大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~ 九

2011年12月15日 | 百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~
 その晩は、八木家に千代を預け、西本願寺の屯所へと戻った歳三。子細を勇に話すのだった。
 「歳三、本当に美緒と申す女御に、甘い言葉を囁いた覚えはないのか」。
 「当たり前だ。美緒も千代も妹みてえなもんだ。第一、小せえ頃は、俺が風呂にも入れていたくらいだ」。
 「だが、お前が許嫁を得た為に、奥女中になったのだろう」。
 大奥勤めは、一生奉公。男との縁を切るのは持ってこいではないかと勇は説く。
 「歳三、その美緒と申す女御を、好いてはいなかったのか」。
 「近藤さん、言ったじゃねえか。好くも何も妹みてえなもんだって」。
 その頃千代は、明日の夜明けを待って、多摩へ戻るべく、八木源之丞へと一宿一飯の礼を述べていた。
 「待っておくれなはれ。あんたはんに出て行かれたら、土方はんに顔向けでけしまへん」。
 「構いません。兄様は既に人の心をなくしてしまわれております。千代が、再びお会いしとうないと申していたと、お伝えくださりませ」。
 「そないな事言われましても、女御ひとりで江戸までは大層なこっちゃ。まずは土方はんに、話されてからにしておくんなやす」。
 
 「ええい、面倒くせえな」。
 八木家からの早朝の知らせに、三条大橋に走った歳三。千代の姿を探し求め、橋の上をうろうろとすると、旅支度の千代が。
 「おい千代」。
 千代の両の肩に手を当てがう歳三だった。
 「離してください」。
 「何を怒っているのだ」。
 「怒ってなどおりませぬ。ただ、兄様には呆れただけにございまする」。
 取りつく島もないとは、この事である。歳三が何を言おうが、千代は多摩に戻るの一点張り。
 「分かった。多摩に戻るのは止めねえが、今暫く待ってくれれば、俺が江戸に参るので、その折りに、千代を送り届けよう」。
 女御ひとりで中山道の旅など、到底適うものではない。



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