大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~ 十四

2011年12月20日 | 百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~
 「それで千代殿は多摩へ帰られるのか」。
 「ああ、俺が今度江戸で隊士を集める折りに、連れ帰ろうと思っていたんだが、京屋の忠兵衛殿が、江戸に向かう用事があると言うので、頼む事にした」。
 京屋忠兵衛とは、大坂天満八軒屋船宿の主で、新撰組の大坂での定宿であった。
 「それで近藤さん。済まねえが、俺が大坂まで送って行きてえんだが、良いかい」。
 
 「千代、おめえ、その、何だ。京までは中島と二人で来たんだろう。中島とは、その、何だ」。
 「何ですか兄様。何がおっしゃりたいのですか」。
 「だから、その、中島とはどうなってるんだ」。
 大きく振りかざした、千代の右手が宙に舞う。おっとと、それを除けた歳三。
 「おめえはその男勝りを何とかしろ」。
 「兄様が、嫌な事をおっしゃるからです。殿方が皆、兄様みたいだとお考えなら、大間違いです」。
 「そうさな。幾ら何でも中島が、こんなじゃじゃ馬に手を出す訳はねえ」。
 「それを申されるなら、鬼の副長の縁者に、手を出す殿方などおりませぬ」。
 違いないと笑う歳三に、千代は真顔でこう言うのだった。
 「兄様、姉様の事はもはやどうにもなりませぬが、琴様は、何処へも嫁がれずに兄様をお待ちでおいでです。どうか不義理はなさならいでくださいませ」。
 その侭、淀川河口から船で江戸へと向かった千代。その思いを、海の藻くずとする。
 「兄様。お別れにございまする。これより千代は、姉様の御遺言に従い、己の道を歩みまする」。
 千代、淡い初恋との別れのときであった。
 江戸は永代橋へと船が入れば、嫌が応にも目に入る江戸城。わずか数カ月前まで過ごした、懐かしくもある城だった。
 「ああ、江戸に戻ったのですね」。
 少しばかり力が抜ける千代。もはや己の生きる所は多摩しかないと、早々に内藤新宿から甲州街道を八王子へと向かおうとすると、聞き覚えのある威勢の良い声が耳の届くのだった。
 「おおい、おめえは御表使の小山いや、千代さんじゃねえかい」。
 小山は千代の大奥での名であった。



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