大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~ 二

2011年12月08日 | 百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~
 この文を読まれているのは、父にございましょうや。母にございましょうや。もしや千代やも知れませぬな。
 ただただ、我が身に起きた事を絵空事にしとうございまする。
 皆様方、私の事はどうかお忘れくだされませ。それが最期の望みにございまする。美緒は奥奉公へ上がりました折りに、既にみまかったものとお思いくだされませ。
 千代、そなたは女御にしておくには、惜しいくらいに気丈にあれば、己を顧みずに姉の身を案じるであろう。じゃが、姉は姉の定めを全うしたのじゃ。千代、己の道を歩まれよ。誰も恨むでない、良いな。 美緒                

 千代は、文を握る手の震えを、止める事が出来ずにいた。
 「では姉様は」。
 「梅泉院はみまかったのじゃ」。
 そしてひと掴みの髪の束をそっと差し出す。
 「これが、姉の思いにございまするか」。
 千代は、その髪の束を胸に抱き締め、はらはらと涙を流すのだった。

 「庵主様、千代は帰りましたか」。
 「梅泉院、これで良かったのであろうか」。
 「私は、将軍の側室にございますれば、元より将軍様亡き後は出家し、桜田屋敷から出る事は適いませぬ。故郷へ戻る事は適わないのでございまする」。
 ならばいっそ、皆の思い出から忘れ去られたいと願っての事であったが、それを知る由もない千代。姉の遺髪を胸に、一路故郷の武州多摩は高幡不動近く上田村へと向かうのだった。
 「姉様にございます」。
 千代は、父の平忠兵衛、母のきぬの前に、美緒の遺髪を差し出し、江戸城奥での美緒の事を子細に話すのだった。
 「そうか。だがひと時でも、天下人に思われたなら、美緒も女御としての誉れであろう」。
 「父様。真にそう思われますか」。
 千代は、忠兵衛の言葉に憤るのだった。
 「千代、お控えなされ。父様もそう思わなくてはいられないだけです」。
 親子三人、肩を落とすのだった。
 「それで千代、これからどうする」。
 「はい。まずは佐藤のおじ様に、大奥からお暇を頂いた御報告を致して参ります」。
 佐藤のおじ様とは、千代とは遠縁である、日野本郷名主、日野宿問屋役、日野組合村寄場名主の佐藤彦五郎の事である。



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