大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~ 第二部 一

2011年12月07日 | 百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~
 慶応三年如月。寒い寒い朝、尼寺である神奈川の扇ガ谷は英勝寺門前には、ひとりの女御の姿が合った。
 つい先の月まで、江戸城の奥女中だった千代である。この門を潜りさえすれば、探し求めていた姉の美緒に会える。それを信じて疑う事はなかったのである。
 「庵主様。こちらに美緒と申す女御がおられると聞いて参りました」。
 「はて、美緒にございまするか」。
 老齢の庵主は、千代を見据えながらも素知らぬ風である。
 「美緒でなければ、てふにございます」。
 「てふとな。そなた、お探しの女人とは」。
 「姉にございまする」。
 庵主は、ふうと溜め息を付く。
 「美緒と申す者も、てふと申す者も、もはやこの世にはおらぬのじゃ」。
 「何を申されます。勝様と瀧山様がこちらにおるとおっしゃったのでございます」。
 勝と瀧山の名を耳にし、眉をぴくりと動かした庵主であった。
 「左様か。じゃが、そなたの探されておる者はおらぬのじゃ。それが、梅泉院の願いなのじゃ」。
 「梅泉院、それが姉様の名なのですか」。
 美緒こと梅泉院は、男児を産み落としたが、その子は僅か数日で夭逝。その後、俗世との縁を切り静かに暮らしていると庵主は告げる。
 「姉様は私に、妹の千代にも会いたくないと申されておられるのですか」。
 静かに頭を横に振った庵主。
 「もはや梅泉院の時の流れは、止まっておるのじゃ」。
 悲しみが重なり、心が耐え切れなくなった梅泉院の、時は止まり、自刃して果てたと。
 そして庵主は一通の文を、千代の前に差し出すのだった。



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