていく些細な出来事のかなりの部分を私たちは忘れていく。そうでなければ生きていけるはずがない。
 そういうなかで記憶としていつまでも自分の中に佇んでいることは,必ずしも劇的なこととは限らないはずだ。

 あの人のあの仕草であったり,何気ない一言であったり,繰り返した単調なことであったり…しかし,それらにはきっと意味があるはずのもので,なぜそこに佇むのか,自分で取りだして眺めてみたい気にさせられる。

 そういう時間を持てるのは,やはり旅が一番なのだと思う。やはり吉田修一はうまい。

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