その晩は、八木家に千代を預け、西本願寺の屯所へと戻った歳三。子細を勇に話すのだった。
「歳三、本当に美緒と申す女御に、甘い言葉を囁いた覚えはないのか」。
「当たり前だ。美緒も千代も妹みてえなもんだ。第一、小せえ頃は、俺が風呂にも入れていたくらいだ」。
「だが、お前が許嫁を得た為に、奥女中になったのだろう」。
大奥勤めは、一生奉公。男との縁を切るのは持ってこいではないかと勇は説く。
「歳三、その美緒と申す女御を、好いてはいなかったのか」。
「近藤さん、言ったじゃねえか。好くも何も妹みてえなもんだって」。
その頃千代は、明日の夜明けを待って、多摩へ戻るべく、八木源之丞へと一宿一飯の礼を述べていた。
「待っておくれなはれ。あんたはんに出て行かれたら、土方はんに顔向けでけしまへん」。
「構いません。兄様は既に人の心をなくしてしまわれております。千代が、再びお会いしとうないと申していたと、お伝えくださりませ」。
「そないな事言われましても、女御ひとりで江戸までは大層なこっちゃ。まずは土方はんに、話されてからにしておくんなやす」。
「ええい、面倒くせえな」。
八木家からの早朝の知らせに、三条大橋に走った歳三。千代の姿を探し求め、橋の上をうろうろとすると、旅支度の千代が。
「おい千代」。
千代の両の肩に手を当てがう歳三だった。
「離してください」。
「何を怒っているのだ」。
「怒ってなどおりませぬ。ただ、兄様には呆れただけにございまする」。
取りつく島もないとは、この事である。歳三が何を言おうが、千代は多摩に戻るの一点張り。
「分かった。多摩に戻るのは止めねえが、今暫く待ってくれれば、俺が江戸に参るので、その折りに、千代を送り届けよう」。
女御ひとりで中山道の旅など、到底適うものではない。
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「歳三、本当に美緒と申す女御に、甘い言葉を囁いた覚えはないのか」。
「当たり前だ。美緒も千代も妹みてえなもんだ。第一、小せえ頃は、俺が風呂にも入れていたくらいだ」。
「だが、お前が許嫁を得た為に、奥女中になったのだろう」。
大奥勤めは、一生奉公。男との縁を切るのは持ってこいではないかと勇は説く。
「歳三、その美緒と申す女御を、好いてはいなかったのか」。
「近藤さん、言ったじゃねえか。好くも何も妹みてえなもんだって」。
その頃千代は、明日の夜明けを待って、多摩へ戻るべく、八木源之丞へと一宿一飯の礼を述べていた。
「待っておくれなはれ。あんたはんに出て行かれたら、土方はんに顔向けでけしまへん」。
「構いません。兄様は既に人の心をなくしてしまわれております。千代が、再びお会いしとうないと申していたと、お伝えくださりませ」。
「そないな事言われましても、女御ひとりで江戸までは大層なこっちゃ。まずは土方はんに、話されてからにしておくんなやす」。
「ええい、面倒くせえな」。
八木家からの早朝の知らせに、三条大橋に走った歳三。千代の姿を探し求め、橋の上をうろうろとすると、旅支度の千代が。
「おい千代」。
千代の両の肩に手を当てがう歳三だった。
「離してください」。
「何を怒っているのだ」。
「怒ってなどおりませぬ。ただ、兄様には呆れただけにございまする」。
取りつく島もないとは、この事である。歳三が何を言おうが、千代は多摩に戻るの一点張り。
「分かった。多摩に戻るのは止めねえが、今暫く待ってくれれば、俺が江戸に参るので、その折りに、千代を送り届けよう」。
女御ひとりで中山道の旅など、到底適うものではない。
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