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続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

マグリット『自然の驚異』

2017-10-01 06:18:48 | 美術ノート

 『自然の驚異』

 一見自然の風景である、自然の風景に酷似していると換言した方が適切かもしれない。
 寄り添うカップルの下半身は人、上半身(腹から上部)は魚であり、全身が石化している。腰かけている岩石もまた石化した砂山と思われる。
 背景は白雲の沸き立つ青い空、白波の立つ青い海であるが、浮かぶ帆船は海で模られている。

 この条件をもって『自然の驚異』としている。しかし、わたしたちが考える通常の自然ではない。
 帆船(固体)が海(液体)で出来ている(船が液化し、その上その形を留める)なんて絶対に有り得ないし、人や魚(有機質)が石化(無機質)することも無い。
 絶対に不可能な現象を『自然の驚異』と名付けた根拠は何だろう。

 質の置換、観念を著しく逸脱した情景は受け入れがたい。しかし、この情景を瞬時現実に置換し得る情報を体得している鑑賞者は、違和感を感じながらもこの光景を理解し受容してしまう。少なくとも首を傾げるような抽象表現ではない。

『自然の驚異』は自然そのものの驚異ではなく、この光景を受け入れるであろう精神性の驚異ではないか。現実を否定しても尚、自然に修正しなおす能力への驚異である。
 観念の集積に於ける力の大きさに対する驚異である。


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)


『山男の四月』76。

2017-10-01 06:07:38 | 宮沢賢治

さあ、たいへん、みるみる陳のあたまがめらあつと延びて、いままでの倍になり、せいがめきめき高くなりました。そして「わあ。」と云ひながら山男につかみかかりました。


☆朕(わたくし)は掩(隠している)倍(2つ)の講(話)であることを。
 薀(奥義)の太陽の談(はなし)である。


『城』2768。

2017-10-01 05:58:18 | カフカ覚書

まえよりもいっそうひどく軽蔑しています。ですから、アマーリアの言っていることは、嘘いつわりのないことです。それを疑ったりして、勘違いなさらないでください。


☆彼女は真相を話している。それによって傷痕を疑ったり、欺いたりするようなことは決してしないでください。