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ブログ版 シュプリッターエコー

『カラマーゾフの兄弟』

2007-01-15 14:22:45 | 本、文学、古書店
ドストエフスキーは心理を閉め出している。実際そのほかの言葉で作品は溢れ返っていて、心理に関するもの言いの入り込む余地がないというのか、とにかくここでは心理が必要とされていない。

「わたしはあの商売女にたいする憎しみのために、あの人に腹を立てたんですわ!」

あるとしたらこんなものだろう。これは心理についての分析的記述とは言いがたい。作家だけが知っている人間心理の最奥の秘密、などというものではまったくない。逆にもっとも単純化され、誰にでも理解できる、ほとんど進行上の口実ともいうべきもので、「外では雨が降っていた」といった文句と何も変わるところがない。

とりわけ「カラマーゾフ」ではその大詰め、父殺しの嫌疑をかけられたドミートリィの裁判で、心理分析のいかがわしさについて相当ストレートに言われている。検事の論告に反論する弁護士が、心理解剖などというのはどうとでも言えるものだと述べたてるのだが、その姿勢は作品全体の文体にこそ示されている。

同じドストエフスキーでも、老婆殺しの動機に「複雑な」心理のある『罪と罰』などは、そのせいでかえって物足りなさを感じさせる。殺人に到る心理の緊密な連なりがあったとしても、それが必然性の印象を与え、小説的な迫力をもたらしているかというと、必ずしもそうではない。

彼らの複雑かつ微妙なる心理には何ら関心を払わず、しかし彼らカラマーゾフの兄弟たちについて書くべきことが作家にはまだ多くあった。作家の死に阻まれ書かれることのなかった続編が、読みたかった。