大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~ 十二

2011年12月18日 | 百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~
 「それなら、如何してひとりの女御を慈しめないのです」。
 「それが男と言うものです」。
 「沖田様もでございますか」。
 「いえ、私は、その…そう器用な方ではありませんので」。
 総司の照れ笑い、が可愛いと思える千代。だが、肝心の歳三はと言えば、十七の時に、江戸伝馬町の木綿問屋亀店に奉公に上がり、女中を孕ませたと、大分縁者の間で物議を醸し出した事を、千代は大人になってから聞いていた。
 そしてこの度は、許嫁の琴に文のひとつも寄越さず、京の女御と遊びほうけている。増してや、姉の美緒との約定など、覚えている素振りもないのである。
 「土方さんは、いつ何時命を落とすかも知れない己を、待たれるのが心苦しのだと思います」。
 「えっ。どういった事でしょう」。
 「私もそうですが、常に死と背中合わせです。刃を抜いた折りに心残りがあっては、臆して思うような働きが出来ません」。
 常ににこやかに、軽口を叩いていた総司が瞬時に引き締まるのだった。
 「では沖田様も、兄様も、死を覚悟しておいでなのですか」。
 「ええ。まあ、私の場合は…」。
 言い掛けた総司の横顔に、京の西日が赤みを差す。そう言われてみれば、総司の顔色の悪さが気になる千代だった。
 「千代さん。そう急いて帰らずとも、土方さんが、思い出すまで待っても遅くはありませんよ」。
 「それが既に気に入りませぬ。忘れておいでだなんて」。
 「では、私にだけ教えてください。土方さんは、あなたの姉上に何を告げたのですか」。
 大凡の察しは付いているが、はっきりと耳にしたい総司。
 「分かりました」。
 「分かってくださいましたか」。
 「はい。沖田様が如何して私を誘ったのかがでございます。兄様に頼まれたのでしょう」。
 思い倦ねた歳三が、いっその事千代から聞き出した方が早いと、総司を送り込んだのだと千代は指摘するのだった。



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