大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~ 三

2011年12月09日 | 百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~
 彦五郎の住まいは、大名が参勤交代の折りに宿泊する陣屋である。豪奢な屋敷は二棟。広々とした庭先には、剣術道場も設けられていた。
 そもそも、ここ武州一帯は、八王子千人同心と呼ばれる、郷士身分の幕臣集団に与えられた天領。彼らの任務は甲州口の警備と治安維持にあった為に、百姓仕事の傍ら剣術の腕を磨くのも、常であった。
 その指導に訪れていたのが、江戸は市谷甲良屋敷に道場を構える、試衛館。天然理心流宗家四代目の近藤勇であった。
 「そうですか。美緒さんが」。
 彦五郎は勇不在の試衛館を、幕臣・寺尾安次郎と共に預かっている為、不在であると、妻ののぶが千代を迎えてくれた。
 「於のぶ様にも、幾度も文を頂き、感謝していおります」。
 「なあに、千代さんは妹みたいな者」。
 美緒は残念ではあるが、千代がこうして無事に戻った事は何よりと、のぶは千代を勇気付ける。
 「こんな御時世。徳川様がお倒れになるなど、あろう筈もありませんが、京では戦が起きているらしいではありませんか。早う、お城を離れて良かったのですよ」。
 勤めは果たしたのだ。恥じ入る事はないと。
 「その京ですが、兄様は如何しておられます」。
 「それが、豆にあちこちに文は書いているようなのですが」。
 花魁や芸者衆との女御遊びの事や、血の付いた鉢金を送ってきたりと、のぶは眉を潜めるのだった。
 「なればお元気にございますな」。
 「いいえ、何時だったか、不貞浪士の探索に向かう時など、乍然今ニも君命有之候ハゝ、速ニ戦死も可仕候間、左様思召被下、直ぐにでも戦死する可能性もあるだろうからそう思っていて欲しいといった内容である。
 これには、千代も胸がどきりとする。
 「では兄様は、大層危ないお役目にお就きなのですか」。
 「危ないも何も、江戸では人斬り集団と、恐れられてるくらいです」。
 「人斬り集団ですか」。
 にっこりと微笑んだ、兄様の顔を思い浮かべた千代。あの優しかった兄様が、人斬りと呼ばれているなど信じられない事である反面、幼い頃より村ではばらがきと呼ばれる程の棘のある気質だった事も思い起こすのだった。
 「於のぶ様、千代は兄様の御様子を見て参ります」。
 「見て参るって、正か京に上るつもりではないでしょうね」。
 目を大きく見開いたのぶ。京は剣呑な事になっていれば、決して行ってはならないと、声を大きくする。



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