大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

百花繚乱 夢の後 ~奥女中の日記~ 五十五

2011年12月01日 | 百花繚乱 夢の後 ~奥女中の日記~
 兄様。十四代家茂様の御葬儀は、長月二十三日になりようやく、芝増上寺にて執り行われました。享年二十一歳。お若いお別れにございます。
 家茂様は、そのお血筋だけでなく英明な風格を備えておられ、臣下からの信望厚く、忠誠を集めておいでにございました。
 勝海舟様は、若さ故に時代に翻弄されもうしたが、武勇にも優れたお方に非れますれば、後少しお命がございましたら、英邁な君主として名を残されたやも知れませぬと涙し、家茂様の御薨去をもって徳川幕府は滅んだのだと嘆息なされたそうにございまする。
 その勝様が、神無月十六日に江戸のお戻りになられました。何故千代が存じ上げているのかを申しますれば、御広敷にて、勝様と御対面相なりましたからにございます。
 兄様が、お口をあんぐりをお開けになり、「奥女中は、将軍以外の男と会えぬのではないか」。とおっしゃっている様が目に浮かびまする。
 千代も奥勤めをして初めて知ったのですが、それほど厳しくはないのです。
 現にごさいはおりますし、御年寄りや御表使のお役目なれば、御広敷のお役人とへの応接もございます。
 奥に入れますのも将軍様だけにはございませぬ。御台様や御生母様など、高貴な御身分の方様の御殿医師様のほかに、年に一度の節分の豆まきのお役を仰せ遣った表のお役人、お畳替えの歳のお役人にございまする。
 ただ、豆まきのお役のお方は、大層お年を召されたお方に限られ、お畳替えの際には、奥女中はほかの部屋に籠り、襖を閉めていなくてはなりませぬ。
 それでも、ひと目お役人のお顔を拝見しようと、そうっと襖の隙間から覗いたりするお方もおりまする。
 それは、女子だけの中にあって唯一の楽しみにございますれば、後になり、お役人のご容貌などを噂し合うのでございます。
 兄様。勝様との御対面のお話が逸れてしまいました。千代はこれよりお役目にございますれば、明日また続きをお知らせ致しまする。



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