Liner Notes

観たこと、聴いたこと、読んだことを忘れないように印象に残った光景を栞として綴ってみました

#89「世界を知るへや」

2024-03-15 | Liner Notes
 少し前の話ですが、長男が東京から京都へ帰る日に少しだけ時間があったので、上野のとある図書館に二人で赴きました。

 国立国会図書館は全国に三館あり、児童書を専門に扱う国際こども図書館はその一つ。長男は本に関わる仕事に少し興味があるらしく、この図書館も大学の講義を通じて多少は知っているとのことでした。

 ところで、1906年に竣工した洋風建築に眼を惹かれる私に長男が見せたいところがあると言って、連れて行ってくれた部屋の入口にこう書いてありました。

「室内では、本の読み聞かせをすることができます」

 図書館では静かに黙って読書するところだとごくあたりまえに思っていましたが、知っているつもりの国々やそうでない国々の絵本に囲まれるなかで、表紙の絵柄や題名に興味を覚えた一冊であったり、そうではなく偶然、手にとった一冊を親が幼い子に読み聞かせるその場所はまさに、〈世界〉を知るへやそのものであり、学ぶということ本来の姿を垣間見せてくれたような気がします。

初稿 2024/03/15
写真「世界を知るへや」
撮影 2024/02/18(東京・国際こども図書館)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

#88「来るべき言葉のために」

2024-03-12 | Liner Notes
 少し前の話ですが、長男が珍しく東京を訪れました。大学三年生の長い春休みに何か思うところがあったのかもしれません。

 まったく縁もゆかりもないものの、偶然にも同じ名字を持つ写真家の没後初めての回顧展※を知り、これも何かのめぐり合わせと感じて二人で赴きました。

 入場するとまもなく、「来るべき言葉のために」と題された目を惹く言葉が飛び込んできました。

「言葉がそのリアリティを失い、宙に舞う他ならぬ今、ぼくたち写真家にできることは、既にある言葉ではとうてい捉えることのできない現実の断片を、自らの眼で捕獲してゆく」

 長男の後姿を垣間見ながら感じたのは、写真家であろうとなかろうと、日常に拡がる眼前の〈世界〉を何の疑いもなくあたりまえと思いこむのではなく、それがなぜそうなのかと問いかけることが、学ぶということのような気がします。

初稿 2024/03/12
写真「学ぶということ」
撮影 2024/02/17(東京・国立近代美術館)
※)「中平卓馬 火-氾濫」2024/02/06〜04/06
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

#87「もうひとつの確定申告」

2024-02-25 | Liner Notes
 佐賀へ引越してもうすぐ一年が経ちますが、住宅取得に伴う諸手続きもあって、先日初めての確定申告会場へ。

 最近は、e-Taxなるネット手続きもあるそうですが、自信がなく案の定、会場にて提出すべき書類が足らないことを指摘され、新築当時に建築会社でご担当いただいた方へ約一年振りに連絡してしまうはめに。

「あ、いいですよ。いまからお持ちしますよ」

 会場が閉まる5分前、無事に手続きを完了して書類を持参していただいたご担当の方にお礼を伝え、帰途に着く妻との会話から。

「あっ、そういえば一年前の今日は新居の引渡日だったね。あのとき社会人一年目の彼にとっても、わたしたちにとっても初めての出来事だったしね。ひょっとして今日もまた、あなたが好きな『もうひとつの物語』になるかもね」

 準備不足を反省しながら、こころよく対応していただいた彼に感謝しつつ、そんな思わぬめぐり合わせを通じて、〈わたし〉を分かってくれている妻にもこころから感謝です。

初稿 2024/02/25
写真 「夏の女」※ 武藤三男, 1980.
※)会場隣で見つけた彫刻ですが、これもまた思わぬめぐり合わせなのかもしれません。
撮影 2024/02/24(佐賀・勤労者体育センター)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

#86「もうひとつの食事会」

2024-02-18 | Liner Notes
 先日、帰省していた長女と祖母を連れて一緒にお昼ご飯を食べる機会がありました。

 老いた母にとっては昔懐かしいお店が少なくなっているなか、遠く離れて生活する孫との外食はせっかくの機会でもありました。

「さぁ、どこ行こうかね。そういえば佐賀ん街もちゃんぽんの春駒が閉店したしね。せっかくだから、カレーの文雅はどうかな」

 1958年創業の「白山文雅」は、欧風カレーの伝統を受け継ぎつつ、たしかに一口目で舌を唸らせるこだわりを感じさせるカレー専門店です。此処もまた、あたかも重々しく落ち着いた旧きよき時代を感じさせる別世界にいるかのようです。

 「あれっ、ライスがこんなに少ないの?」

お皿にはスプーン一杯ほどのライスしかありませんでしたが、実は食べ放題らしく温かいライスが冷めないうちに召し上がってほしいという思いからだそうです。

 親から子へ、そして孫へと受け継がれるものは遺伝子とか容姿や性格ばかりでなく、一緒に過ごした場所であったり、そこで味わった食事や会話もまたそうなのかもしれません。

初稿 2024/02/18
写真「白山文雅」
撮影 2024/01/14(佐賀・白山)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

#85「もうひとつの音楽会」

2024-02-11 | Liner Notes
 長女の就職に伴う引越の準備もあって東京に来てくれた妻と、せっかくの機会なので一度は連れて行きたいと思っていたお気に入りの隠れ家的な場所を訪れました。

 1926年創業の名曲喫茶「ライオン」は、壁一面のスピーカーから奏でるクラシック音楽を堪能できる喫茶店です。その壁一枚を隔てた渋谷・道玄坂の賑わいとは全く異なり、あたかも重々しく落ち着いた旧きよき時代を感じさせる別世界にいるかのようです。

 ところで、あらかじめ意味が存在する言葉は感じ方の違いで気まずくなることもありますが、音楽には意味というよりも、同じ方向に向かわせる力が存在するような気がします。

 仮に世界が〈わたし〉と〈あなた〉と〈それ以外〉だとすると、それがそうであると分かるには、それがそうではないことを知ることのような気がします。

 ひょっとしたら、わたしが〈わたし〉であるということを分かるには、同じ場所で同じ方向を向く〈あなた〉を知ることなのかもしれません。

初稿 2024/02/11
写真「名曲喫茶 ライオン」
撮影 2024/02/03(東京・渋谷)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする