Liner Notes

観たこと、聴いたこと、読んだことを忘れないように印象に残った光景を栞として綴ってみました

§104「女の一生」(第二部 サチ子の場合) 遠藤周作, 1982.

2020-05-11 | Book Reviews
 約六十年に及ぶ大日本帝国の政治的正統性は天照大神の末裔とされる天皇から治政を負託されたことに由来し、その神以外を奉ずる宗教は国家的秩序を揺るがしかねない敵性宗教として偏見の対象となった。

「兵隊の満州で血ば流しとるていうとに、あんたらはよう、そげん外国人の宗教ば信じとるな。兵隊さんにすまんて思わんとか」(35頁)

 大日本帝国治政下において二度目の原子爆弾による被爆地となった長崎は、戦艦武蔵をはじめとする艦船やあらゆる兵器を製造する軍需都市であり、日本のカトリック三大司教区のひとつ。

 そんななか、ごく普通に暮らしていた信者の一人、修平は海軍特攻隊に志願せざるを得なかった。

「たとえそれが戦場であれ、私が誰かを殺す以上、私は、他人の人生を奪ったという、その償いをせねばならぬ」(443頁)

 一方で、かつてキクが清吉を想ったように、従妹だったミツの孫、サチ子もまた修平を想い、マリア像に向かって一心に祈る。

「どうか修平さんば危なか目に会わせんで下さい」(376頁)

 時は移ろうとはいえ、人を想う気持ちは、その人たちが生きた時代や環境がいかに不条理に映ることがあっても、同じ河の流れのように絶え間なく続いていくような気がします。

 ひょっとしたら、どんな時にでも傍にいてくれたあなたに感謝し、そんなあなたのことが大切だと想うからこそ、あなたらしく生きて欲しいと心から想うことが、「自己実現」への第一歩なのかもしれません。

初稿 2020/05/11
校正 2021/05/02
写真 越辺川の菜の花
撮影 2020/04/12(埼玉・坂戸)